第十五話 感謝
感謝配信の日は、最初から“特別”だった。
スタジオには、いつもより多くのカメラ。
照明も、音も、完璧に調整されている。
台本は、何度も確認された。
言葉の選び方。
間の取り方。
視線の向き。
「大丈夫ですか?」
マネージャーが、優しく聞く。
「はい」
私は、笑った。
もう、それが“普通”になっていた。
配信が始まる。
「今日は、みんなに感謝を伝えたくて」
台本通り。
声も、表情も、予定通り。
姉のこと。
支えてくれた人たちのこと。
続けると決めた理由。
コメント欄は、すぐに涙で埋まった。
《泣いてる》
《ありがとう》
《続けてくれて感謝しかない》
——感謝。
誰に向けた言葉なのか、
分からなくなりそうになる。
話は、終盤に差しかかる。
問題の一文が、近づく。
【全部、私の選択です】
私は、
その一文を、
ほんの少しだけ、変えた。
「……全部が、私だけの選択だったとは、言えません」
空気が、わずかに揺れた。
「でも」
すぐに、次を続ける。
「だからこそ、考え続けたい」
「誰のために、何を続けているのか」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
コメント欄が、止まった。
《え》
《今の……?》
《どういう意味?》
私は、深掘りしない。
説明もしない。
感謝の言葉に、戻る。
「いつも、見てくれてありがとう」
配信は、拍手と涙で終わった。
スタジオの外で、
社長が待っていた。
表情は、変わらない。
穏やかで、柔らかい。
「素晴らしかったです」
「……さっきの言葉」
「感情が乗っていましたね」
評価は、そこだった。
「ただ」
「次からは、完全に台本通りで」
注意。
命令ではない。
「不安定だと、周りが心配します」
周り。
誰のことだろう。
控室に戻ると、
スマートフォンが震え続けていた。
切り抜き。
考察。
短いクリップ。
【“私だけの選択じゃない”発言】
【感動配信での違和感】
コメントは、割れていた。
《深い…》
《考えすぎでは?》
《何かあったのかな》
誰も、答えを持っていない。
だから、消えない。
その夜、
例のアカウントから、短いメッセージが届いた。
《今のは、大きい》
《止めに来る》
その直後、
事務所から正式な通知が来た。
——一定期間、配信内容の事前収録化。
——発言管理の強化。
私は、画面を閉じた。
止めに来る。
予想は、していた。
でも、
もう戻れないところまで来ている。
机の上に、
ノートを開く。
これまでのことを、
思い出せる限り、書き出した。
姉の言葉。
消えた人たち。
社長の“間”。
証拠には、ならない。
でも、
記憶は、奪えない。
窓の外で、
夜の街が光っている。
どこかで、
誰かが、同じ違和感を抱えている。
それだけで、
十分だった。
物語は、
もう一方向には進まない。
次は、
もっと直接的に。
そう決めた瞬間、
スマートフォンに、非通知の着信が入った。
出ると、
落ち着いた声が言った。
「次は、台本を渡しません」
通話は、切れた。
心臓が、強く鳴る。
——圧は、強くなる。
——でも、崩れ始めている。
私は、ノートを閉じた。
感謝は、
もう、武器にはならない。
次に来るのは、
選択の結果だ。




