第十四話 ノイズ
配信は、いつも通り始まった。
待機画面。
カウントダウン。
流れるコメント。
何一つ、違わない。
「こんばんは」
声も、表情も、完璧だった。
自分でも驚くほど。
雑談を進める。
最近の出来事。
他愛のない話題。
コメント欄は、穏やかだ。
そして、
例の一言を挟むタイミングが来た。
「ねえ」
「ちょっとだけ、聞いてもいい?」
コメントが一瞬、ゆっくりになる。
「物語ってさ」
「誰のものなんだろうね」
それだけ言って、
私は笑った。
沈黙は、一秒にも満たなかった。
でも、確かにあった。
《どうしたの?》
《急に哲学》
《作者のもの?》
軽い反応。
冗談として受け取られる。
——今は、それでいい。
配信は、問題なく終わった。
だが、
切り抜きは、違った。
数時間後、
短い動画が上がり始める。
【Vtuberの一言が意味深すぎる】
【“物語って誰のもの?”の真意】
コメント欄に、
小さな違和感が生まれる。
《前にも、似たこと言ってなかった?》
《最近、話し方が変わった気がする》
《台本読んでない感じ》
疑問は、
断定されないからこそ、
消えない。
翌日、
事務所から、すぐに呼び出しがあった。
応接室。
社長と、マネージャー。
「昨日の発言ですが」
社長は、静かに切り出した。
「誤解を生む可能性があります」
「あなたの意図とは、違う形で」
「……誤解、ですか」
「ええ」
「あなたが疲れている、という誤解」
用意された逃げ道。
「しばらく、発言は台本通りに」
「雑談も、こちらで調整します」
調整。
制御。
私は、頷いた。
反論しなかった。
反論するほど、
事務所が正しい位置に立つから。
その夜、
見知らぬアカウントから、また通知が来た。
《あの一言》
《見てる人、ちゃんと見てる》
別のアカウントからも。
《前の配信、変だったよね》
《気のせいかな》
点が、
線になり始めている。
それでも、
大きな声にはならない。
大きな声は、
すぐに潰される。
だから、
ノイズのまま残る。
数日後、
事務所は対策を打ってきた。
「企画、入れます」
タイトルは、
【感謝配信:これまでと、これから】
感動で上書きする。
疑問を、涙で流す。
完璧な判断だ。
台本には、
こんな一文があった。
【不安にさせてごめんなさい】
【全部、私の選択です】
——まただ。
その夜、
私は親から電話を受けた。
「最近、変なこと言ってない?」
心配そうな声。
でも、どこか、
事務所の言葉に似ている。
「あなたのためを思って、って」
「社長さんも言ってた」
社長は、
もう“家族側”にいる。
電話を切ったあと、
私は、あのバックアップ音声を再生した。
姉の声。
あの男の声。
『“残る”んだ』
残る。
物語として。
——でも。
残り方は、
一つじゃない。
翌日の配信準備。
台本を読みながら、
私は、別の場所に小さな付箋を貼った。
読まないための印じゃない。
変えるための印。
一文だけ。
ほんの一語だけ。
意味は、
大きく変わらない。
でも、
違和感は、確実に残る。
誰かが、
「おかしい」と言語化する前段階。
事務所は、
まだ気づいていない。
気づいた時には、
もう遅い。
その確信が、
私の中に、静かにあった。
スマートフォンに、
最後の通知が届く。
《次は、もっとはっきり聞こえる》
誰からかは、
分からない。
でも、
孤独じゃないことだけは、
分かった。
物語は、
静かに、
歪み始めている。




