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姉はVtuber  作者: からし
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第十一話 選択肢

抵抗しようと思ったのは、

勇気が湧いたからじゃない。


もう、このままでは

自分が何者だったのか思い出せなくなりそうだった

からだ。


配信のない夜。

珍しく、事務所からの連絡が途切れていた。


私は、USBメモリを机の上に置いた。

鍵を外す。

引き出しを開けた、その瞬間。


スマートフォンが震えた。


《まだ起きてますか》


社長だった。


指が止まる。

なぜ、今。


《少し、話したい》

《電話で》


断る理由は、作れなかった。


通話をつなぐと、

社長の声は、いつもより柔らかかった。


「最近、少し疲れてますね」


「……そうですか」


「無理もありません」

「短期間で、よくここまで来ました」


労いの言葉。

それなのに、背中が冷たくなる。


「不安になる人は、必ずいる」

「でもね、不安は“共有”すると、形になります」


共有。

その言葉の意味を、私はもう知っていた。


「もし、誰かに余計な話をされたら」

「それは、あなたを守るためにも、止めなければならない」


脅しではない。

忠告でもない。


事実の説明だった。


「……私が、何か話そうとしたら?」


一瞬、沈黙があった。


「あなたは、賢い」

「選ばないはずです」


選ばない。

抵抗を。


通話が終わったあと、

私はしばらく動けなかった。


それでも、USBをパソコンに挿した。

音声ファイルを開く。


姉の声。

あの夜。


今度は、欠けた部分の前で再生を止めた。

そして、

音声の“前後”を、何度も聞いた。


姉は、怯えている。

でも、取り乱してはいない。


『……もし、断ったら』


その言葉が、微かに残っていた。

途切れる直前。


断ったら。

何を?


——企画。

——物語。

——役割。


私は、確信した。


姉は、

同じ選択を迫られていた。


そして、

拒否した。


その翌日、

事務所から新しい企画書が届いた。


【次章:真実の公開】


公開。

その文字に、胸が締めつけられる。


内容は、こうだった。


姉は過労で倒れた


命に別状はなかった


家族が支え、妹が引き継いだ


今後は二人分の想いで活動する


——死、という言葉は、どこにもない。


「これを読めば、すべて丸く収まる」


マネージャーは、そう言った。


「警察も、記事も、これ以上来ません」


「……本当のことは?」


私がそう言うと、

マネージャーは、視線を逸らした。


「本当のことは」

「重すぎる」


その日の夜、

後輩から、久しぶりに連絡が来た。


《先輩》

《私、やっぱり……》


文は、途中で途切れていた。


数分後、

事務所の公式アカウントが更新された。


——後輩Vtuber、体調不良のため無期限休止。


私は、椅子から立ち上がった。


これ以上、

誰かが消えるのを、

見ているだけではいられない。


抵抗するか。

黙るか。


どちらを選んでも、

失うものがある。


でも、

何も選ばなければ、

私は完全に“物語”になる。


USBメモリを、バッグに入れた。


配信の時間が近づいている。

台本も、すでに届いている。


でも、今日は。


私は、

一行だけ、読まないつもりだった。


それが、

どんな結果を招くかも知らずに。


カウントダウンが、始まる。


——選択の時間だった。

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