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じゃあ自分で作ります

作者: デギリ

某マンガでいきなり同棲相手に出ていかれ、ご飯を作り始める男の話を読んで、うーん、そこまでキレることかと思って作りました。

浅原文香は勝之と一緒に暮らして2年。

二人とも働いているが、収入が多い勝之が家賃、電気代など生活費を出し、文香が主に家事を担っている。


文香は富裕な医者の娘。

大学で勝之と知り合い、社会人2年目で同棲した。


勝之の家も地方の富裕層であり、同じように保守的な家風に豊かな生活水準で話があった。

お互いの家にも挨拶を済ませ、婚約者である。


勝之との生活に不満があるわけではなかったが、このまま結婚してもいいのかという疑問が起こってきた。


(実家はお爺さんやお父さんが威張っていたし、勝之も威張りはしないけれど男が守らなければというタイプ。

このまま結婚すれば安定しているけれど、それでいいのかしら)


文香は良妻賢母タイプだとよく言われる。

料理も得意だし、家事も苦ではない。

別に会社でバリバリ働きたいという思いもない。


このまま、良い結婚相手を見つけて家庭に入り、母親と同じように子育てするのだろうと思っていた。


これでいいのかと思い始めたのは、ジムで知り合ったミナと知り合ってからだ。


彼女は髪を金髪にし、派手な化粧と服でジムにやってきて、大きな声を出し、激しく身体を動かして目立っていた。

一部の中高年から眉を顰められても一向に気にしない。


そんなミナはなぜか文香に興味を持ち、親しげに話しかけてきた。


文香もこれまでの友人にいないタイプの彼女に興味が出て、誘われて何度か食事に行き、話しているうちに、ミナに言われた。


「そんなレールに乗った人生つまらなくない?

一度きりの人生なんだから、好きに生きた方が得だよ。

私と遊ぼうよ。

色々と連れて行ってあげるわ」


そして勝之のこともこんなふうに言われる。


「その彼氏、学歴も会社もいいところだけど、面白みのない男だね。

せっかく文香の作る料理にも注文をつけるのでしょう。

じゃあ、お前が作ればと言ってやればいいのよ」


確かに勝之は手堅い性格で、趣味もなくそんなに面白みがあるとは思えない。


でも文香のことは大事にしてくれるし、その料理も美味しいと言って残さずに食べる。

文香が忙しそうであれば嫌がらずに家事もこなす。


彼が自分の料理にあんまり文句を言わないので、少しでも何か注文があれば話してよと頼んでから、少しずつ自分の好みやこうして欲しいということを言うようになった。


その話をしたら、ミナは、共同生活で家事は互いに分担するもの、それを注文つけたりするのはモラハラだと捉えたようだ。


(一度きりの人生か)


文香はその言葉を反芻し、時々ミナに連れられてこれまで行ったことの無いクラブやディスコ、バーなどに深夜出入りするようになった。


幸い、勝之は最近仕事が忙しく深夜まで帰ってこない。ご飯もしばらくいらないと言っていた。


疲れた顔で帰ってきて、少し話をしてシャワーを浴びて寝る勝之を置いて遊び回るのは少し気が引けたが、ミナに連れていかれる遊びは新鮮で楽しかった。


(そろそろ籍を入れて結婚するかな)


勝之は料理上手の文香との生活に満足していたし、会社でも若手の幹部候補生としてプロジェクトリーダーを任され忙しくなっていたこともあり、結婚を考えていた。


思いがけず先方の都合で、その日は早く帰れたので、結婚指輪を見てから帰宅する。


「文香は今日も遅いのか」


最近はどこに行っているのか、遅い日が多い。

行き先を尋ねてもはっきり答えない文香に一抹の不信を感じていた。


今日は家で夕食を食べようと思っていたが、文香は居なかった。


「せめて遅くなると予定を言ってくれれば何か買って帰ったのに」

そうぼやきながら、カップ麺を啜り、ビールを飲む。


そろそろ寝ようかと思う時間に玄関が開いた。


「あれっ、帰っていたの?」


真っ赤になってへべれけの文香がそう言って玄関に崩れ落ちた。


「お前、どこでそんなに飲んでたんだ!」


文香は普段ビール一杯くらいしか飲まないことを知っている勝之は驚いた。


「文香、大丈夫?

もう家だから」


後ろからド派手な金髪と煽情的な服を着たキャバ嬢のような女が顔を出す。


(こんな友達は見たことないな)


勝之はそう思うが、文香は家にたどり着いてホッとしたのか、ゲェーと戻し始めた。


「おい、こんなところで吐くな!

いや吐くまで飲むな!」


これまで見たことのない文香の姿に勝之は驚くが、とにかく彼女を抱き上げてリビングに入れた。


「あんたが飲ませないから、文香は酒の飲み方も知らなかったのよ、このモラハラ男!

ふーん、文香が居なければご飯も食べられないんだ」


中に入り込んだミナがカップ麺の残骸を見て嘲笑う。


「アンタには関係ないだろう。

さっさと帰ってくれ」


そう言う勝之に、ミナは言い返す。


「そうはいかない。

こんな姿の文香を置いておけば、アンタにハラスメントされるだろう。

文香は連れて帰るよ。

ライト、こっちに来い!」


すると長髪を染めて、鼻や耳、唇にたくさんのピアスをつけた男がやってきた。


「ライト、文香に肩を貸してやりな」


「待て、文香はオレの婚約者だ。

ふざけたことをするな!」


勝之の言葉にミナは言う。


「文香、この男とアタシとどっちを取る?

ここで残れば、アタシとは縁が切れるよ」


酔いと気持ち悪さで半ば呆然とした文香はミナに出された手を取った。


「文香、本当にいいのか。

オレはもうプロポーズしようと指輪も予約してきたんだぞ。

ここで出ていけば婚約破棄と考えていいんだな」


「私を縛るのはやめて!

決められたレールでない、私らしい生き方をするの!

そうよ、あなたも文句ばかり言わずに、自分でご飯くらい作ってみたらどうなの!」


驚いて問いただす勝之に、呂律の回らない口でそう言った文香をミナは満面の笑みで見守る。


「それ見ろ、お前に嫌気がさしているんだよ」

と捨て台詞を吐いて出て行った。


一人残された勝之は玄関の吐瀉物を掃除しなから色々な思いが錯綜する。


(何が悪かったのか?

あんな女達といつの間に付き合っていたのか。

文香からは不満は聞かなかったけれど、溜め込んでいたのか。

酔っていたから、覚めれば帰ってくるかもしれないか)



文香はどこか見知らぬ場所で目が覚めた。ミナの家のようだ。

激しい二日酔いで動けない。

会社に休むと電話すると水を飲み、頭痛を抱えながらまた眠った。


夕方、ようやく出歩けるようになると、ミナに連れられ勝之との家に行って、身の回りのものを持ち出す。


(勝之さんに頭を下げて帰った方がいいのでは)

玄関で自分の吐瀉物を片付けた後をみて、そんな思いが胸をよぎるが、ミナは強引に服や化粧品をスーツに詰めさせた。


勝之が帰る前にと急いで家を出ると、ミナが高級レストランに誘う。


「机に置いていたからこれを貰ってきた。

指輪代ということは文香のものでだろう。

アパートを借りたり、色々とお金がいるぞ。

今日は新生活の門出祝いだ」


そう言ってその封筒を文香に押し付けてきた。

それは銀行の封筒に入った札束であった。

表に、指輪代や結婚費用と書いてある。


文香は当座の生活費として借りるつもりでその封筒をハンドバッグに入れた。


その夜、ミナの家で寝る前にスマホを見ると、勝之から何通かメールが入っていた。


「酔いも覚めただろうが、本当に戻らないのか」

「家から身の回りのものを持ち出したのか。

一緒に結婚資金の封筒も持ち出したのか」


「返事もくれないのか。

オレに悪いところがあれば直すから戻らないか」


なんと返事をしていいのか分からず、文香は放っておいた。


翌朝、出勤の時に見ると、「文香の気持ちはわかった」との一文だけが送られていた。


文香は申し訳ないという気持ちとともに、どこが吹っ切れた気持ちとなる。


それから文香はミナの近くに安アパートを借り、これまでしたことのないことを始めた。

髪を染め、派手な化粧に大きなピアス、胸や背中が大きく開いたドレス、そんな格好でクラブやホストクラブに出入りする。


会社への遅刻も増えて、冷たい視線に耐えかね会社を辞めて、ミナの紹介でキャバクラに勤める。


酒はもちろん、クスリもやり、何人もの男と寝る。

これまで実家では考えられないような生活は新鮮で開放感があった。


しかし、半年も続けると不規則な生活とジャンクフードの日々で、肌は荒れ、吹き出物は出てきて水虫にもなる。


何よりも金に困った。

これまでは親や勝之に頼めばすぐに出してくれた額でも手元になく、サラ金に借りれば借金は膨らむ。


一度勝之の家に入って拝借しようとしたが、すでにカギは変えられていた。


「もうこんな生活いいかな。

一度経験すれば十分、勝之のところに帰ろう」


ある日、ミナ達がクスリのことで警察に捕まったことを知り、運良く体調を崩して寝ていた文香はそう決意する。


「きっと勝之も困っているでしょう。

あの人、家事はできなかったし、料理なんかやったこともない。

ごめんなさいと謝れば、赦してくれるに違いない」


少し気は重かったが、自分にそう言い聞かせて文香は勝之のマンションに行く。


チャイムを鳴らすと、はいと勝之の声がした。


「ごめんなさい、私が間違っていたわ。

もう一度あなたと暮らしたいの」


文香の言葉に、しばらく待ってと言って、どこかに電話しているような声がし、20分ほど待たされてからドアが開いた。


(赦してくれたんだ!)

文香は胸を撫で下ろしながら中に入る。


(これからは馬鹿なことはしない。

堅実な妻になろう)

そう思う文香の鼻に魚の匂いがした。


「夜釣りに行っていて帰ったところだ。

文香何いなくなって趣味を作ろうと釣りを始めたんだが、これにハマって毎週出かけているよ。


ちょうど美味しい刺身とあらの吸い物ができるぞ。

座って待っていてくれ」


そう言いながら、勝之は台所で魚を下ろしていた。

その姿は文香が見たことのなかったもの。


「何か手伝おうか」


「お客さんは座っていればいいよ」


そう言われて座っていると不安になる。

周りを見ると自分が住んでいた時とすっかり変わっている。


二人の写真や自分が気に入っていた家具はなくなっていた。


「できたよ」


勝之は美味しそうな刺身とほかほかのご飯、湯気の上がったあら汁、野菜の煮物や漬物などを運んできた。


その美味しそうな料理に驚いた文香は声も出ない。


「文香が出て行ってから、言われたことを考えていてさ。

自分の好きなものを自分で作れるようにしようと思って料理に手を出し、釣りや野菜作りも始めてみたんだ。

自分の食べたいものを作って食べるというのは気持ちのいいことだな。

この煮物も漬物も全部自分で作った。

さあ、食べてくれ」


目の前で、勝之は豪快に刺身を乗せて海鮮丼にしたご飯をかきこんでいる。


文香も食べると確かに美味しかった。

(こんな料理、私は作れないわ)


ここに帰って来ていいのか聞きたかったが、なんと言っていいのかわからない文香に、勝之は何も尋ねなかった。


そこにチャイムが鳴る。


「はーい」

ドアに出た勝之は一人の女性を連れてきた。


「会社の後輩の川場唯さん。

僕の釣り仲間だ。

こちらは僕の友人の浅原文香さん」


「まあ、お話は少し伺いました。

なかなか愉快な方だとお聞きしましたが、人生をエンジョイされているようで何よりです」


文香を上から下まで見た唯の言葉は明らかに棘があった。

いつもの派手な格好でやってきた文香は水商売の女にしか見えない。


唯は活発そうな美人で、いかにもいいところのお嬢さん風である。


(こんな格好でやってくるんじゃなかった。

ミナ達とはこれで良かったけれど、勝之の周りでは明らかに違和感があるわ)

文香は後悔する。


「ところで、頼んだことは大丈夫?」


「もちろんです。

もう来られるはずです」


勝之と唯が何かを話していると思った時、再びチャイムが鳴らされた。


「はーい、今開けます」

勝之が開けると、文香の実家の両親が来ていた。


「文香が親御さんに連絡取らなかったから心配されていて、僕のところに来たら教えてくれと言われていたんだ。

ちょうど良かったよ」


勝之の言葉を聞く暇もなく、文香は父に腕を掴まれた。

母は文香の姿を見て泣き出している。


「お前、探偵に調べてもらったら本当に酷い生活をしていたな。

見捨てようかと思ったが、母さんが頼むから一度だけチャンスをやる」


父はそう言うと、文香を引っ張って家を出ようとする。


「いやよ、ここで勝之と暮らすの!」

文香の叫びに勝之は返事する。


「もう婚約は解消しているし、君がここに住む理由はないよ。

君のお陰で、自分で料理をすることを学べたよ。

これからの暮らしに幸運があることを祈る」


呆然とした文香に、唯が「忘れ物ですよ」と携帯を渡しながら小声で囁く。


「勝之さんを捨てて得た暮らしは楽しかったですか?

私はおかげで超お得な物件が手に入りそうで感謝してます」


掴み掛かろうとした文香の耳にパトカーの音が入った。

金が欲しくてクスリの売買に関与していたことをミナが自白したのだろう、文香はこれからの自分の人生がどうなるのか想像もつかなかった。
















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― 新着の感想 ―
マンガの方がくっそ気になる こらと違うオチってことだよね?理解できん
金を持って行ったのは窃盗だよな。 全額親が返しただろうね。
文香が戻ってくるまでいたのは、義理の親になる筈だった人たちへの最後の義理かな。 合鍵を使って金目のものを漁ろうとするぐらいだし、住所を知られているのは怖過ぎる。
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