②
旅の一座に紛れ込ませてもらったせいか、旅路はすごく順調だった。
特にトラブルもなく、辺境の関所がある手前の街に着くと、そこは大勢の人で賑わっていた。
「ひとがおおい……」
「だよね。すごく活気もあるしね。ここはちょうどロードナイト領との境にある街だから、旅人が絶えず来るんだ」
「すごい……」
人の多さと賑やかさに圧倒されている様子のクロの手をエデルは握った。
「エデル?」
「手を繋いでないとはぐれちゃうからね」
「……うん……」
照れたように下を向きながらもぎゅっと握り返して来たクロを、エデルは思いっきり抱きしめたくなったが、さすがに往来では自粛した。
代わりにその手をしっかり握った。
決して離れないように。
「人が多いな」
街を一望出来る宿屋の最上階の部屋から、黒い髪の女性は下を見ていた。
大通りは人が溢れている。服装もバラバラなので、大半が旅人だということが分かる。
「アリア様、一応、お忍びなんですから大人しくしてくださいね」
「あぁ、分かっている」
護衛の言葉にアリアは頷いた。ちょうど人混みが途切れた辺りで、父親らしき人間が子供の手を引いて歩き出したのを見て、実の父親とそんな風に触れ合ったことのないアリアは微笑ましい気持ちになった。
「それで、相手の調査は終わったのか?」
「はい。侯爵家の方は領地の運営等、特に問題はありませんでした。ご本人も問題を起こしたことなどなく、大人しい性格の方のようです」
「ふふ、あちらの者たちは、縁談を寄こすこと自体がすでに余計なことだと認識していないのだな」
アリアがこの街に来た理由は、王都エスカラからの縁談が持ち込まれたためだった。
相手がこの街に滞在していると聞いたので、その為人を確認しに来たのだ。
独身のアリアには様々な縁談が来るが、どれも乗り気にはなれない。
特に父親という存在は、アリアにとって未知の存在だ。
物心ついた時には、父親という者は存在していなかった。
生きてはいたが、それはアリアの父ではなくて異母妹の父であって、アリアにとっては色々と面倒くさいことを押しつけてくる相手だった。
「断られることが分かっていながら、どうしてエスカラの方々は縁談を押しつけてくるのでしょうね?」
「自分たちの思惑通りに動かない辺境が目の上のたんこぶなんだろう。あの者たちは、辺境伯がもう一人の皇帝であることの実感がないのだ。自分たちより立場が上であることを認めたくないのだろうな。無理を通せる相手だと思っているのだろう」
母に父を押しつけた時には、そのまま父が辺境の実権を握ることを期待したのだろうが、先代の辺境伯である祖父も母も、そして一族全てが父に権力を渡さなかった。
けれど、結婚相手を押しつけることが出来るという実例は出来た。
祖母は……祖父に惚れて押し倒したので別だ。
アリアは特に結婚したいとは思っていない。
もしどうしても結婚しなくてはいけなくなった場合、アリアが相手に求める条件は、権力も身分も何も持っておらず、それでいて何か一つでもアリアより優れていること。
詩でも歌でも絵でも、文化的な才能なら何でもいい。
軍人は辺境にたくさんいるのでもう見飽きた。
内政も優秀な者たちがいるから、必要ない。
それ以外の才能を持つ夫がほしい。
子供に関しては、一族内から養子をもらえばいい。
ただ、一族特有の青紫の瞳は持っていないと辺境伯としては認められないので、最低限それが条件にはなるが、どんなに遠縁でもかまわないと思っている。
どこかに一族の血を引く子供を持つ独身の男性はいないものだろうか。
長い歴史がある一族なんだから、隠し子の一人や二人いるだろう。
そんな子供の子孫に条件に当てはまる者がいてもおかしくないはずだ。
条件としてはかなり無茶苦茶なのは理解しているが、世の中は広い。一組くらい条件に当てはまる父子がいてもいいじゃないか。
「アリア様、どうなさいますか?」
「相手の顔だけでも見ようと思ったが、その気も失せた。エスカラには断りの手紙を出す。関所で引き返してもらえ」
「はっ!」
元々エスカラの人間に良い印象を持っていない部下は、アリアの決断に内心で喜んでいた。
「少し外に出てくる。たまには一人で街を歩きたい。付いてくるなよ?」
「はっ!お気を付けて!」
アリアの実力をよく知っている騎士は、快くアリアを外へと送り出した。
アリアはよく旅人が頭からすっぽり被っているローブを身に着けると、街へと繰り出して行った。