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読んでいただいてありがとうございます。アリアとエデルが正式に出会う前の、ほんの一夜の物語です。

 少年はたった一人でその場に立っていた。

 流れ続ける涙を拭うこともせず、言葉にならない叫びを上げ続けた。

 

『どうして!どうして!どうして!』


 並ぶ墓標は、全て真新しい。

 その一つ一つに震えながら花を供えた。

 ついこの間まで、一緒に笑っていた。

 陽気に歌って踊っていた。

 つまみ食いをしたら怒った姐さんも、一緒にいたずらした友人も、変な占いばっかりやっていた老婆も、そして何より、豪快に笑って一座を率いていた座長も、全員逝ってしまった。

 少年は、たった一人で残された。

 

『一緒に連れて逝ってよ!』


 少年の願いは叶わなかった。





「うぇぇ!」


 変な声を出してがばっと起き上がると、目の前で黒髪の少年がびっくりしたように目を見開いていた。


「……あ、おはよ」

「……おはよう、エデル」


 どうやら黒髪の少年がエデルを起こそうとしたところで、ちょうどエデルが起きたようだ。


「だいじょうぶ?エデル、へんなこえ、でてた」

「あ、うん。ちょっと夢見が悪くて……」


 あんな夢を見たのは何年ぶりのことだろう。

 そもそも、あの出来事はもう二十年近く前の出来事だ。

 今更何であんな夢を……。


「ちょっと兄さんたち、早く来ないとご飯がなくなるよ!」


 テントの幕を勢いよく開いたのは、十五歳くらいの少女だった。


「えーっと」


 そうだ、思い出した。

 辺境のロードナイト領に行くために、ちょうどそこに向かうという旅の一座に同行させてもらったんだった。


「今行くよ」

「早くね!」


 子供だけど、自分の見せ方を十分理解しているらしい少女は、エデルに向かってウィンクすると入ってきた時と同じ様に元気に出て行った。


「ご飯を食べに行こうか、クロ」

「うん」


 クロと呼ばれた少年はまだ幼い。本当ならば、こんな旅に出るような年齢でもないのだが、エデルは彼を無事にロードナイト領まで連れて行くように彼の母親から頼まれていた。

 報酬をもらっているわけでもないし、何ならクロの母親は手紙を残して急にいなくなったので別にエデルがクロをロードナイト領まで連れて行く義理などないのだが、この一年、一緒に暮らしたのでクロに対してはそれなりの情を持っている。

 クロは、この一年間、一緒に暮らしていた女性の息子だった。

 別に彼女と肉体関係があったわけではなく、何かよく分からないけれどそれなりに複雑そうな事情を抱えた酒場で働く女に仮の夫になってほしいとお願いされたので、しばらく滞在する場所がほしかったエデルが承知したのだ。

 その時は、顔がいい仮の夫がほしかった女と宿代を浮かしたかったエデルの思惑が一致しただけの簡単に別れられる関係だと思っていたのだが、いざ彼女の家に行ってみると、そこにいたのは母親に放置されていた幼い子供だった。

 物心ついた時にはすでに旅の一座にいたエデルは、その子供と一座にいた子供たちが重なってどうしても放っておけなくなり、何かと世話を焼くようになってしまった。

 簡単に別れられると思った関係がずるずると一年ほど続いたところで、クロの母親が町から消えた。

 どうやら変なところに借金を作っていたらしく、このままだとクロとエデルにも危害が及ぶ可能性があったので、エデルは彼女の残した手紙を持って、クロと一緒に町を出た。

 クロの母親が残した手紙は二通。

 一通はエデル宛てで、クロを連れてロードナイト領に行って辺境伯に手紙を渡してほしい、と書いてあり、もう一通がその辺境伯宛ての手紙だった。

 中身を見てはいないが、どうしてただの酒場のねーちゃんが辺境伯宛ての手紙を書いたのかはクロの容姿を見ていれば何となく分かった。

 クロはそこら辺の子供より、断然整った顔立ちをしている。

 それに黒い髪とこんなに綺麗な青紫の瞳を持つのは、エデルが知る限り辺境伯の一族だけだ。

 といっても、エデルは直接辺境伯の一族の誰かを見たことなどない。

 けれど、吟遊詩人という職業柄、何かと話題になる辺境伯の一族のことはよく歌っている。

 

『黒く艶やかな髪と明け方の空を映したかのような青紫の瞳』


 辺境伯の一族のことを歌う時に必ず出てくる言葉だ。

 クロはきっと辺境伯の一族の血を引いているのだろう。

 もしかしたら、隠し子的な存在なのかもしれない。

 辺境伯の下に行ってみて、万が一クロが殺されそうになったり、面倒くさそうなことになったらすぐにクロを連れて逃げるつもりだ。少々手間だが、やりようは色々とある。

 何よりエデルは帝国にいたいとかそういう思いが全くないので、ヤバそうだったら他国に逃げればいいと思っていた。何なら、一生帝国内に入らなくても生きていける。

 これが根無し草のいいところだ。

 寝ていた天幕を出ると、青空が広がっていた。


「いい天気だねー」


 今日は雨が降ることもなさそうだ。

 開けた場所にいくつもの天幕が見える。

 旅の一座の物もあれば、商人の物もある。

 ここは旅人が天幕を張って寝泊まり出来るように整備された場所なので、見知らぬ者同士が朝の挨拶を交わしていた。


「上手くいけば、今日中に街に入れるね」


 突発的な何かがない限り、夕方には街に着くはずだ。

 これから向かう街はエデルも何回か訪れたことがある。その街を抜けてしばらく行った場所にロードナイト領の関所があるので、ほとんどの旅人はその街で一泊してから翌日に関所に並ぶ。


「……エデル」

「うん?どうしたの?」

「……どうしてもいかなくちゃだめかな……」


 クロは不安そうにエデルの手を握った。

 エデルは、クロが不安に思っているのを察して、膝をついて目線を合わせた。


「怖い?」

「……うん……」

「大丈夫だよ。いざとなれば、俺が何とかするから」

「どうして、エデルはそんなによくしてくれるの?おかあさんだって、ぼくのことをいらないって……」


 ぽろぽろと涙をこぼしたクロをエデルはぎゅっと抱きしめた。


「俺はクロのお父さんだからね」


 クロの母親がこの子を放置していたのは間違いない。

 あの母親は、クロより自分のことが大切な人間だった。

 ああいう性格の人は、どこにでもいる。

 エデルは、どちらかというと面倒見の良い人間だ。

 幼い頃育った旅の一座の人間がほっとけない系の人たちばかりだったので、自然とエデルもそうなった。

 置いていかれるのが嫌で、あまり深く付き合うことはしないようにしていたが、それでも子供は年長者が面倒を見るものという考えが染みついていて、子供にはどうしても世話を焼いて甘くなってしまう傾向がある。

 

「あら、エデル、いいところかしら」


 くすくす笑いながら声をかけてきたのは、昔からの知り合いの姐さんだった。


「父子の触れ合いですよ。うらやましい?」

「いいわよー、アンタごと抱きしめるから」


 クロを抱きしめるエデルをさらに抱きしめて笑った姐さんは、とても満足そうな顔をしていた。

 ちなみに、久しぶりに会った時、この姐さんはエデルに本気でいつ子供を生んだのか問い質してきた。


『エデル?久しぶりだけど……アンタ、いつ子供産んだの?父親は誰?』

『産んでない!つーか、俺は父親代わり。どっちかっていうと、母親について聞いてよ』

『産んでないの?』

『俺、男だよ?』

『いやー、アンタならいけそうじゃん。てっきり父親はあの帝都の色男だと思ったよ』

『ラファエロとはそんな関係ではありません』


 情けない顔をしたエデルを、姐さんは思いっきり鼻で笑っていた。

 幼い頃からの知り合いで、エデルが男性にもてていることを知っている分、エデルがいくら産んでないと主張しても信じてもらえなかった。

 何故だ、と呟いてうめいたのは記憶に新しい。


「今日中には街に入るから、約束通り伴奏よろしくね」

「もちろん。恋歌でいいの?」

「いつもの思いっきり切ないやつ感じのやつでお願いね」


 エデルは酒場での演奏を頼まれていた。

 エデルの演奏に合わせて女性が即興で作った歌を歌う。

 今までも何度か頼まれてやってきたことだ。


「クロ、俺たちも街で少しのんびりしようか」

「うん」


 クロにとってエデルは、血の繋がった父親ではない。

 でも、この世界でたった一人、父親と思える人だった。

 ……ちょっと恥ずかしくて、声に出しては言えないけれど。

 エデルをチラリと見ながら、クロはそんなことを考えていたのだった。

 



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