88、投神の処遇
「そうか…、投神殿は我ら人にあだなす者に非ず、か」
アオボの報告を受け、現時点でワシはそう判断した。
独特な思考を持っているが、魔人のような侵略の意思はなく、ダンジョン攻略にも前向きであるならば共存可能だ。
偶発的に流れてきた1人の異世界人が、魔人との戦争のバランスを崩すほどの影響は出ないだろう。
ワシは密かに胸をなでおろした。
『だからそう言ってるでしょ』
「ギルド会議で報告せねばなりませんので、実際に私の目で見定めたかったのですよ」
『だから普人族の集まりって面倒だわ』
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに…
投神殿にダンジョン攻略に協力してもらうとして、ロールを取得できないという問題がありますが」
「投神殿はロールを持たずしてSランク冒険者を凌駕する実力をお持ちです
ゲストとしてパーティーに追随してもらえれば、ダンジョン攻略において非常に心強い存在だと思います」
「そうだにゃ、投神サマは超強いにゃ!」
「投神殿は戦闘に対して積極的には介入されず、我らの指示に沿って動いてくれました
誰かが導いてやれば、悪堕ちすることはないと思います」
「そうか…
野放しにするよりは、お目付け役をつけて準冒険者扱いとして積極的に活動させたほうが、双方に益があるか」
『私の相棒なのだから、私が導くわよ!』
「妖精族は定期的に妖精界に戻らなければならないとお聞きしますが…」
『うぐっ…』
「でしたら我ら未だ見ぬ地平線にお任せ頂けないでしょうか?
かの終絶へ至る道からの縁ですし」
「まぁ自然な流れではあるが、お前たちは先ず6人目を補充すべきでは?」
「た、確かに…」
「その上でゲスト枠で投神殿が参加するかどうか相談すると良い」
「はい…
では誰が投神殿と行動を共にされるのですか?
投神殿は言葉があまり通じませんし…」
「そうだな…、カイファー、お主と配下でパーティーを組み、しばらく投神殿の面倒を見てやれ」
「…承知致しました」
『ちょっと待ちなさい
冒険者は自由な存在である筈
ギルドの情報部と行動するなら、ギルドに取り込まれたことを意味するわ』
「それはそうですが、そのほうが投神殿も安全ですし…」
『ギルドとしてもね』
「……」
『投神に意見を聞くべきだわ
彼はあなた達の言葉を上手に使えないけど、決して知能指数が低い訳では無いわ
むしろ普人族としては高いほうね
彼は自分の行動は自分で決めることができるわ
冒険者として生きるなら尚更ね』
「はい…、その通りでございますね」
『投神はこれからどうしたいの?』
『………………、………』
チュイ様が投神殿に問いかける。
妖精族は常に念話を使うが、普通の声のように周りにいる全員に伝わる。
魔術の念話のように両者間でのみでやり取りするものとは少し違いがある。
投神殿は念話でチュイ様に答えたので、投神殿の声は伝わってこないのだか。
『ソロの吟遊詩人は神出鬼没だからね…
探すのは大変そうだけど、手伝ってあげる』
『………』
「良いのよ、相棒だから」
投神殿がチュイ様に頭を下げる。
「投神殿はなんと?」
『投神は先ずはユニットを組んでるフウを探したい、ですって』
「両極のフウか…
あの者は久しく固定パーティーは組んでおらん筈」
『そうね』
「フウに新たなパーティーを組ますべきか」
『冒険者がどうパーティーを組むかは、冒険者の自由』
「冒険者の法に則り“運命に導かれるままに集え”、と」
『そうよ
投神はすでに己の運命を紡ぎ出してる
ギルドが口出しすべきではないわ』
「むう…
ギルドとしては投神殿を準冒険者とし、特別扱いするなということですね」
『投神は放おっておいてもダンジョンに立ち向かい、世界を救う定め』
「…それは神に近い存在といわれる妖精族としての予言ですか?」
『いいえ
そうなったら面白いと思うからよ』
「………分かりました
当面は投神殿を準冒険者とし、ギルドがその立場を保証する
これでよろしいでしょうか?」
『良いわね
ギルドカードを発行してちょうだい
できるわよね?』
「ギルドカードですか…
魔声帯が無い投神様に登録できないのですが…
アオボ、何とかできんか?」
「はい、何とか致しましょう!
魔声紋ではなく、別の識別コードを見つけられれば可能だと思われます
投神殿をお借りしますね!
さぁこちらへ!
我が研究室を案内致しましょう
心躍る素晴らしい場所ですよ
ア〜ッハッハッハー!」
『アンタ、ちょっと待ちなさい!
投神をどうする気ー?』
アオボは投神殿を掻っ攫うように連れて行った。
異世界の話しを聞き出したいのだろう。
勇者様方の時も暴走したが、あの時に懲りたと思ったのだが…。
チュイ様が慌てて追いかけてくれたので、酷い実験に付き合わされたりはしないとは思うが…。
「……それでギルド長、我らの依頼は完了ということでよろしいでしょうか?」
「うむ、そうだな
未だ見ぬ地平線の調査依頼、これにて完了とする
勇者様方には私から報告しておく」
「良かった!
それでEXダンジョンへの挑戦権は…?」
「それは6人揃ってからの話しだ」
「はい…、了解致しました」
依頼書に完了のサインをしてカイファーに渡す。
「書類を受付に回しておくから、後で確認するように」
「ありがとうございました!」
未だ見ぬ地平線のパーティーが退出した。
部屋にはカイファーだけが残っている。
「カイファー、お主は投神殿をどうみる」
忍者はあまり自分の意見を言わない者が多く、カイファーもギルドの情報部として私情を挟むことなく職務を全うするタイプだ。
ワシの抽象的な問いかけに少し逡巡しながら答えた。
「……投神殿は不思議な方でございます
投神殿を見ていると、自分の常識が揺らいでしまうような危うさを感じてしまいます
良くも悪くもこの世界の常識を打ち破り、投げ飛ばしてしまわれるような予感を…
未知の世界へと誘われるという恐怖と期待を、周囲の者に無自覚に与えていかれるのではないでしょうか…」
「…そうか
参考になった、ありがとう
下がって良い」
「はっ」
カイファーは扉を開けて退出していった。
彼女が言う恐怖と期待、その先に何が生まれるのか。
魔人とは別の異世界がこの世界を狙っている、という訳ではないことは確信できた。
それは安心材料だった。
しかし投神殿独りがもたらす影響というのは小さくないのかも知れない…。
とりあえず現状を勇者様方に報告すべきだな。
終絶の地に異変あり、調査すべし。
本当は自分たちが行きたいところなんだけどね、とまで言っていたからな。
この部屋には遠距離通信を可能にするアーティファクトが備えつけてある。
勇者様方の発想を元にアオボが創り出したものだ。
魔石式遠距離通信機の親機を取り出し、勇者様方が持つ子機を呼び出す。
『もしもし〜ヤッホー、ジャハンちゃん
元気?』
しばらく待つと明るく軽い調子の応答があった。
勇者アッケミー様である。
彼女はもう1人の勇者様と共に、もう半世紀以上も全人類の先頭に立って魔人との戦いに明け暮れている。
人類が滅亡の危機に瀕していた時に神がこの世に遣わされた存在なのだ。
桁外れの戦闘力で魔人やダンジョンを破るだけでなく、魔術の創造、冒険者の育成、アイテムやシステムの考案や新しいファッションの提案までを行う。
まさしく人類の希望であるのだ。
今も魔人との直接戦争の最前線に居て、軍を率いている。
「アッケミー様、お忙しいところすみません
例の終絶の地の調査が終わりましたので、そのご報告をしたく連絡を差し上げました」
『あ〜!ゴウのところのパーティーね
あの子たちならやってくれると信じてたわ!』
「パーティーの錬金術師が悪堕ちしており、悪ギルドパーティーに内通していた模様ですが、その錬金術師と敵パーティーを撃退したようです」
『錬金術師…、確かヨゥトって子だったわね
優秀な子だったのに、残念だわ』
「撃退する際に協力してくれた人物がおりまして、その人物こそが勇者様方のおっしゃる異変ではないかと推察します」
『人物…』
「はい…、名は投神という普人族の持たざる者です
彼はなんと別の世界からやってきたようです」
『異世界人?
魔人との繋がりは?』
『アオボによる解析と念話での調査の結果、魔人の世界とは無関係というのがオウブルのギルドとしての見解です』
『ア、アオボね…
まぁ彼の性格はアレだけど、研究者としての腕は確かだし、彼の解析結果なら信頼できるわね』
「はい
それと、裏切った錬金術師と悪ギルドパーティーですが、属性を偽るアイテムを所持しておりました」
『マジで?!』
「現在アオボに対抗アイテムを考えさせております
念のためにその属性を偽るアイテムをお送り致しますので、ご確認下さい」
『分かったわ
…しっかし、属性を信じられないってヤバいわね…!
私たちは自分の力で人の本質を見定めることを放棄してきたからね…
様々な場面で疑心暗鬼になるでしょうね』
「そうですね
アオボにアイテムを完成させるよう急がせます」
『それでその投神という子はどういう感じなの?』
「言葉はあまり通じないのですが、普段の行動は紳士的で高い教養をお持ちのようです
ただし、いざ戦闘になると職業を持たないのにSランク冒険者を上回る程の力を発揮するとのことです」
『何それ?!
超面白いじゃん!
会いたいわ〜
確かに相方が感じ取ったという“異変”はその投神って子のことかもね』
「やはりそう思われますか
それでは近々投神を連れて参りましょう」
『うん、待ってるわ』
そうして簡単な報告を終え、通信機を終了した。
大変便利なのだが、高純度の魔石を消費するので簡単には使えない。
思っていた以上に勇者様は投神殿に興味を示された。
彼を前線に連れて行かねばなるまい。
王国の西の辺境、アルターへと。




