56、邂逅
異世界に来てもう何日が過ぎたのだろうか。
そろそろ一ヶ月?
小さい月はまた満月に近づきつつある。
薄暗いほうの月は相変わらず満月のままだが。
満月が揃ったら前の世界に帰れるなんてことはないかね?
ないか〜。
湖も魔法陣の描いた石もないしな…。
異世界サバイバル生活、いや異世界スローライフはもはや快適になってきたんだが、水と食料がいよいよ尽きかけてきている。
ダンジョンは毎日通って探索範囲を拡げているが、まだ文明圏の手がかりは見つからずだ。
俺もダンジョンでたまに出現するゾンビや骨格標本のようになるのかもしれない。
まぁその時まで雄々しく戦って、プロアウェイに刻みつけるのみだ。
「お、銀狼が来た」
担いでいた槍などの武器やリュックを地面に降ろして、石と杭に投気を込める。
「ほい」
赤石と石英を軽く上に投げる。
それを両手の指に挟んだ8本の杭をクロスさせてキャッチ。
「貫け、聖炎杭」
両手から同時に投げ放たれた杭は赤石の炎と石英の白き輝きを纏いながら、光のように飛翔し、走ってきた銀狼を貫いた。
ギャアオゥンッ!?
8本の杭が貫通し、赤と白の輝きに包まれながら銀狼は溶けるように消えていった。
「よし」
謎の水溜まりに溶け残されたものを拾う。
いつもの小石と、氷の塊のような綺麗な結晶だ。
「お、ラッキー」
この結晶はレアなようで、なかなか出ない。
今のところ使い道はないが、これは換金できると踏んでいる。
武器も回収して、探索を再開した。
流星錘は相変わらず超便利だ。
錘はあのゴーレムの金属の塊をもう一つゲットしたから、塊を丸ごと使ったものに変更してある。
加工にも慣れてきたから左右対称の美しいフォルムで、さらに精密な動きができるようになったぞ。
使ってて分かったんだが、このゴーレム謎金属は投気が非常に乗りやすくて、石の効果も纏いやすいのだ。
なので2種類以上の石の効果を乗せるなんてこともできるようになった。
敵によっては、組み合わせで超効果的なものもあって、ダンジョン探索がサクサクと進んでいる。
良き良き。
今日はこっちの未開拓ゾーンを攻めるか。
割と一直線の通路と部屋が続き、敵も弱めでちょっとヌルい仕様だ。
「むっ!二足歩行の気配…」
俺の『投げ耳』じゃないと聞き逃すところだったぜ。
ゾンビのような無気力、無遠慮な足取りじゃない。
出来るだけ音を立てないようにした、隠形の心得を持った者の気配だ。
セナントカちゃんを助けにきた6人組の忍者っぽい人と感じが似てる。
「これは文明人との出会いの予感!」
ようやくだ!
警戒心を与えないよう、さっきの部屋まで戻って武装解除しよう。
そして穏やかな空気で迎えるのだ!
俺はウキウキと来た道を引き返すのであった。
もうこの超難関ダンジョン『終絶へ至る道』攻略を開始してから2週間が過ぎている。
あまりの難易度に3度撤退を重ねている。
地図はあるから迷いはしないが、罠が多過ぎるな。
斥候たる私の腕の見せどころではあるが、探索が遅々として進まない。
魔物が少ないから助かっているが。
血頭巾が異常に少ないのが気がかりだな…。
やはり勇者の二人が言うように、終絶の地に何かが起きているようだ。
「っ!…音が聞こえる?」
前方の玄室からピンピンという規則正しい音が聞こえてくる。
後方の本隊に知らせるべきか…。
いや、門の影から覗いて確認してから報告しよう。
『魔技・潜影』
スキルを発動させ、気配を完全に断つ。
これで何人たりとも私を認識できない。
不意打ちによるクリティカル率向上効果もあって斥候系職業では最も重要なスキルの一つだ。
影のように音もなく門に近づく。
そしてゆっくりと中を覗いた…。
「ハロー!?」
「ジンズっち、何か遅くにゃい?」
「そう言えば、そうだな…」
ダンジョンの罠解除担当のジンズが先行して様子を見てくれているのだが、確かに時間がかかり過ぎている。
何かあった可能性があるな。
「ジンズが魔物を釣ってくるかも知れない
みんな、戦闘準備!」
「「「おおう!」」」
先行している斥候系職業の者が徘徊する魔物の注意を引き、誘き寄せてから本隊で迎撃する、という戦法は冒険者ではよく使われている。
その可能性を考慮してパーティーメンバーに指示を出した。
正面の盾役は聖騎士の私が担う。
私がいる限りみんなを状態異常にはさせない!
「あっ戻ってきた!」
ジンズには珍しく、足音を立てながら走って戻ってきた。
焦っているのか?
追ってくる魔物は…見当たらない。
魔物を釣ってきたのではないようだ。
「ジンズ、何があった?」
肩で息をするジンズに問う。
「人…、たぶん人だ…奇妙な…、玄室に座っている…」
少し要領を得ない回答に彼の混乱ぐあいが伝わってくる。
「なになに?ヤバい奴?」「もしかして魔人か?」
「いや、たぶん普人族だ」
「俺たち以外にもこの”終絶へ至る道”に潜ってる冒険者がいたのか?」
「わからん…」
「よし、戦闘態勢を維持しながら進もう
ヨゥト、その人らしき者が見えたら鑑定を頼む」
「承知しました、リーダー」
錬金術師のヨゥトが恭しく答える。
仕草が洗練されているのは、彼が元貴族だからだろう。
なかなか冒険者という荒々しい仕事をしていても、染み付いた動きは抜けないものだ。
私も含めて、な。
本隊に合流し落ち着いたヨゥトを後衛に戻し、進行を再開した。
奇妙な人が居たという玄室へ。
「この玄室だ…」
軽い音が一定間隔で聞こえる。
自らの存在を誇示するかのようで、少し不気味に感じる。
「…行こう」
「「「おおう」」」
門をくぐる。
いた!
「ヨゥト、鑑定!」
「了解!……『鑑定』」
「どうだ?」
「普人族の男、善!」
「善か…」
「名前はなげがみ…、投神?
と、とりあえず鑑定結果を共有する」
パーティー間では鑑定結果を共有することができ、奇妙な男のステータスが露わになった。
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現状能力
名前:投神
種族:普人族/男
年齢:29
職業:---
階位:---
属性:善
体力:10
腕力:10
敏捷:10
魔力:0
信仰:10
幸運:10
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「えっと……、彼は冒険者じゃないのか?」
この超難関ダンジョンに一人で玄室の中に堂々と座っている男が、神からの祝福を受けていない一般人のステータスであることに混乱する。
私たちSランクパーティーでさえ、何度もチャレンジしてここまで来たというのに…。
その時、その奇妙な男が口を開いた。
『ヤ、ヤァ!
オレヲツレテッテクレナイカ?』




