51、開け!ビニール傘
「師匠、今日はどこに連れてってくれるんだ?」
「ワッタール、シャーマンのところだ」
「ボー?」
二人はそれぞれ馬に跨り、草原を進むこと1時間。
一つのゲルを訪ねた。
バクシは家人に声をかけてゲルに入り、勝手にお茶を飲み始めた。
お茶は岩塩入りのミルクティーのようなものだ。
ゲルの中には老婆が1人で座っている。
夏の草原の日差しは強く、薄暗いゲルの中に入ると老婆の白い眼だけが妖しく光ってみえた。
俺もお茶を勧められ、もはや飲み慣れた味を楽しむ。
その土地にしばらく住むと、その土地の食べ物や飲み物がしっくりくるようになる。
やはり風土に合っているのだろう。
バクシと老婆が話している。
内容は一切分からない。
風通りの良いゲルの中は快適で、話し込む二人を尻目にウトウトと昼寝をした。
目が覚めると数人の男が増えており、みんな黒くて見たこともない民族衣装を着て、装飾品を付けている。
老婆も似たようなデールに着替えたようだ。
師匠に行くぞと促され、皆で草原を進む。
特に変わったところがないようだが、何となく神聖な気配を感じる場所に着くと、儀式が始まった。
黒いデールの3人は革を張った太鼓を叩き、口琴を鳴らす。
歌うような呪文のような声と金属のジャラジャラした音も加わる
バクシからの説明はなく、神妙な面持ちで3人を眺めている。
長い時が過ぎていた。
繰り返される音と動き。
しかしそれは同じものではなく、螺旋のように高みに昇っていっていると感じる。
顔を隠しているトランス状態の老婆は俺の方を決して見ないが、俺の魂を“視て”いると確信する。
老婆はバクシに話しかける。
老婆の声じゃない声だ。
バクシと会話を交わし、しばらくして儀式は終わった。
内容は分からない。
それでもなぜだか魂が洗われたような、草原に認められたような感動を覚えた。
後日、バクシに儀式のことを訊いた。
バクシは笑って多くを語らなかったが、
「天はお前を認めた
投げ続けろ
なげがみ」
とだけ伝えてくれた。
モンゴルは仏教国ではあるが、シャーマニズムも色濃く生活に根差している。
長く複雑な手順を経て特別な力を持った人が精霊の力を借りて魂を降ろし、助言を与えてくれる。
日本のイタコも同じようなプロセスを経ると聞く。
俺も体験して魂というものがこの世に存在することを感じとれた初めての体験だった。
そして魂を読み解くには、脈々と受け継がれてきた文化の担い手が正しくそれを行う必要があると感じた。
そんな素晴らしい経験がある俺にはわかる。
この首持ち野郎の魂を弄ぶ行為がどれほど忌わしいことか!
「テンゲルが赦しても、俺は絶対に許さん!」
赤石を手に取り投気を込める。
「赤石、燃やせ!」
赤石を投げるが、魔法の壁が炎を遮った。
つばの広い帽子の女性が呪文を紡ぐ。
ヤバそうだ。
首手持ち騎士も呪文を唱えているようだ。
俺は石英に投気を込めて、ブーメランに軽く投げつける。
聖なる光がブーメランに纏わりつく。
「ブーメランッ!」
サイドスローで放たれたブーメランは光の軌跡を残しながら、炎を食い止めてる壁を回り込むように敵に飛来した!
侍風の男がブーメランを防ごうとしたが、光を纏った高速回転のブーメランを捉えきれずに斬り裂いた。
そして聖職者のように見える可憐な女性も巻き込み、分断した。
その刹那、つば広帽子の女性から何やらゾワゾワと嫌な気配が高まる!
聞き取れない叫び声をあげて放たれたのは、巨大な炎の爆発!
これは骨も残らん…
ブゥォオガァーーーンン!
一切を焼き尽くす無遠慮な破壊の炎が鉄砲水のような勢いで降り注ぐ。
鉄すら溶かし灰燼に帰す力の洪水だ。
こんなものは発動すれば即終わりの反則技だ…。
……フォンフォンフォンッ ズガッ!
どこからともなく現れた光を纏ったブーメランが飛来し、凶悪な魔法を放ったつば広帽の女性とコートを着た聡明そうな女性を切り裂いた。
少し驚いた顔をして、その後ほんの少し微笑んだように見えた。
「し、死ぬかと思った…!」
炎の余波が残る部屋に、開いたビニール傘が転がっている。
俺が咄嗟に開いて爆炎をやり過ごしたのだ。
ビニール傘はその貧弱な見た目にもかかわらず、極悪な炎の奔流を凌ぎきったのだ。
助かったよ、ビニール傘!
安っぽいとか言ってごめん!
「残りはお前だけだ、首野郎!」
石英に投気を込めていく。
一足先に首手持ち騎士の呪文が完成したようで魔法陣が現れた。
魔法陣の光が消えると1人の男性らしき幽霊が立っていた。
装備が爆炎の魔法を使った女性と似通っている。
あんな魔法をまた使われたらヤバい!
心が痛むが、ポエムを披露するっ!
「光よ
光
命あるものに祝福を
命なきものに道導を
闇の中にあって
さしのべる灯明
祓え 石英」
シュンッ! キラララララ………
男性は魔法の壁を展開したようだが石英の光は阻むものではなかったようで、首手持ち騎士ごとキラキラと輝く光に包まれた。
清浄な光の中で消え行く男性がフッと笑ったように見えたが、気のせいかな…?
俺のポエムを笑ったんじゃないよね…?
戦闘は終わった。
地面にはいつもの小石、フード付きコートと刀が落ちている。
コートと刀からは嫌な気配が漂っている。
触るぐらいは良いが使うのは辞めたほうが良いだろう。
しかし、昨日より梃子摺ったな…。
油断はしてない。
小隊のメンバーとの相性だろう。
これまでの戦闘で分かってきた。
幽霊が生前の特性を踏襲していることが前提だが、この世界の戦う人は役割分担がキチッとしているというか、スペシャリストなんだ。
ゲームのように職業が決まっているのか。
「職業…、ロール…」
川上さんの口ぶりでは錬金術師というロールがあるという。
じゃ今日の幽霊は聖職者や、魔法使い、侍というロールを持った者たちだったのか。
ロールがあるとそれに特化し、何かしらの恩恵があるとみるべきだな。
「そして俺にはロールがない、と…」
俺のロールは文明圏に行かないとどうしようもないが、特に必要ない気もするな。
敵のロールの組み合わせでは、俺に不利なものもあるだろう。
でも前の世界産の武器、防具が俺を助けてくれる。
全てを使って生き抜いてみせる。
その為には、文明圏の手がかりを得ないとな。
「しかし、このフード付きコート、欲しいな〜」
これを着られたら、ぐっと文明人になれるんだが…。
チラチラと見てみるんだが、やはり不穏な空気を纏っている。
「あ、石英を投げつけてみよう!」
浄化するイメージを込めて、投げる。
シュッ キラキラキラキラ…
「おお〜、お?」
コートは嫌な気配は消えたのだが、特別な力も抜けてただの布になった感じだ。
刀は石英の力の余波を受けて、ボロボロになって崩れてしまった。
「ん〜加減を間違ったかな?」
まあコートとして使えれば良いか。
羽織ってみる。
「なんというか、邪魔?」
ちょっと投げにくい、かなぁ…。
暑いし。
ポンチョとパレオを取れば良いんだが、裸にコートは更に危険な香りがしてやまない。
「保留で!」
くるくると巻いて、小脇に抱えた。
ダブルヘッドの大剣もあるし荷物も増えたな。
コートより鞄が欲しいわ。
「このコートでリュックを作れるかな?」
そしたら武器庫に置いてある毒棒手裏剣とか他の武器も持ってこれる。
湖の消えた拠点から離れなければならないから、積載量が必要だ。
帰ったら工作、いや裁縫だな。
休憩もできたし、奥に進もう。
先はどこまで続いているのか
そして文明圏へと繋がる道はあるのか……。




