122、デコピン
「ちょっと投神!
アンタなに死にかけてんのよっ!」
チュイが酒場にすっ飛んできた。
「どきなさい竜人族っ『雷球』!」
「ぎゃん?!」
無詠唱で放たれた雷系単体攻撃魔術にどよめきが起こる。
雷球を浴びた竜騎士スーディは衝撃で吹き飛ばされ、後ろの酔っぱらいどものテーブルに激しくぶつかり怒号があがる。
「投神っ、しっかり!」
チュイが投神の頬を叩くが反応はない。
蒼白な顔で四肢がぐにゃりと変な方向に曲がっている。
「!」
危険な状態と判断した彼女は、魔力を錬り上げ詠唱を開始した。
「おぉ!すげぇ魔力量!」
「頑張れ女王様〜!」
周りの酔っぱらいからヤジとも応援ともつかない声がかかるが集中しているチュイには届かない。
「………『犠牲』『完全回復』!」
小さな身体のどこに貯蔵されていたのか、巨大な魔力を消費して魔術は放たれた。
光り輝く、幾重にも重なる魔法陣に投神の身体は包まれた。
「単体では最高位の回復魔術…、すげぇ」
「あれ?妖精女王って黒魔術師なんじゃなかったっけ…?」
「賢者なんじゃね?」
「てか、完全回復の前に何か挟んでなかった?」
チュイが高位の白魔術を使ったことに驚く冒険者たち。
光が収まり、顔色の戻った投神があらわれる。
全身の骨折や内臓の損傷も回復されている。
「シ、シヌカトオモッタ…
ありがとうチュイ」
上半身を起こし、チュイに礼を言う投神。
「もぉっ、ちょっと目を離すとこれなんだから!」
「スマンスマン、ユダンシタ!
アレッ、カミのケガノビテル…?」
鮮やかなオレンジ色の髪の毛が肩にかかるほどに伸びている。
「…緊急事態だったから、投神の寿命を削って回復させたのよ
でもダンジョンの宝箱の罠でチャラにできるから大丈夫」
「?…ヨクワカランガ、タスカッタヨ」
そこに正気を取り戻したスーディが駆け戻ってきた。
「投神先生っ大丈夫ですか!?
私はなんてことを!」
自分が砕いた投神の腕に恐る恐る触れる。
投神は少しぴくりと身震いをした。
「なんとお詫びをすれば良いか…」
「ダイジョウブダ、ヒスイ
オマエはワルクナイ
ユダンシタオレガワルイ」
「そんな…!
この償いは必ず…!」
「いや〜危なかったね〜、投神のおっちゃん」
一部始終を見ていたバリンが呑気に声をかける。
「アンタ、見てたのなら助けなさいよ!」
「えぇっ?!
だってこの二人の仲を邪魔しちゃ悪ぃかなって…
なぁ、おい!」
チュイの剣幕にバリンは大げさに驚いて周りの仲間に助けを求める。
「確かに冒険者って酒場で盛り上がっちゃう男女が多いのよね…」
「冒険の後はテンション爆上りだからな!」
「ここで最後までヤッちゃうのかって期待しちゃったぁ」
「普通は2階に消えて行くがな…ケケケ」
冒険者はいつ生命を落とすか分からない危険な仕事だ。
それゆえか男女の恋は燃え上りやすく、冒険者同士で子供を授かることが多いという。
例えダンジョン攻略や戦で両親を亡くしても、孤児は社会的に手厚く保護される。
国の孤児院や勇者の寺子屋などの保護施設は多く、また各地に全寮制の冒険者学校もあり、ある意味で安心して子供を産める環境だと言える。
「竜人族!しばらくアンタはお酒禁止よ!」
「は、はいっ!すみませんでしたっっ!」
「マァマァ…、ソレヨリキョウはモウネヨウ」
「2階の部屋、空いてるぜぇ」
「はっ、それならば早速償いを…!」
スーディの目が血走り、鱗の色が変わる。
「こらっ!冒険者テントあるんでしょ!
そこで一人で寝てなさいっ!」
「……はい」
「ヨクワカランガ、テントにモドロウ
タルジイサン、ゴチソウサマ!
タノシカッタヨ」
投神はダルハ爺に礼を言うと酒場を出て行った。
その長く伸びたオレンジ色の髪の上にはいつの間にかチュイが当然のように鎮座している。
「あ、待って下さいよ〜」
酒が抜けきっていないのか、ドタドタと足音を立てて後を追うスーディ。
投神たちが居なくなった後の酒場は灯りが消えたように静かになった。
まるで今までの楽しげな宴が偽りのものであったかのように…。
「投神…、面白くなってきたな」
誰かがそう呟いた。
その声を合図にまたガヤガヤと賑やかになっていった。
飲み直す者、2階に上がる者、そして企む者。
夜の闇は深く、全ての人々を包んでいくのであった。
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いや〜マジで危なかった!
ある程度こうなる事は予想してたんだけどな。
美人のお姉さんについつい気を抜いてしまった。
反省!
なんでもありだな、異世界は!
オラ、岩の大地に帰りたくなってきたど!
毎日かわいい柳に水をやって暮らすんだ。
たまにゴブリンやっつけて。
うふふふ…。
「俺の柳ちゃーん!」
…しかし、投げることが出来ない状況になると、俺ってば途端に何もできないな。
対策を考えねば…。
さっきのように瞬時に両腕両足が固定された場合はどうすれば良かったのか。
「お呼びですか、投神先生っ!」
「お呼びじゃない」
ガンッ
「ぎゃんっ」
1人用のテントに眠る俺に凸ってきた翡翠に強烈なデコピンをカウンターで喰らわす。
翡翠はマンガみたいに飛んでいった。
「我ながらすげぇ威力…」
「ふぇ?どうかした投神?」
「なんでもない、チュイ」
手をグーパーしながらチュイに応える。
今日は俺のテント内で眠るようだ。
俺の小物入れをテントがわりに潜り込んだ。
小動物の巣みたいでかわいい。
さっきのデコピンのアホみたいな威力は俺の異世界投げパワーが乗っていたからだ。
無意識に自分の指を投げるイメージでデコピンをしたようだ。
今度は意識的にやってみる。
スパンッ
「デコピンの素振りの音じゃねぇ…!」
空気を切り裂くエグい音が鳴る。
自分の体の一部でも投げるという意識を持てば投げられる。
当たり前か。
俺は自分の体を投げることによって空を飛ぶことが出来たんだから。
両腕両足を封じられても、指先さえ動けば異世界投げパワーを発動できる。
投げさえできれば、何とかなるんだ。
自分の投げの可能性を閉ざしてはいけない!
「もう同じ手は食わないぜ」
足の親指でも同じことが出来ることを確認して眠りについた。
翌朝。
目を覚ますとチュイは消えていた。
本当にせわしない奴た。
実際、彼女なりの仕事でいっぱいいっぱいなのかも知れないが。
テントを出ると翡翠が待ち構えていた。
「投神先生、おはようございます
今日も壁の修復のお手伝いですか?」
「そうだね
タル爺さんが待ってるだろうから、行こうか」
翡翠のおでこが少し赤いのはスルーだ。
お互いに触れてはいけないものがあるのだ。
崩れた城壁はまだ2箇所あり、とりあえず人が賑わっているほうに行ってみる。
街中だけど縄鏢歩行スタイルだ。
念のため。
街の人々の奇異の視線は良いんだが、昨日あたりから感じる探るような視線が増えたのが気になる。
もともとクノイチさんとか、そのお仲間の見張りは付いてたんだけど、それは嫌な感じはしない。
それ以外の謎の連中が俺に注視して、うっとおしい。
まぁ、だいたいは予想できてるんだけとね。
「お、タル爺さん発見」
タル爺さんは朝から怒鳴り散らしている。
昨日あれだけ飲んでたのに元気だな…。
「だから商人に頼んでゲートダンジョンから持ってこさせれば良いだろうが!」
「タルバ爺、だから煉瓦がどこにもないんですって…」
「何故じゃ!」
「おはよう、タル爺さん
朝から元気だな」
「おぉ橙のっ、待っとったぞ!
早速仕事だっ…と、言いたいところなんだが…」
「何か問題発生?」
「あぁ、煉瓦が来ん!」
「何故か急に煉瓦が品薄で、商人に集めさせているんですが…なかなか規定量に満たなくて…」
タル爺さんと同じような体型の弟子の職人さんが説明してくれる。
「他の街でも城壁が壊されたんじゃないですか?」
俺の言葉に職人たちはシンと黙り込む。
あ、言っちゃいけないワードでした?
軽く咳払いをしたタル爺が気を取り直して宣言する。
「しょうがねぇ
ここで煉瓦を作るしかねぇな!」
「「えぇっ?」」
「何を驚いとる!
職人たる者はありとあらゆる物を作り出す力を持っていて当たり前だ!」
「…はい!」
「橙の、お前さんも手伝ってくれんか?」
「良いぞ」
こういう場合は何でもやってみる精神です。
それが異文化に溶け込む為の秘訣ね。
まぁ俺にできるのは投げることのみだが、何とかなるだろう。
投げは世界を救うのだ。
さぁ今日も投げ倒すぞ!




