114、たった一人の観客
この男は不可解だ…!
私は聖竜神国の栄えある竜騎士団の百人長として長らく国に仕えていたが、故あって冒険者となり世界各地を回った。
普人族の多様性も目の当たりにしてきたが、この橙色の男は飛び抜けて奇妙。
醸し出す雰囲気はどの職業にも当てはまらない。
魔力も一切感じられず、ともすれば無職の一般人に思えてしまうほどだ。
しかしそれは有り得ない。
彼は城壁から遠く離れたこの場所まで、一足飛びに飛んできた。
特殊な魔技である飛翔持ち。
亀蟲を素手で投げ飛ばす近接戦闘能力。
そして何より強者の風格…!
この男は歴戦の“英雄”だ。
もしや彼は自分の職業や魔力なとの情報を隠せる程の、我らとは隔絶された超高レベル冒険者か…!
「なる程、そういう事か…」
学者どもは現在全ての神与職業は開示されており、新たに未知の職業が増えることはないと言う。
しかし半世紀ほど前に現れた勇者の件もあるし、信じることはできない。
超高レベルに至ったとき、新たな派生職業の選択肢が生まれるのではないか。
この彼のようなデタラメな強さを持つ未知なる職業が…。
「ふふふっ、やはり普人の国は未知に溢れておるわ」
聖竜神国の古い慣習に囚われた生活に嫌気が差して国を出たが、それは正しい選択だったように思える。
「トザイトーザイ」
男は往来の大道芸人の客引きのような声を上げる。
牙燎炎蛾による攻撃で焼け野原となったこの一帯に存在する人はもう私一人だけなのに。
それでも私を含めて大勢の人が見ているかのような素振りだ。
一見おちゃらけているだけのように見えて、目の奥には重い真摯な光が宿っているように思えるのは気のせいだろうか…。
魔人は亀蟲を叩きつけられたが大したダメージはなかったようで、既に立ち上がっている。
しかし亀蟲は適応種ではなかったようでボロボロと崩れ、溶けるように消えていった。
「トリイダシタルは、タダノイシ!」
「ただの石…?」
「ハイッ、コレをコウ!」
白い袋から取り出した四つの石をやはり大道芸人がやるように楽しげに回し始めた。
魔人に、私に、ここに存在しない観客に向けて行われる場違いな芸。
そしてそれは命懸けの見世物だ。
「狂ってる…」
恐ろしい魔人を前にして自分の流儀を貫くことができるのは、愚者か強者か…。
魔人は繰り広げられる洗練される芸には目もくれず、魔素を集めた。
「気をつけろ!何か召喚する気だ!」
「キをツケッ!」
警告を与えたのに反応して直立不動になる奇妙な男。
投げ上げていた石は当然落ちてくる。
「お、おい!」
落下してきた石が頭に激突する寸前で躱し、ふわりとまた投げ上げる。
「アブナーイ、キケンガアブナーイ」
「…………」
普人族にとって竜人族は表情に乏しく、喜怒哀楽がないと思われている。
しかしそんなことはない。
現に私がいま抱いているのは、怒りの感情だ!
「あっ…!」
陳腐な寸劇に付き合わされている間に、魔人は二匹目の牙燎炎蛾を召喚してしまった。
もはや飛翔で避けることもできない。
終わりの時が来たか。
それともこの男が…。
「ソレはマジでヤヴァーイ!」
シュンッ! ズババァァーーンッッ!!!
「はっ…、なんと…!」
この男はただの石を投げた筈。
なのに魔人の頭上で羽ばたかんとしていた炎蛾を真横に真っ二つにしてしまった…!
頭上で大炎上を起こし、それをもろに浴びた魔人もただでは済むまい。
「なんて奴だ!」
男は相変わらず石を回している。
芸はまだ終わっていない。
魔人はまだ生きている、ということか。
×××××××××××××××××……!
魔人の咆哮が聞こえる。
虚実の炎を吹き飛ばして姿を現した魔人は腕が1本になり、満身創痍という状態だ。
腕を犠牲にしてもなお強烈なダメージだったようだ。
魔人はそれでも残った最後の腕を掲げ魔力を操る。
周囲の魔素含有量は低く、自らの肉体を糧に召喚を行う気だ。
「魔人の最後の攻撃だ…!」
男はそれをただ見つめている。
全てを受け止める気だ。
魔人の掲げた腕が焼き切れるように消えていき、魔力に変換される。
体からも大量の魔力が放出され、次第に何かの形を形成していく。
魔人の頭上でとぐろ巻く、巨大で長大なこれは…!
「百足…?飛頭槍百足か…?」
トビズヤリムカデはダンジョン内で遭遇したことがあるが、大きめの槍という程度のサイズであった。
この魔人が召喚したものは全長が12尋ほどもあろうか。
これがあのヤリムカデと同じ生態なら槍の如き勢いで突っ込んでくる。
この巨体でそれをやられれば高位の物理防御壁でも何ら軽減することはできないだろう。
「おい!あのムカデは槍のように突っ込んでくるぞ!」
「ホウホウ」
絶対絶命の危機だというのに、この男はまるで楽しいことが始まるのを待つ子供のようにワクワクしてやがる…。
ヤリムカデは赤や緑の極彩色模様のある巨大な鏃型の頭を持ち、先端に生えた鋭い大顎を打ち鳴らしている。
そして首筋に並んだ8枚のガラス板のような羽をバリバリと震わせた。
一筋毎にある一対の脚の先端から圧縮された空気が漏れる。
飛ぶ気だ。
羽音は硬質のバリバリとした音から甲高い耳鳴りのような音に変化している。
体節の隙間から大きく空気を取り込んだ!
バリリイィィィンッッ ィイイイイイイィィィィンッ
「キャアアアアァ…!」
私はいつの間にか男に抱きかかえられて宙を飛んでいた。
不覚にもうら若い乙女のような悲鳴を上げてしまう。
遥か足元には金属を擦り合わせるような不快な音を立てて真っ直ぐに飛んでいくヤリムカデ。
避けなければ私もこの男も一撃死を食らっていただろう。
しかしこうして一緒に飛んで理解した。
我ら竜騎士や天馬騎士の魔技・飛翔とは完全に別物だ。
竜騎士は竜の魔力を宿し、その力で飛んでいる。
この男は一切の魔力を使っていない。
それが何を意味するのか、私には分からないが…。
この男は生命を燃やし尽くそうとしている眼下の魔人ほどに、我らとはかけ離れた存在なのではないか…。
しっかりと私を抱きかかえる男の手が、俄かに恐ろしいものに感じた。
しかし我らは目下落下中なのだが、着地はどうすつもりだ…?
何ら減速する力が働かずに地面に墜落していく!
「ちょっ、どうす……キャアアアアッッ!」
シュウンッ! ブワッ…
「………ぁあっ?」
地面に激突する寸前に力の方向がぐるりと反転し、気づけば地面に立っていた…。
「どうなっているのだ…?」
「投ゲタダケダ」
「えっ?」「エッ?」
男は理解できない私を意外に思ったように驚く。
これって私がおかしいの?!
「投ゲルナラ投ゲラレルコトをシレ
ミズカラを投ゲレバソラモトベヨウ」
わからん!
全く理解できん!
異質過ぎてちょっと引いてしまう…。
「マタ、クルゾ」
ヤリムカデは空中に浮かびながらとぐろを巻き、突撃する為の力を溜めているようだ。
深呼吸をしているように空気を取り込み、脚の先から盛んに噴出させている。
初撃は避けられたが、次は我らが飛んで逃げるのを考慮して突いてくる筈だ…。
「あのヤリムカデから逃れる術はない」
「ホウ…」
だから何で楽しげなんだ!
「ハナレテイロ」
そう言うと男は独特なフォームでポンと飛んだ。
まるで自らを空に投げるように…。
ヤリムカデは大きな動きをした男のほうに頭を向ける。
男は例の芝居がかった呼び声まで上げて気を引いている。
完全に攻撃対象に選定されたようだ。
「来るっ!」
ドッ…………………!
音を置き去りにする程の加速!
まるで神が放った巨大な槍のように男に向かって一直線に伸びた。
これはひとりの人でどうにかできるレベルの存在ではない!
男はただ静かに待ち構える。
そして何かしらの呪文を唱えた。
「ヤリは投ゲルモノ…『シン・クウキ投ゲ』」
シュウンッッ! ドゴオオオオオオォォォォォンンッ………‼︎‼︎‼︎




