113、最強のG
「またGを増やしやがった!」
「どっちのGだ?!」
「激走蟲!」
「もう嫌…」
「あ、でも“軍曹”が激走蟲を襲ってる!」
「軍曹に敬礼!」
「「「敬礼っ!」」」
冒険者と一本足の魔人の戦いは続いている。
魔人は魔素を回収しては蟲を召喚して冒険者を苦しめるが、一度大量の魔素を離れた場所に送ったようで、それからは冒険者側にも余裕が生まれている。
城壁外に討って出た竜騎士の存在も大きい。
別の場所で大爆発が起こり城壁を崩されたが、今のところそこから魔人や魔物は侵入してきていないようである。
魔人側もそれほど多くのリソースを注ぎ込む余裕はないのだと冒険者は楽観的に受け止めた。
「軍曹が激走蟲を喰ってる間に俺たちも討って出るぞ!」
「おおうっ!召喚魔法を使わす隙を与えるな!」
中長距離の攻撃手段を持っていない元気いっぱいの冒険者たちか吠える!
「やっと儂の出番か…!『闘気』!」
闘士の男が闘気を発動させ、驚異的な素早さで瓦礫を駆け上がる。
それに戦士系職業の者が続いていく。
激走蟲をむさぼり食うゲジグモを刺激しないように動きながら魔人を目指して冒険者は走る。
餌にありつけなかった数体のゲジグモが冒険者に反応して襲いかかる。
「連・続・攻・撃っ!!」
高レベルの前衛職冒険者にとって1体や2体のゲジグモなど恐れるものではない。
鎧袖一触で吹き飛ばすように倒していく。
先頭の闘士がとうとう魔人に肉迫する。
「魔人!今までの恨み、晴らしてくれるっ!」
1本足で立つ魔人は5本の腕を動かし魔素を集めている。
「ふんっ、“G”をいくら召喚しても儂を止められるかっ!」
魔人は全ての腕を上にあげ、魔力で何かを呼び出した。
天を覆う絨毯のように膜が広がっていく。
それは禍々しい髑髏模様をした鱗粉まみれの羽だ。
それを振るわす度に赤々と火が吹き出している。
獣のようにびっしりと剛毛が生えた小さな体。
頭部には枝分かれした触覚が生え、緻密な幾何学模様をした大きな複眼に鋭い大顎を持つそれは…。
「蛾…、“牙燎炎蛾”?」
冒険者がダンジョンで遭遇したくない三大“G”に数えられる超巨大な蛾だ。
他の二種と違って遭遇率はかなり低いレア種であるが、恐れられるのはその強力無比な攻撃力である。
不用意な遭遇はパーティーを全滅に導く最強のG。
「この“G”はないわー…」
後続の冒険者が諦めたように呟く。
フォオオボボボボボボゥゥゥゥー…!
炎蛾が飛ぶ。
全てを燃やし尽くしながら。
炎蛾の鱗粉は異常に燃える。
魔法魔術の火属性が起こす仮初めの現象だけではなく、自然現象の火との複合された燃焼なのだ。
もともと火系属性抵抗が低い前衛職などは一瞬で消炭にされていった。
それでも闘士だけは生きていた。
「……まだ死ねん!腕の1本でも貰い受ける」
肺まで焼かれながら闘士は炎の中を進む。
火の中にあってなお最後の命を燃やすように闘気を燃やして抗っているのだ。
闘士は魔人に触れられるほどに近付いた。
しかし既に両腕は燃え落ち、脚も自立するのがやっとの状態だ。
もはや表情も読めないほど焼かれた顔で、それでも闘士はニヤリと嗤ったように見えた。
「『自爆』」
虚と実の炎が荒れ狂う城壁外に大きな爆発が起こる。
それとほぼ同時に炎蛾が城壁に激突し、さらに大きな爆発と破壊を齎した。
地響きを立て、また城壁が大きく崩れ落ちたのだ。
アルターの街は3ヶ所もぽっかりと魔物の群れを通す穴を開けられ、人々の命運はもはや風前の灯火。
いずれ三方から魔物がなだれ込み、この街をひっくり返して魔人の支配とするのだ。
それを止めることができるとすれば勇者か、冒険者か、それとも或いは…。
魔人は禁断の魔技である自爆を受けても生きていた。
闘士の宣言通り腕を1本失ってはいるが、それ以外にダメージを受けている様子はない。
再生能力に特化している訳ではないようだが、腕の1本程度のダメージでは魔人を倒すことはできない。
生き物が全て焼き尽くされた城壁外をただ一体の歪な生き物が歩く。
今度こそ城壁内に入らんと1本足と4本の腕を動かして。
そのとき、天から一筋の光が地上に向かって落ちる。
「飛竜・星落とし!」
ギャリイィィインッ!!!
竜騎士の高高度からの攻撃!
いくら魔人と言えども即死も有り得る強力な一撃である。
「ぬぅ!?」
しかし魔人を捉えたかに見えた竜の力を秘めた槍は、突然現れた大きな盾によって受け流されてしまった。
「盾魔流亀蟲か!」
鈍色の地味なこの魔物は丸く滑らかな背甲であらゆる物理攻撃を受け流してしまう。
竜騎士の強力な一撃は背甲に深い傷を与えたが、流された槍の穂先は深々と地面に突き立ててしまった。
「ぐっ…臭いっっ!」
亀蟲が常時発する猛毒などの状態異常攻撃は鼻から体内に侵食する。
流石にこの至近距離では高い状態異常抵抗率を持つ竜人族でも抗うことができなかったようだ。
「無念…」
崩れ落ちる竜人族の竜騎士。
竜騎士は魔人の腕が1本減っていることに気付く。
緊急手段として腕を犠牲にして亀蟲を召喚したようだ。
魔素の乏しい環境では対価が必要なのだろう。
残る腕は3本…。
二人の高レベル冒険者の決死の攻撃で削れたのが腕2本でしかないことは忸怩たる思いではあるが、他の冒険者が必ず討ち取ってくれる筈だと竜騎士は信じた。
「人類を舐めるなよ…」
もはや動くことのできない竜騎士に亀蟲が近付く。
その鋭い吻を突き立てるつもりなのだろう。
「我が聖竜神国に栄光あれ!」
全ての想いを後続に託して目を閉じた竜騎士は気づかなかった。
先ほど竜騎士が行った高高度からの強襲攻撃と同じように、天にキラリと光るものがあったことを。
少しオレンジがかった光ではあるが…。
ぶわり…
燎原に降り立つ者がいた。
軽やかな風が吹きすさび、残り火を揺らす。
何かの予感を感じて竜騎士は目を開けた。
シュウンッ! ズゴオオオウウゥゥ…!
そこには亀蟲を投げ飛ばし、魔人にぶつけて吹き飛ばした男の姿があった…。
何故かオレンジ色の奇抜な格好をしており、一見してどのような職業を持つものかは不明だ。
巨大な亀蟲を素手で投げ飛ばしたから前衛職であるが、ソロで恐ろしく状態異常抵抗率が高いようだ。
奇妙な男は竜騎士を見て少し驚いたような顔をしたが、腰の不思議な袋から謎の容器を取り出した。
「ノメ」
竜騎士は麻痺で身体が上手く動かせないのと、何よりいきなり現れた男から渡された得体の知れないものを飲むのは躊躇われ、動けないでいた。
そんな竜騎士の迷いを知ってか知らずか、男はぐいと竜騎士の上体を起こして不思議な容器から液体を飲ませた。
「う、うまい…」
ただの水である。
しかし猛毒などの状態異常にさらされた身体に染み渡るような透明で清浄な水は竜騎士を確かに癒した。
次第に痺れが治まっていき、それにつれて気力も湧き上がっていくようだ。
「…お主は一体何者だ?」
この場に飛んで現れたから魔技“飛翔”を持っている筈だ。
それは“竜騎士”“天馬騎士”の飛行騎士職のみ。
しかしそのどちらでもないことを直感的に見抜いていた。
「オレは投神
ブロキャサーダ」
「ブロキャサーダ?」
聞いたことのない職業である。
それともこの竜人族には聞き取れなかっただけか。
竜人族にとって共通語を操るのは少々不慣れではあるが、この普人族の男の言葉は訛っているように思えた。
「アトはマカセロ」
奇妙な男は吹き飛ばした魔人の方を向く。
そしてまたよく分からない言葉を吐いた。
「ゴシチョウ、ヨロシク!」




