111、太陽の欠片
「坊主…」
悪い予感はしてたんだ…。
投げ耳は一際小さな鼓動の音を捉えた。
助け出した兵士の鼓動と比べたら、子供のように思われる。
そしてそれに寄り添うような、もう少し大きな鼓動が1つ。
それは俺のことを警戒した目で子供を引っ張って街に消えて行った二人の姿を思い出されてならなかった。
急いで急いで、手が血だらけになろうが瓦礫を掘り出した。
その二人は瓦礫の奥にいたから。
そして鼓動が止まりかけなのも分かっていた。
それでも俺は表層にいる、助けられる元気な命を優先したんだ。
冒険者が頑張ってくれてるから、虫に当てるのは二の次にして、急いだ。
だけど、気づくと全ての鼓動は止まっていた。
呼吸音も聞こえない。
俺は間に合わなかったんだ。
体が重い。
異世界投げパワーも湧いてこない。
それでも、せめて瓦礫の山から出してやろうと掘り起こしてやった。
そして出てきたのは、やっぱり俺の投芸を喜んでくれたあの子だった…。
そして庇うように重なった母親。
二人の上の瓦礫を全てどけてやった。
「お、俺は…!
…………
……ごめんな」
俺のパフォーマンスを見てくれる観客。
それは俺の大事な視聴者さんだ。
この子はこの街で最初に俺のところに来てくれた。
名前は確か、シュレン…。
俺は視聴者さんを守れなかったんだ。
この世界に落ち、色んな人と交流を持ったが、俺はどこか一歩引いていた。
俺はこの世界の人とは繋がることが出来ない絶対的な壁があると感じている。
それはこの世界で連綿と受け継がれてきた生命の記憶というか、魂の連鎖が俺にはないからだ。
前の世界では感じたことのない、俺が異物であるという圧倒的な孤独。
だから俺はこの世界で起こる全ての事柄か他人事に感じるんだ。
そんな中で出会った俺の“投げ”を見て喜んでくれる視聴者さんは、俺にとっては暗黒の海の中で漸く見えた灯台の明かりのような存在。
初めて魂の通った交流が持てた気がしたんだ。
有象無象の互いに断絶された関係じゃない。
視聴者さんとは魂で繋がっているんだ。
「そんな視聴者さんを……!」
言い訳はしたくない。
視聴者さんを守れなかった罪は背負う。
こんな悲しい親子を見たくない。
こんな悲劇を繰り返してはならない。
俺の投げで視聴者さんを笑顔に!
「うおおおおおおおおおおおおおおお……!」
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オレンジ色の男の慟哭を静かに見届けていた者がいた。
白魔術師のミーンだ。
この奇妙な男が掘り起こした者に回復魔術をかけて教会に何度も運んだ彼女は、この男の受けた心の傷の深さが痛いほどよくわかるのだ。
白魔術師という職業柄、怪我人や病人に接することが多く、その中には自分の力量では治療不可能な者もいる。
懸命に助けようとしても、助けられなかった悔しい経験もある。
そしてそれをとうの昔に乗り越えてきた、と思っていた。
昔の自分と同じように魂から血を流して泣き叫ぶ男を見て、心がギュッと締め付けられる。
彼の力になりたい…。
何の打算もなく、そう自然に思えた。
「アナタ、ぼろぼろね
………『中回復』」
瓦礫を登り、橙色の男に回復魔術をかける。
アタシにはそれしかできないから。
回復魔術をかけられても、男の慟哭は止まらない。
手の傷は治ったけど、心の傷は癒やせないからだ。
それは自分で乗り越えるしかないもの。
「アナタ、行くんでしょ
魔人と戦いに
奴らは何の感情もなく、世界を破壊するわ
この親子のような悲劇が世界中にばら撒かれている
アナタのその変な力なら、止めらるかもしれないわ…」
その時、城外から異様な魔力の高まりを感じた!
バガーーーンンンンンゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
煙が濛々と上がり、城壁がまたもや破壊されたことを知る。
「少し離れた方角…?
三体目の魔人がいる?!」
でも何故こんな大規模な魔法を使えるの?
もしや冒険者たちが現在交戦している魔人が、別の魔人に魔素を横流ししたとか…?
勇者様がた率いる軍からも離れているから、この街に3体以上の適応種の魔人が集合したことになる。
「ヤツら本気でこの街をひっくり返す気だわ…!」
本当に今日で世界が命運が尽きるかもしれない。
こんな日が来るかも知れないって思ってたけど、呆気ないものね…。
「コノオヤコヲ…タノム」
「えっ?」
涙も乾ききっていない瞳は、強い光を投映している。
黒い深淵のような瞳の中に鮮烈な橙色が宿っている気がして、思わずドキリとした。
この橙色は真夏の陽光のように、あまねくこの世界を焼き付けるように照らすのだわ…。
「コノオヤコをタノム…!」
「…わかったわ」
彼はもういちど親子に視線を落とすと、破壊されて煙が上がっている城壁だった方角に向き直る。
「投ゲル」
バッ…
信じられない程の跳躍!
新たに出現した魔人の方に向けて飛び立ち、一瞬で視界から消えて行った。
まるで竜騎騎士たちのような飛行魔技を持つ職業みたいだわ…。
「ホント変わってるわね…」
理解の範疇を超える存在。
きっとそういう人がこの世界を変えていくんだわ。
古い世界を投げ捨てるように…。
「さて、アタシはアタシの戦いをするわ
白魔術師としてのね…!」
あの不思議な男に託された親子を見下ろし、魔導の杖を強く握りしめた。
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「こっちの城壁も破壊された…!」
「魔人が三体も来るっておかしいだろっ?!」
「この街はもう駄目だ…」
「この街だけじゃない、全人類はもうおしまいなんだよ!」
「勇者様のお膝元で、城壁が破られるなんて…」
「有り得ない…有り得ない…俺は認めない…」
「城内に避難すれば良かったのよ!」
「誰だよ、勇者がいるから大丈夫って言った奴はっ!」
街の人々は混乱し、絶望していた。
前線に在りながらも人々は日常が続いていくと楽観していたのだ。
全人類最強の二人の勇者に守られ、むしろ街には活気があった。
軍や冒険者が多く滞在し、物資が動いて経済が活発化して浮かれていたのだ。
軍は城壁外で戦い、冒険者たちは最初に破られた城壁付近に集合して別の魔人と戦っている。
城壁内の衛兵たちは主要施設を守るために固めて配置されている筈だ。
何故なら主要施設さえ残っていればこの街の所有権は人類側にあり、ひっくり返らないのだ。
三体目の魔人の侵攻を食い止める者はなく、赤子の手をひねるように街を蹂躙するだろう。
街中に残った一般人は切り捨てられた、ということなのだ。
「終わった…」
項垂れた男が呟く。
「神よ…!」
「女神様…!」
人々は神に救いを求めた。
この世界の神は抽象的概念な存在ではなく、実際に人類に奇跡の御業を与えてきた。
いま再び奇跡を…!
ガラガラ……
人々は見た。
瓦礫の山を越えてやってきた異形を。
顔のパーツがバラバラにくっつけられた、3本腕の魔人を。
それぞれに剣を持ち、逞しい肉体を軽々と操り不安定な瓦礫の上を悠々と歩く。
「はははっ、魔人だ…」
誰かがどこか他人事のように乾いた笑い声を上げた。
人々の祈りは果たして通じず、最悪の存在となって現れた。
これまでにもひっくり返された街はたくさんあった。
その悲劇が自分の上にだけは降りかからない、という都合の良いことはないと今更ながらに人々は理解したのだ。
ςΝΦυΠΑΞΙονεⁿΟρ…
瓦礫を渡りきり、城壁内に侵入した魔人が音を発する。
感情を読み取ることができず、耳障りなきしみとしてしか認識できない。
その音を聞いた人々は、やはり人類と魔人は永遠に寄り添えることはないと理解した。
そして魔人は無機質に自分たちを殺すと。
魔人はゆっくりと全てを放棄したように座りこむ男に近づき、剣を振り上げた…。
誰もが身に降りかかる破滅を受け入れてしまったとき、崩れた瓦礫の上にブワリと強い風が吹いた。
それは埃っぽい煙を吹き飛ばして新鮮な空気をもたらす。
風が埃を一掃し終えたとき、人々は晴れ上がった空を背に瓦礫の上に立つ1人の男を見た。
太陽の欠片を切り取ったようなオレンジ色の服に身を包んだ奇妙な男を。
「トザイ、トーザイ!
アーッハッハッハッハッハッハッ!」




