106、ムシ退治
街の中では激走蟲の駆除が続いています。
ダンジョン内のように魔石と水を残して消えてくれれば良いのに、ダンジョンを出ることが出来た魔物はこの世界の普通の生き物と同じで消えることはありません。
激走蟲の処理は冒険者や市民に任せたようで、兵士たちは援護に来ない。
城外の敵に備えているようです。
確かに私たちだけで何とか対処できそうですが…。
冒険者の皆さんはもう顔に一切の表情を浮かべておらず、ただひたすら自分の武器を振り下ろすだけのゴーレムに成り果ててます。
辺り一帯は激走蟲の残骸や体液で汚れ、ぬかるみのようになっています。
意外に匂いはしないのですが、何かが漂ってきそうで不快極まりないです。
って、ほんとに何かが漂ってます!?
「これは魔素…」
ダンジョンの魔物がこの世界に適応し、ダンジョンから出てきたものは“適応種”と呼ばれますが、その魔物が死ぬと周囲に溜め込んだ魔素を撒き散らすことが知られてます。
激走蟲一匹の魔素は微々たるものでしょうが、これほど大量に集まれば魔素量も一時的に増えるということなんでしょう。
「って、これはマズいんじゃないでしょうか…」
「お姉様、どうされました?」
女性冒険者が声をかけてきました。
この一帯の魔素量が上がっていることを説明します。
他のパーティーメンバーも集まってきました。
「それはヤバいんじゃない…!」
「何が?」「そうなの?」「わからん」
「あのね…」
戦士系職業の人は、一般的に自分の中の魔素を使って魔技を発動しています。
しかし魔術師系の人は、魔術が大規模になればなるほど周囲の魔素に働きかけて発動させています。
だから魔術師系の人にはこれが危険な状況だと理解してもらえました。
「今なら範囲魔術が打てるわよ…、高位のね」
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「弓矢隊、整列!」
城壁の上では兵士たちが整然と列を成している。
彼らの顔に怯えはない。
強烈な戦意のみがあった。
人類の希望である勇者たちの指揮の下に戦えるのを誇としているのだ。
号令がかかればいつでも矢を射かける用意はできている。
その号令を聞き逃さないよう、兵士たちは闘志を胸にただ静かに佇む。
城壁の下には無数の魔物で埋め尽くされている。
大半が上位ゴブリン種やオーク亜種のようで、それぞれが粗末ではあるが武器を持っている。
その一匹一匹の強さはベテランの冒険者に匹敵すると云われている強力な魔物たち。
それらが不快な鳴き声をあげ、仲間同士で小競り合いをする者もいて、陣とは言えないようなごちゃごちゃとした黒い塊を形成している。
しかしその破壊本能の塊のような魔物たちが、矢の届く範囲に近づいてこようとしない。
やはりどこかに魔人がいて、指揮をしているに違いないのだ。
城門の裏では兵士たちは鬨の声をあげ、互いの戦意を高めている。
あの大群の中に切り込むのには決死の覚悟が必要なのだ。
しかしここでも彼らの顔には恐れはなく、ただギラギラとした野蛮な殺気に溢れている。
そこに良く通る澄んだ声が響く。
「聞け
この世界を守る者よ」
声を張らずとも全ての兵士に届く不思議な声だ。
この落ち着いた声の主は勇者イィッタール。
勇者アッケミーの配偶者である。
彼らは常に二人で行動し、今も二人は寄り添うように立っている。
彼らは幾度となく人類の滅亡の危機から救い、新たな魔術や魔技を創造し、数々の発明で世の中を便利にしてきた。
女神がこの世界に遣わした全人類の希望の光なのである。
「汝らは何処より来たのだ…
三代前は何処にいたのだ
九代前は?
汝らは何を背負うのだ?
この世界だ!
我らはこの世界に生まれた原始の生命の末裔!
その目に!
その手に!
その背中に!
この世界の全ての記憶が宿っている!
一度たりとも途切れずに繋いできた記憶だ!
見ろ!奴らを!
奴らはこの世界に何の繋がりもなく現れた異物だ!
この世界を毟り取っていく簒奪者だ!
許すな!
許すな!
たとえ我らの生命が潰えようと!
我らの記憶は誰かに繋がる!
それがこれがこの世界に生まれた者の力だ!
今こそ我らの力を見せる時!
この世界の力を見せる時!
正門を開けよ!
我らに続け!
この世界の子らに祝福を…『聖戦』!
突撃!!!!」
兵士たちは声をあげる!
音を超えて衝撃波となり、早く門を開けよと叩くのだ。
勇者のみが使える複合魔技である『聖戦』が発動し、兵士たちの能力が一気に跳ね上がった。
門が開き、勇者二人が飛び出した!
兵士も後に続く。
聖戦発動中の彼らに恐怖は感じない。
いや、もとより尻込みするような兵士はここには存在しないのだ。
なんらかの戦士系職業を持つ彼らは、聖戦の加護もあり馬よりも早い。
途轍もない速度で迫りくる兵士たちに、それでも魔物は動かない。
「おおおおおおお!開幕!『大切断』!」
先頭の勇者アッケミーが魔技を放つ。
彼女が持つ大剣の一閃から巨大な不可視の衝撃波が発生し、敵の群れの先頭にいた数十匹の魔物を薙ぎ払った。
「勇者に続けー!」
こうしてアルターにおける戦いの幕が切って落とされたのだ。
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「戦いの音が聞こえる…」
これが本物の戦の音か。
城壁の向こう側では、生と生がぶつかり死が生まれている。
見たい。
俺もそこに混じりたい。
そんな狂った欲求が俺の中にはある。
その為の技術を身につけてきたんだからな。
でも俺はこの世界の兵士として立っている訳ではない。
冒険者というのも、よく分かってない。
俺はやはりここでもブロキャサーなのだ。
この首のプロアウェイのランプが点いている限りな。
動画を見て楽しんでもらえるのが良い。
悲しくなるなんてけしからん。
だから俺は視聴者さんを守る。
キャー!
悲鳴が聞こえた。
この世界の視聴者さんだ。
俺の投げを見て喜んでくれる人は未来の視聴者さんだ。
悲鳴があがった方角に何かが空中に浮かんでいる。
フナムシを厳つくして羽を生やしたような、赤黒い外骨格に覆われた気持ちの悪い奴だ。
その姿を見て腰を抜かしたのか、立てないでいる女性に襲いかかろうとしている!
「投げる!」
シュンッ バチュンッ
「ギャー!」
窮地を救った筈なのに、羽フナムシの死骸を見た女性はさっきより大きな悲鳴をあげる。
近くにあったレンガを投げつけたんだが、潰れてグロテスクなものを見せてしまった。
すまん…。
悲鳴を聞きつけたのか羽フナムシが集まってきた。
…と思ったら、死骸に群がって食べ始めたよ…。
女性の悲鳴もさらにヒートアップしてきたので、彼女を連れてこの場を離れよう。
「お嬢さん、こちらへ」
パニック状態だからか、俺の服装が奇抜だからか分からんが、俺にまで悲鳴をあげる。
落ち着けー。
ちょっと埒があかないので、ぐいと引っ張って立たせ、羽フナムシを見せないようにして歩かせた。
女性がいなくなったので、この羽フナムシどもを退治しようか。
「げっ!早いっ!」
俺の殺気に反応したのか、羽フナムシが地面を走る。
なんちゅースピードだ!
飛んでる時のほうが遅いのね…。
アイツらに当てるのはなかなか難しそうだけど。
「ここは投げるものがいっぱいある
おらっ!」
シュンッ! バチュンッ
道端の小石、レンガの欠片、崩れた家の建材…。
岩ばかりの大地に比べて物に溢れている。
投げ放題…ではないな。
誰かの所有物は投げたら怒られますな。
シュンッ シュンッ シュンッ
投げても怒られなさそうなものを選んで羽フナムシにぶつけていく。
あまり硬くはないようで当たれば簡単に潰せる。
むしろ死骸が飛散しないように、最小限のダメージで処理していくのだ。
素早い敵にピンポイントの投げ。
難しいけど良いトレーニングになるな!
楽しくなってきた。
シューティングゲーム?
シュンッ シュンッ シュンッ
この辺りの羽フナムシは全滅させたから移動する。
悲鳴が聞こえる方へ。
「うわー!やめろっ!やめてくれー!」
無数の羽フナムシにたかられている人がいる!
これはマズい!
「悪いが…、投げるっ!」
一匹一匹を取り除いていく時間はないと判断し、たかられている人を掴んで天高く投げ上げた。
投げられた人から羽フナムシが剥がれ、空中でホバリング飛行する。
羽フナムシから開放された人は、建物の屋上に軽く転がるように着地した。
少し齧られているようだが、生命にかかわるような傷は負ってないようだ。
突然獲物を奪われた羽フナムシは少し戸惑いを見せたが、俺を新たな獲物としてロックオンしたようだ。
大した攻撃力は持ってないようだが、さっきの人みたいにたかられて齧られるのは嫌過ぎる!
「ヤルっきゃねーな…!」
こうして本格的なムシとの死闘が開始されたのだった。




