105、激走蟲
街の中の人々が慌ただしく動いている。
この王国の西の辺境、アルターは魔人による侵略戦争の最前線の地であり、いま再び戦いが始まろうとしていた。
魔人たちは街を侵略する。
街の【城主】【ギルド】【教会】を破壊すれば、その街の支配権は魔人側に移り、その周辺地域も魔人の支配下となる。
魔人の支配地域では徐々に異界化が進むとされ、魔人たちはこの世界を自分たちの世界に書き換えようとしていると考えられている。
正にこの世界の存亡をかけた戦いがこのアルターで繰り広げられるのだ…。
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「魔人…」
ダンジョンで会ったことがある。
あの魔人は好戦的ではなかったが、好戦的な魔人もいるという話しだった。
それが攻めてきたのか…。
ダンジョンのあの魔人は恐ろしい程に強かった。
魔人が全て奴のような強さではないとを祈るしかないな。
「投神様、⊃∣Ωしましょう!」
クノイチさんが切迫した様子で俺に何かを訴える。
何をしましょうと言ったのか…。
俺も戦えってか?
あれか、一宿一飯、装備品もしこたま買ってやったんだから働けってことか。
そりゃそうだよね…。
「人と魔人の戦争なのか…」
非戦闘員の街の人々は逃げようと、隠れようと混乱している。
最初に俺のところに来てくれた男の子は母親を呼んで泣きじゃくっている。
さっきまで俺の投芸でドッカンドッカン盛り上がっていたのに、魔人がぶち壊しやがった。
「おい、坊主
お母さんが見つけやすいように、さっきみたいに投げてやる」
「えっ…、うん…」
頭をワシワシと撫でたあと、ひょいと持ち上げて優しく投げ上げた。
「この子のっ、お母さーん、いませんか〜!
おい坊主、お前も高いところから探せ」
「うわ~、いいいい」
高い高いの『連続・超高いバージョン』で母親を探す。
男の子も泣き止んでキャッキャと笑っている。
「いた!お母さんだ!」
おー、見つけたか。
「シュレン!」
「お母さん!」
母親のほうも男の子を探していたようで駆け寄ってくる。
優しく降ろすと男の子は母親に向かって走っていった。
「坊主、良かったな!」
「うん、ありがとう!
オレンジ色のおじちゃん!」
母親のほうは俺のことを警戒しているが、当然だな。
そして母親は男の子を連れて駆け出した。
坊主、無事でな…。
そして“おじちゃん”は少し傷つくぞっ。
広場からは一般人が姿を消し、冒険者と思われる武装した者たちが残るだけだ。
戦う気のようだ。
兵士たちが消えたのは配備される為に持ち場に戻ったのだろう。
この街が戦場と化すのだろうか…。
あんなに楽しげだった人々の笑顔が踏みにじられる…、それを俺は部外者だとして見過ごすことができるのか?
「俺はもう…」
そう…、俺はもうこの街の人々と関わり合いを持ってしまった。
俺は芸人で、彼らは観客。
ウチのチャンネルは人々を笑顔にするのをモットーです!
ブロキャサーならブロキャサーらしくやってみようじゃないか!
「『迫り来る魔人を投げで撃退してみた』ってな!」
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「はい?」
投神様が何かおっしゃいましたが、聞き取れませんでした。
この場所がどの程度危険になるのかは現段階では不明ですが、街の者の動きを見るに早めに避難したほうが良さそうです。
城に市民を一時的に収容できる防衛施設がある筈ですので、そこに行きましょう。
「投神様、こちらです」
城の方角へと走ります。
多くの一般市民もそちらに向かっています。
この街の人々はこういう事態に慣れているのか、大きな混乱は発生していないようです。
しかしこんなに急いでいるのは、魔人の支配都市からの進軍ではなく、ゲートダンジョンからの強襲ということなんでしょうか。
「あちらがこの街の城で…、っていないしっ!」
さっきまで隣で走ってたと思うのですが、気づけば投神様は消えてしまわれました。
異世界人だからか行動が読めないんですよね…。
オレンジ色で目立つから人混みでも見つけやすいと思いますが。
「キャーー!」
城の近くで女性の悲鳴!
ふり返ると空に無数の何かが浮かんでいます!
「あれは…?」
肘から指先までの大きさぐらいの昆虫系魔物でしょうか。
不気味な羽音をさせながら様子を伺うように飛んでいます。
「ヤバいっ!激走蟲だ!」
「激走蟲が飛んでやがる!」
「ひぃぃぃぃ!」
周りにいる冒険者たちが震え上がっています。
「あれが激走蟲…!?」
私は遭遇したことはありませんでしたが、一部のダンジョンで出現する有名な昆虫系魔物、“激走蟲”。
通称、“G”…。
大した攻撃力は持ってないのですが1匹倒すと、何故か20匹に増えるという恐ろしい性質を持った魔物。
召喚なのか、分裂なのか、卵から孵るのかは判明していないそうですが、とにかく増えるようです。
さらに敏捷値が異常に高く、普通には逃げることは不可能とされています。
この激走蟲は開幕ハズィーロなど、初っ端の範囲黒魔術攻撃で一掃するのが最も被害が少ないとされ、それ故貴重な高位魔術回数を使わされる煩わしい存在のようです。
また、その外見に嫌悪を抱く冒険者が多く、生理的にムリ!な女性冒険者の比率も高いとのこと。
私は特に何とも思いませんが、周り冒険者はかなりひいていますね…。
「ちょっと、どうすんだよアイツら!」
「物理攻撃はイヤよ!あのグシャッ…ってすんのはムリ!」
「言うな!思い出したら鳥肌が……」
「街中で範囲黒魔術なんかぶっ放せないぞ」
「そもそも魔素が足りないって!」
「ってかダンジョン以外でも増えるのか…?」
その冒険者パーティーの1人の呟きに、皆さんがピクリと反応する。
「た、たしかに、ダンジョンから出てきたってことは完全に物質化してる筈!
ダンジョンみたいに増えないかもしんない!」
「お前、一匹潰してこい」
「いやだよ!キショいわっ!」
「私もイヤよ!前衛が行くべきだわ!」
「Gだけは潰すなって親父に言われてんだよ!」
「あ、俺も!」「俺は嫁に…」「いねぇだろ!」
皆さんギャーギャーと騒いでいらっしゃいます。
このままでは埒があきません。
「私がやります」
懐の忍刀を取り出し、空中の激走蟲に一気に接近し真っ二つにしました。
「ひえっ!やりやがった!」
「お姉様、格好良い…」
「黄色いの!黄色いの出てる!ヒイィィィィ…」
「って、増えねぇな…」
くっ、確かに斬った感触は気持ち悪いですね…。
攻撃は受けてないのに、ステータス外の何かにダメージを食らったような気がします。
この激走蟲はダンジョンから出てきた“適応種”。
倒したからといって死骸が消える訳ではありません。
グロテスクな残骸が地面の上に転がっています。
「ひっ…!」「げっ!」「もうヤダ…」
空を飛んでいた激走蟲は一斉に地面に降りて、真っ二つにされた仲間の残骸に群がりだしました…。
それを見た他の激走蟲がこちらに集合してきます!
空が茶黒に見える程です。
魔法や魔技で増えることはないようですが、死骸に仲間が集まってくるので、結果的には増えてますね。
「街中に散らばれるよりは好都合です!
皆さん、殲滅しましょう!」
「は?」
「…ぁ゙ぁ゙、嫌だけど、しゃーない…やるか」
「ヤルっす!俺はやってやるぞぉ!」
「お姉様、ついて行きます!」
「もうこうなったらしっかり働いて城主にたんまり報酬を要求してやる!」
「逝きまーす!」
冒険者の皆さんは破れかぶれな様相ですが、激走蟲の殲滅に乗り出してくれました。
そこら中で悲鳴が上がり、武器を振り下ろす音、そしてグシャッという心を蝕む音が聞こえます。
激走蟲は素早く、なかなか攻撃が当たらないようですが、攻撃力は低いので皆さん大きなダメージは受けていません。
心のダメージは除きますが。
激走蟲はどんどん集まってきますが、冒険者たちも集まってくれています。
一部、勇敢な一般市民も激走蟲の殲滅に協力してくれています。
意外におば様がたの殲滅力は冒険者を上回る勢いがあります。
何故なんでしょう?
しかし、この激走蟲は魔人が放った尖兵と思われます。
この混乱を利用して本隊が来るんじゃないでしょうか…。
魔人は魔術ではなく強力な魔法を使い、物理攻撃も非常に強いと聞きます。
Sランクパーティーで1体の魔人を倒せるかどうか…。
今回の戦いに何体の魔人が来てるのか分かりませんが、こちらには人類最強の勇者様がたがおられます。
必ずや魔人たちを退けられる筈。
そう勇気や希望を人々に与えることができる方がた。
それが“勇者”。
「敵の本隊が来たぞー!」
戦は始まったばかりのようです…。




