101、現地人レベルアップ
「セリシア、居るか?
ダーグだ」
「ダーグさん?…どうぞ」
セリシアが扉を開けて室内に招いてくれるが、時間も遅いのでこのまま話す。
バオリ家の者によると一時期は部屋に籠もって本を漁るように読んでばかりだったが、最近では冒険者として活発に活動しているらしい。
「今日は報告があって来たのだ
ん…?
セリシア、お前はいま何歳になったのだ?」
「13歳に上げたわ」
ダンジョンの罠の中には年齢を上げたり下げたりする状態異常効果を発揮するものがある。
一種の呪いだ。
それを利用して年齢を釣り上げたのだろう。
生き急いでいるようで、同族としては感心できん行為だが…。
「そうか…
幼い者が急激に年齢を上げると健康を害する場合があるという
あまり無理はするなよ」
「分かっているわ」
僅か歳を二つ上げただけだが、驚くほど大人びて見える。
「その様子ではかなり潜っているようだな」
「ええ
バオリ家の者や他の魔族達とパーティーを組んで各地の初級ダンジョンを巡っているわ」
「間違っても中級には挑むなよ」
「私はダンジョンの怖さを知っている」
「そうだな…
昨日オウブルの中級の奥に来てしまったルーキーと出会ってな…」
「私達はそんなに愚かではないわ」
「うむ…
そのパーティーのポーターがな、あの投神殿だった…」
「投神様がっ⁉
…もうあの忌わしいダンジョンを越えてこられたのね」
あのダンジョンでの事件から喜怒哀楽をあまり表すことのない彼女が表情を崩している。
彼女の顔に浮かぶのは困惑と歓喜か…。
「街まで辿り着くのは当然、なのではなかったか?」
「私の予想より早くこちらに来られて驚いただけです
それでそのルーキーパーティーは?」
「ほぼ詰んでいた状態だったが、投神殿の帰還の翼で無事に街に戻ったはずだ
パーティー名は…確か“光之竜”」
「光之竜…」
「彼に会いに行くのか?」
「もちろん
…でも投神様の隣に立つ最低限の実力を得てからだわ
せめて黒魔術師ぐらいは灮闡しておきたい」
「ほう…」
灮闡能力を得る、即ち超越者となるということだ。
黒魔術師ならばレベル27以上。
一人前の立派な冒険者だ。
まぁ灮闡能力を得てからが本当のスタート地点とも言えるがな。
「今日はもう一つ報告があってだな
お前の装備を誂えてやった
先輩冒険者から駆け出し冒険者への餞別だ」
「えっ…、本当?!」
「あぁ、この街の鍛冶屋に依頼しておいた
後日取りに行くがよい」
「ありがとう、ダーグさん!」
「フッ、冒険者としての装備が一番喜ぶとはな」
深く傷付いた彼女を慰めるため、バオリ家の者や他の魔族からたくさんの贈り物が届いた。
人形やドレスなど女の子が喜びそうなものだ。
しかし彼女はそれに喜ぶことはなく、一切手を付けなかった。
殺伐とした冒険者の装備にこれ程反応するとは少し複雑だが、これが彼女の選んだ道か…。
「私は投神様のお役に立つと決めたのよ
冒険者としてね」
「そうか…
冒険者となり年齢を上げたお前には、魔族としてもう何も言えん
しかし冒険者の先輩として支えてやれることもあろう
困った時は頼るがよい」
「はい、ダーグ先輩」
「フッ…」
「私、近々この屋敷を出るわ」
「…それが良い
定宿が決まれば連絡をくれ」
「はい」
「…報告は以上だ
邪魔したな」
セリシアの部屋の前から離れ、深い絨毯を踏みしめて通路を歩む。
魔族には合わない調度が並んでいる。
「普人族趣味…」
冒険者になり早々に独り立ちすることができたのは、彼女にとって良かったのかも知れない。
バオリ家の当主には何処か不穏なものを感じるのだ。
同族を詮索したくはないのだが、あの事件には裏があるように思えてしまう…。
未だ魔族の立場は危うい。
8つの氏族が力を合わせていかねばならんというのに。
普人族と馴染めば馴染むほど、彼らの狡猾さを取り込んでいくようだ。
「マザーのお導きを…」
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「投神様…」
とうとうあの方が街に来られた!
困っておいでだろうから、すぐにでもお力になりに行きたいところだけど…。
ポーターをされて生計を立ててらっしゃるのなら、それほど切羽詰まった状況ではない筈。
ゲスト枠でダンジョンに潜ることを厭わない…。
その点に関しては安心したわ。
計画通り最強のパーティーを作ってゲスト枠に入って頂くのよ。
投神様は必ず大きな事を成さるお方。
ただの持たざる者なんかではない。
投神様は恐らく“界渡り”や“稀人”と呼ばれる異世界人…。
それが私が古い文献を調べ上げた答え。
何かの使命を帯びてこの世界に降り立たれたに違いない。
そしてそのお手伝いをするのが、救って頂いた私の使命なんだわ。
その為の力を手に入れる!
「待っていて、投神様!」
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「誰か助けて!」
朝の市場に俺の情けない声が響く。
前の世界では見たこともない果物が山積みになって売られているのが面白くて、ついつい買ってしまったのだ。
1個で良かったんだが、露店のおばちゃんに何故か9個も渡された…。
そういうもんかと納得して、ギルドカードを颯爽と取り出したのだが…。
何故か超怒られてます。
解せぬ!
捲し立てるように早口で何か言われている。
これは罵り言葉ですか?
罵られてるけど意味がわからんから、全く腹が立たないという不思議感覚。
むしろ笑えてきた!
あ、いかん、火に油を注いだ…。
「投神様!」
「お〜クノイチさん」
クノイチさんが騒ぎを聞きつけて俺を見つけてくれだようだ。
いつの間にかできた人だかりを掻き分けて側に来てくれる。
「探しましたよ!
で、これは∂∠∴∧∂どうされたんですか?!」
「いやぁ〜……」
俺は彼女に事情を説明した。
「投神様、こういったお店ではギルドカードは使えません
∋∶Ω∈Ωでのやり取りでないと∑∧η∂に当たります
ここはギルドからお支払い致しますので」
「あぁ、済まない…」
クノイチさんはお店のおばちゃんにコインを渡して、事情を説明しているようだ。
おばちゃんの敵意のある目が、少し憐れむような目に変わってきた気がするんですけど。
どんな説明をしたんですか、クノイチさん…。
「それでは行きましょう、投神様」
「あ、うん」
いつしか人だかりは消え、いつもの市場の喧騒に戻った。
こういう屋根のないお店では現金でしか買えないとみたほうが良いな。
そついえばフウも現金で払ってた。
しかし、何故9個なんだ?
1人で食べるには多すぎる量だし。
クノイチさんに訊いてみよう。
「さっきの店で果物を買ったら9個渡されたんだけど、なんで9個なんだ?」
「えっ…?
ああいうお店はだいたい9個からが∏∂∑ξ∃∟Ω∂ですが…?」
肝心なところが聞き取れんが、9個からが普通のようだ。
何か中途半端じゃね?
「この世界はもしかして9進法か?」
「…いえ、10で∞Ω∂が変わる10∑Ω⊆Ο∃ですが…」
ん〜この世界も10進法か。
しかしさっきの10の後の言葉が“進法”って言っているのなら、やっぱりこの世界の言葉を発音するのはハードルが高いな…。
ピーヒャララって笛の音が聞こえるんですけどっ!
「そう言われてみると…
私たちは10∑Ω⊆Ο∃とは別に、3とか9とかに∣∉⊅∶∠な∂∪を持たせていますね…」
「ほうほう…」
なるほどね!
前の世界でも、その民族において大事な数字というものがあった。
日本では4が死に繋がるから嫌われるし、8は末広がりで好まれる。
ラッキー7とか666とか、その民族の言語や宗教、風習などで特別な意味がある場合があった。
この世界は3と9ということは奇数かな?が好まれるのだろう。
ちょっと現地人レベルが上がった気がする!
お、服を扱うテントが集まっている一角に来たぞ。
「投神様、ギルドがお支払い致しますので、⊃∠δ∃な服を揃えて下さい」
「ありがとう!」
いま俺はコート以外に服を着てない危ない奴だからな!
先ずは下着類を選ぶ。
それからシャツやズボン的なやつ。
靴も欲しいが、それは別の場所らしい。
クノイチさんの勧めで2セットずつ購入してもらった。
太っ腹!
これでもう恥ずかしくない、立派な現地人だ!
冒険者用の簡易な装備も買ってくれるらしいので、そういうのが売っている一角に向かう。
お客さんもその筋の人が多いな。
店員さんもだいたいイカついし。
そして俺はここで運命の出会いを果たすのであった。
「こ、これは…!」




