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#8 爺さん

「ここが【ミスターP】の出没が多い公園だ。柳衛も被害を受けたところだな」


 そう。柳衛が被害にあったのも公園の近くなのだ。痴漢に注意という真新しい看板が立てられていた。注意しろと言われても、ラッキースケベにどう対処すればいいのだろうか。痴漢に注意よりも「スカート注意」にしておいた方が良いのではなかろうか。


「さて、ここからは私と鷲宮と柳衛で【ミスターP】を誘う。米澤と市ノ瀬はこの3人の近くにいるように距離を保ち、タイミングを見計らって捕獲してくれ」

「3人の近くって、かなり難しくはないかい?」


 市ノ瀬は不安そうな声をあげる。たしかに、周囲に気づかれることなく3人の近くにいるなど至難の技だ。


「仕方がない。市ノ瀬は鷲宮に。米澤は柳衛に付け。私にも米澤が付け。この3編成で別れよう」

「あのぉ、気のせいですかね。オレが二人いない?」

「分身の術が使えたんじゃなかったのか?」

「あのですねぇ……」


 米澤が困った顔をしていると頴川は「冗談だ」と言って笑った。


 最近気づいたのだが、頴川は意外とユーモアのある人物だ。ただ、かなり癖のある冗談を言うのでとっつきにくい。


「米澤は柳衛だけに付けばいい。だが、注意して欲しいのは【ミスターP】に気づかれない範囲で近くに付くことだ。確保出来る範囲かつ、自らの存在がバレない絶妙な位置――その感覚が重要になる。上手くやってくれ。以上、解散!」


     *


「そんな簡単にみつかるかなぁ……」


 公園からそう離れてはいない河川敷をトボトボと歩く。後ろを振り返ってみるが、【ミスターP】と思われる人物はおろか、米澤すら見かけない。何かあったら助けに来てくれるのだろうか。


 不安を抱えつつ、土手にある芝生の絨毯に座り込む。川を挟んだ向こう岸では、小学生ぐらいの子供が野球をやっていた。頭の中を空っぽにして、ぼーっと野球観戦をしていると、ひと際大きい子がバッターボックスに立った。彼がバットを構えると、やけに声援が盛り上がる。将来優良株かと思い、目を凝らしてみると、よく知る顔がバットを大振りした。


――ストライク!


 彼は、見事な空振りを決めた。


「米澤先輩じゃん!」


 何やってんだ!あの人は!


 【ミスターP】が現れても絶対に助けてくれないやつだ。


「おぉ、見事なスイングじゃな」

「ひっ!」


 突然、後ろから声が聞こえて短い悲鳴をあげる。


 誰かと振り返ると、まるで仙人のような白髭を生やしたよぼよぼのお爺さんが座っていたのだ。


「えっ、あの、だ、誰ですか?」

「ん?儂か。わしやぁ、この河川敷で30年も小学生の野球観戦している、暇なジジイじゃ」

「えぇ……」


 柳衛はいま、直感的に変な人に絡まれたことを理解した。


「いまバッターボックスに立っているあの小学生」

「いや、高校生なんですよ」

「に、見えるよのぅ」

「…………そうですねー」


 こんな人に出会ってしまったら、空返事するに限る。


「今日初めて見たが、なかなかの腕をしておるな。あの力強いスイング、小学生とは思えん!」

「小学生じゃないですよねー」


 このお爺さんは近所では有名な名物お爺さんだろう。小学生の間じゃ何かと話題のはずだ。……きっと。


――ストライク!


「うぬ。いい振りじゃな。だが、何故打たぬ。打つ場面じゃろうに」

「私はただの空振りだと思うんですよね」

「……いいや、違うのぅアレは。あやつの顔を見てみろ。笑っておる。このゲームを楽しんでおるのじゃ!」

「バトル漫画みたいな台詞言わないでくださいよ。私には、真っ青な顔して焦っているようにしか見えないんですよね」


 ボードを見ればツーアウト、ツーストライク、スリーボールの後がない展開だ。点数は三対二の裏。ランナーは2塁の一人。ここで決めればサヨナラ逆転だ。


 ベンチの盛り上がりは最高潮。余計なプレッシャーが掛かっているのだろう。


 緊張しているのは、バッターだけではない。ピッチャーの緊張感も川を跨いで伝わっている。肩で大きく息をして、腕で汗を拭う。帽子を深く被り直すと、ピッチャーは構えに入った。米澤も「来い!」と気合の籠った雄叫びを上げてバットを構えた。


「この勝負、どちらが勝つか、全く読めぬ展開じゃ!」


 爺さんは興奮しきった声で手に汗を握らせている。


 スポーツとは不思議なもので、観ているだけでこちらを興奮させる。観ていてもプレイヤーになれる。その場の雰囲気、熱気、興奮、すべてを共感し、共鳴することで、プレイヤーとウォッチャーは同化される。


 柳衛は無意識のうちに叫んでいた。



「打てえええええええええっ!!!!」



――

――――

――――――キーン



 晴天に、甲高い声が鳴り響く。


 白い点が大空を舞い、弧を描く。


 徐々に地面へと近づき、そして……


――ポチャンと音を立ててボールは川の中に呑まれた。


「――やりおったわ!」

「打った!」


 米澤はガッツポーズをベンチ側に見せながら塁を走っていく。「よくやった!」「流石だ!」「いいぞ!」などと囃し立てる声援が聞こえてくる。まさに、ヒーローと呼べる扱いだった。プロ野球なら次の日の一面を飾れる活躍ぶりだ。


「よくあの場面で打ったのぅ。大した根性を持っておるわい」

「根性持ってる人は違うなー」


 普段の言動を思い出しながらお爺さんの後に続く。


 興奮も冷め止まないうちに、さて、と立ち上がる。


「お嬢さん、行くのかい?」

「はい、いいもの観れたので」


 別に何も観るつもるなんて無かった。こんなところで油を売っているのを頴川にでも見つかったら大目玉だ。


「儂ともう少し喋らんかね?」

「え?」

「この素晴らしき試合について語らおうといっておるんじゃよ」

「い、いえ、結構です」


 そう来たか、と内心で呆れた。


「どうじゃ、儂の家でも来ぬか?お茶でも出して二人でゆっくりと――」

「おい!この変態爺さん!」


 耳がつんざけそうな金切り声がして、後ろを振り返る。


「まーた若いおんなを引っ掛けてんかい!いい加減にしなさいな!」


 爺さんと同年代らしき婆さんが土手に降りてくる。


「ば、ばあさんや、この娘さんとは一緒に野球を観てただけでな――」

「何言ってんだい!あんた、先週もお同じように娘っ子を引っ掛けてただろう!」

「ばあさん、何言ってんだい?」

「こっちの台詞だよ!このボケジジイ!」


 婆さんは爺さんを引っ張り、どこかへ行ってしまった。


「一体何だったんだ……」


 柳衛は遠ざかる二人を見つめながら、夢でも見ていたかのように呟いた。


「――おーい!柳衛~!」


 その呼び声に振り返ると、先程までバッターボックスに入っていた米澤がバッターを方に背負いながら走ってきた。


 向こう岸からここまで軽く見積もっても橋を渡って五百メートルほど。爺さん婆さんとしゃべっている間に来るのに、全速力で走ってもこちらに来るのは難しいのではないだうか。サインボルトもびっくりしているはずだ。


「見てたか?あの特大ホームラン!」


 目を輝かせながら話す米澤は、生き生きとした男子小学生そのもので、目に疲れの色は一切見えない。


「見てましたけど、一体何してるんですか。【ミスターP】を捕まえるんですよね?」

「いやぁ、野球に誘われたら断れないじゃん」

「……部長に言いつけますよ?」

「頼む!それだけは勘弁してくれ!」

「それじゃあ、何をしてくれるんですか?」

「何?」

「部長に言わない代わりに、私に何かしてくれるんですよね、先輩?」

「ったく、生意気な後輩め」

「駅前にー、新しい喫茶店が出来たのってー、知ってます?」


 少しおどけて言ってみる。


「あー、この前、鷲宮がそんなこと言ってたな」

「そこに私と一緒に行って、奢ってください」

「……わかったよ。何でも食べやがれ。その代わり、部長には黙っててくれるんだよな?」

「勿論ですよ」


 柳衛はわざとらしく笑みを浮かべると、【ミスターP】を見つけるために歩き始めた。米澤も、やれやれと言わんばかりに彼女の後に続く。




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