晴れることのない墓参り〈終〉
俺は地元を出て、ダウンジャケットを着込み、ある人の墓がある寺に赴いた。
天候は今にも雨が降り出しそうな分厚い灰色の雲が空一面を覆っている曇りだ。
俺は11月の低い気温に身体を震わして、眼前にたつ野津実雪の遺骨がおさめられた骨壷が眠る墓の前で屈み、手を合わせた。
「随分と遅れてしまい、ごめんなさい……野津さん」
『おーぅっ、しょーねん!んなこと、気にしてねぇよ。妹と会ったか、小憎?会ってねぇなら、会ってねぇで良いけど』
「野津さん、思ったより元気そうですね。妹さんと会いました……良好とは言えそうもないです、嫌われてます」
『そうか……無理して華燐と仲良くしなくても良いよ、今更ね。しょーねんを縛りつけるようなことやらせて悪かったよ。親に聞いたんだよな、此処にいるって……しょーねん?』
「はい……華燐さんには教えて貰えずに、調べて伺いました。野津さんのお宅に……野津さんが亡くなった時のままになってましたよ、部屋」
『そう……幡豆紗ぁ、私は死んで良かったのか……な?死なずに……精神を圧し潰して、擦り減らしたまま、生きてるのか死んでるのかよく分からないで、ソコで生きてれば、どうにかなってたと思う……ねぇ幡豆紗、教えてよぅ?』
野津実雪の墓の位置に脚を開いて元気そうに話していた透けた野津実雪が声のトーンを落とし、震えた声で自身が選択したモノがどうだったのか訊いてきた。
「俺にはどうかなんて……」
『私は幡豆紗が思ってるよりも脆弱な奴なんだよ……嫌なことから逃げて、楽になろうと死を選んだ。親に助けを乞うことも出来ず、ただただ苦しみを和らげたくて……自ら死んだ。ほんとは私さ……幡豆紗ともっと話したかった、笑ってる顔を沢山見たいって思ってた。君ともっと居れたら……もしかしたら、踏み止まったかもしれない。君と……幡豆紗ともっと早くに逢えてたら、私は……私の人生は変わってたのかも……ね』
「……」
俺はぼろぼろと涙を流しながら想いを吐露する実体の無い野津実雪にどういった言葉を掛ければいいのか解らず、無言でいた。
俺はジーンズに突っ込んでいた野津実雪から託されたヘアピンを握り締め、ポケットから出した腕の拳を開いて、ヘアピンを見つめた。
『私はね……君と……安芸幡豆紗とキスしたかったんだよ』
「そうですか……」
『幡豆紗と逢えて嬉しかった……華燐のことは遠くからでも良いから見守ってやって。両親に宜しく言っといて。幡豆紗、私の分まで幸せにやっていきなよ。最後に……幡豆紗ぁっ、実雪って呼んで!』
「さっ……さよなら、実雪ぅっ!」
『サンキュ、幡豆紗ぁっ!好きだよ、しょーねん……』
野津実雪の言葉が風に運ばれ、消えた頃には実体の無い透けた野津実雪は存在しなかった。
大学二年生の俺は、未だに野津華燐とは不仲だ。
野津姉妹の両親は、俺から見ると歪だった。
特に母親の表情と態度に、俺は身体が震えた。
野津の母親がああなったのが野津実雪が自殺したからと聞いたが……まあこれ以上、野津一家に近づくことはないだろう。
俺は立ち上がり、呟いて墓から離れ、寺を後にし、帰路についた。
——俺、実雪さんの分まで幸せに生きていきますから……実雪さんのこと、俺も好きです。
《終》
本編としての最終話です。