21.完全なる敗北
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2027年4月1日8:23-セプテントリオ沖10km-
大統領の名前を冠するニミッツ級航空母艦に率いられた第5空母打撃群を中心とする第7艦隊がセプテントリオ王国に展開する。
国内向けには異世界初の米軍単独演習と喧伝されているが、コーネリウス帝国の遠征艦隊と対峙することこそが主目的であった。
『真冬に凍らない不凍港を追い求める国……まるで19世紀のロシア帝国だな』
『全くです。コーネリウス帝国はギリシャ・ローマ風の文化を持つとも聞きます。モスクワを第三のローマと称したロシア帝国の生き写しではないでしょうか』
ハノーバー中将は副官のエスパー少佐と艦橋で歓談する。彼らに余裕が見受けられるのはコーネリウス帝国との圧倒的な戦力差がある故だ。
三沢飛行場から駆けつけた無人航空機MQ-4Cと有人哨戒機P-8の連携により、迫りつつある敵勢力の全容が明らかになっていた。
戦艦20隻、巡洋艦15隻、羽の生えた怪物を乗せた空母5隻、駆逐艦20隻、工作艦2隻、輸送艦6隻、病院船4隻の規模。
3個艦隊から構成されるコーネリウス海軍は上陸部隊を後方に控えさせ、戦艦や空母からなる主力部隊は輪形陣で大海原を進んでいる。
『コーネリウス帝国は文明水準の割に先進的な陣形を用いているようだ』
『仰る通りです。自衛隊からの報告通り通信機器があるのでしょう』
迫りつつある敵を前にしても彼らから余裕の表情は消え失せない。既に手は打ってあるからだ。
『こちらエスパー少佐……そうか、了解した……ハノーバー中将閣下、航空団の準備整った模様です』
『よし、準備のできた戦闘機から順次発進だ!』
『イエス、サー!』
艦橋からの命令が関係各所に伝えられていく。初の異世界における戦闘に指揮系統の乱れが心配されていたが杞憂であった。
米海軍のプロフェッショナル達は異世界であっても忠実に任務をこなす。
甲板に並べられたF/A-18Eのツインエンジンに火が灯り、瞬く間に青く晴れた空へと飛び去っていった。
「Good luck……」
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2027年4月1日8:59-セプテントリオ沖数百km-
「全員点呼!!ルフス!」
「はい!」
「スッラ!」
「はい!」
「ミノ……」
コーネリウス海軍の旗艦『戦艦シーザー・アウレリウス』の甲板では毎朝の習慣と化している全員点呼が行われていた。敵との距離が離れていることもあり、海兵達に緊張感は見られない。
「最近の新兵達は元気でよろしい!」
「息子にも見習ってほしいものだ、ハハハ!」
それは艦橋で点呼を眺める将官達も同様であった。彼らは何の憂もなく歓談し身の上を語り合う。
その油断しきった人並みを避けながら、1人の将官が艦橋の中央に座する男の元へ向かう。艦隊司令の副官キュルス中佐である。
「マクシムス提督、偵察ワイバーンと密偵より報告が上がって参りました」
「朝からご苦労」
「仕事でありますから」
遠征艦隊提督マクシムス大将は差し出された報告書にざっと目を通す。敵艦隊はセプテントリオ沖10km付近に展開、艦艇数は20-30隻前後。主砲はいずれの艦においても小型。
「なるほど、数と質でこちらが上回るか……」
「はい、勝利は確実でしょう。加えまして、こちらにはワイバーン空母が5隻、50体のワイバーンを搭載しております」
副官キュルス中佐による自信の籠った報告に、頼もしく思うマクシムス大将であったが一抹の不安が湧き上がる。
「密偵からの報告によると、『機械化ワイバーンが敵空母上に存在』とあるが問題はないか?」
「はい、こちらでも記載内容を精査しましたが、敵空母の数は2隻とのこと。機械化ワイバーンを搭載できても20体が限界でしょう。1対複数に持ち込めば確実に勝てます」
マクシムス大将はしっかりと『精査』されていたことに満足し不安を拭い去ると、ふと目の前の大海原に目をやった。
「ふむ?あれは何だね?」
「ワイバーンにしては早……て、敵し……違う突っ込んで……うわぁぁ!?」
「ぬおっ、こ、これは……」
猛烈な揺れが艦橋を襲い、甲板に直撃し主砲の『30.5cm魔導連装砲』2基が抉り取られた。将官達は何が起きたのか理解できず目を擦るばかり。
「……げ、現実なのか!?か、各所、ひ、被……を……ま、また何かが……」
「し、死にたく……」
副官キュルスとマクシムス大将の目に一筋の槍が映る。それは真っ直ぐに艦橋目指して突き進んできた。
「ああ、陛下、申し訳……」
副官キュルスが逃げ惑う中、マクシムス大将は目を瞑り敬愛する皇帝の顔を浮かべ満足感に浸る。激しい爆風が艦橋を襲い全ての命が吹き飛ぶ。
旗艦『戦艦シーザー・アウレリウス』は完全に機能を失い5時間後に横転沈没することになった。同様に周囲の艦艇も悉く轟沈もしくは機能の喪失に陥りコーネリウス海軍は一戦も交えることなく沈黙した。
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2027年4月1日9:10-セプテントリオ沖数百km-
「み、みんな死んじまった……」
「おい、新入り!てめぇのワイバーンが不安がるだろ!弱音を吐くな!」
「は、はい……そ、そうですね!もう少し頑張ってみます!」
「その息だ!団長も元気だからてめぇは助かるよ!」
燃え盛るワイバーン空母から離陸したワイバーン騎士達は混乱しつつも集合し隊列を整えつつある。幸いなことに生き物であるワイバーンは艦の甲板が破壊されようとも離陸が可能であった。
32体。その数字は惨劇を生き延びたワイバーンの数だ。
「第1航空隊は後方の病院船を守りつつ後退する!第2航空隊は……第2航空隊は敵艦へ向けて突撃……第3航空隊は本国へ帰還だ!」
ワイバーン騎士団長が無線で各隊に指示を出す。第1航空隊は中堅層を中心とした部隊。第2航空隊は独身のベテラン兵を中心とした突撃部隊。第3航空隊は新兵中心の未来を紡ぐ部隊。
それぞれの役割を即座に決めた騎士団長自身は第2航空隊の隊長として戦地へ舞い戻る。
「団長殿、貴殿には妻子がいらっしゃるはず!なぜこちらに?」
「未来のためだ。我々は大敗いや、それ以上の敗北を味わった。しかし、敗者たる私には立て直す役割は与えられない。だからこそ、未来ある若者達を生き延びさせる時間を稼ぐ必要があるのだ!」
「ご立派です!最期までお供させていただきます!」
「ありがたい」
ワイバーン12体から構成される第2航空隊は燃え盛る戦艦を尻目に東の空へと飛び去っていく。彼らの姿を再び目にしたものは誰一人としていない。
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2027年4月1日9:20-セプテントリオ沖10km-
『病院船や輸送船を除き敵全艦沈黙……作戦行動中のF/A-18及びF-35Bには引き続き羽の怪物殲滅命令を続けさせます』
『よくやった』
ハノーバー中将は時計に目をやる。作戦開始1時間余りで敵の主力は壊滅した。数十分前にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦から発射されたハープーンSSMが敵の作戦行動力を著しく減少させる活躍を見せたためだ。
『これよりタンカーによる人命救助活動に移る。各艦はタンカーを護衛しつつ敵海軍の兵士を救い出すように。攻撃された場合の反撃は許可する。ただし、無意味な犠牲は出さないように』
ハノーバー中将の命令により各艦はタンカーを引き下げて現場海域へと向かう。既に潜水艦による海中の哨戒活動は済んでおり、コーネリウス海軍に潜水艦が存在しないことは確認できた。
あとはワイバーンを殲滅して制空権を確保した上で、罪のない兵士を救い出し、セプテントリオ王国内に設けられた捕虜収容所に送り届けるのみである。
『冬が過ぎたばかりの海域だ!彼らを救い出してやる必要がある。なるべく早く向かうぞ!』
第7艦隊の各艦はタンカーを護衛しつつ全速力で動き始めた。
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2027年4月1日9:25-セプテントリオ沖数百km-
『こちらスカイアイ、3グループ……』
『ラジャー』
『気をつけろ……先頭のグループがこちらに向いた……方位265、距離90、高度5,000フィート』
AWACSと連携してF/A-18Eのパイロットは戦場の情報を入手する。敵数は合計32。その内こちらに向かってくる12体を撃墜する必要があった。
『1番機がAMRAAMを発射後、2番機、3番機が続く』
『ラジャー』
F/A-18E3機は隊長機からの命令を受けると同時にAMRAAMの発射ボタンをプレスする。高速で対象へ向けて飛来していくAMRAAMは青い空にミサイル雲を残しながら遥か彼方へと消え去っていった。
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2027年4月1日9:27-セプテントリオ沖数百km-
「団長、目の……ぐぁっ」
「な、なにぃ……ああっ」
AMRAAMは確実にワイバーンを撃墜していく。異変に気づく前にワイバーン騎士団第2航空隊は全滅した。誰一人として何が起きたのか理解できないまま無念の戦死を遂げている。




