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日本国VS異世界  作者: 門田
2026年
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2.コーネリウス帝国

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大陸暦1890年11月17日10:05-元老院-


コーネリウス帝国は中央大陸を横断する巨大国家である。前世界におけるロシアに相当する広大な国土を持つ国家だと認識すれば良いだろう。


一方で、ロシアとは異なり、首都は極東地域に存在する。その首都名はアウレリウス。この都市には古代ギリシァ・ローマ風巨大建築物が多く建てられているが、郊外には煙を立てた煙突が無数に並ぶ。


つまり、コーネリウス帝国は近代軍備を背景として広大な領土を維持し、古代ギリシャ・ローマ風文化の影響を残したまま産業革命に成功した近代国家である。


政治は世襲制の皇帝と元老院が互いに協力し合う形で行われ、言論の自由は制限されていた。しかし、市井の情報共有媒体として新聞は国民の間に広く浸透しつつあり、皇帝と元老院は徐々に民意を意識せざるを得なくなっている。


今朝も元老院はその『民意』について紛糾していた。根本から考え方の違う貴族率いる世襲制の門閥派と制限選挙により選出された平民派を完全に調停できるものは、体調不良で療養中の皇帝を除き議事堂には存在しない。両者による罵り合いはかれこれ3日続いている。


「児童労働はこれを禁止すべきである!労働時間を学習時間に置き換えることが、国の繁栄に欠かせぬのだ!」


平民派でもより進歩的なアントニオ・オレステスは、ソメット共和国から持ち込んだ経済学の概念を用いて、児童労働禁止の有効性を説明した。


だが、経済学を理解しない古い考えに凝り固まった門閥派には響いていない。彼らは国民に知恵を授けることは危険であるし、国の繁栄には結びつかないと考えているのであった。


「ええい、そのような眉唾話をするのなら、我が国の平均寿命を見てみよ!40に満たぬ内に死ぬものがなんと多いことか!そのような状況で児童労働を禁止すれば、却って偉大なるコーネリウス帝国の発展を妨げることになりかねないのだぞ!この知恵足らずの大バカ者が!」


オレステスに反論したのは元老院の古参議員グラックスである。若かりし頃は改革派として元老院を引っ張っていた彼も、今では時代の流れについて行けず、頭の硬い門閥派の一角を占める。


「知恵足らずの大バカ者はあなたです!教育は国民に健康的な生活を啓蒙することになり、平均寿命を伸ばすのです!現に、最高峰の教育を受けた元老院議員の平均寿命は70を越えております!正に教育の成果ではありませんか!!」


「この青二才が、舐めた口を聞きよって!!高貴な血を受け継ぐ我々議員だからこそ長生きできるのであって、教育の成果ではないぞ!」


「いやはや、何を仰るか!血統など旧時代的である。御覧なさい!!こちらにお座りになられている平民出身のアグリッパ卿は、来月には93に成られるのだぞ!長寿の理由に血統を持ち出すなど、恥を知れ!」


このように次第に熱を帯びた議論は個々人に対する誹謗中傷に変わり、議論の体をなさなくなる。これが帝国の病巣であり、嘆かわしい現状であった。


皇帝と元老院を繋ぐ連絡官である皇女ユリアは国の現状に頭を抱える。腰まで伸びた黄金色の髪と庇護欲を掻き立てられる可愛らしい顔つきとは対照的に、ユリアはこの場に居る誰よりも帝国を愛する愛国者であった。


そして、ユリアは、議論がここまで拗れると、建設的な意見が出てくるはずもないことを、ここ数ヶ月の経験から知っていた。ユリアは一連の流れを書き起こすと、議事堂から立ち去る。


これは本来であれば、皇太子の仕事である。だが、皇太子の兄トラヤヌスは敵性国家アマンダ王国との戦争を指揮するため、前線に滞在していた。


よって、元老院と皇帝を繋ぐ連絡官の役割を与えられたのが、老帝の一人娘ユリアである。


権謀術数が蔓延る元老院と関わるのは至難の技であったが、勉強に勉強を重ね何とか人を疑うことを学んだ。今回のように双方の溝が深い場合には調停できないが、些細な議事程度であれば調停を行える程には成長している。


「アティア、馬車を用意してくださる?」


隣に控えていた侍女のアティアに馬車を依頼する。アティアは乳母の長女であり、ユリアより5歳年上だった。


「馬車でよろしいのですか?ソメット共和国製の御車がございますよ」


「あれは恐ろしいの……動く原理が不明だもの」


ソメット共和国製の車は、馬車と比べれば格段に快適であった。揺れは少なく難所でも動く。しかし、自走する仕組みを全く説明せずに市場投入したため、コーネリウス帝国の住民からは訳の分からぬ機械だと嫌悪されている。


「では、馬車を用意致しますわ」


アティアは小走りで、建物の端で主人の帰りを待っていた皇族専用馬車を呼び出しに行った。


行儀作法に煩い侍女が離れるのを見届けると、ユリアは大きく背伸びする。女らしい胸の膨らみが強調されるため、はしたない行為であることは承知していた。しかし、気分転換には、身体を大きく動かし、羽目を外すことが一番である。


仰ぎ見た空は青く澄みあがり雲一つないが、巨大な生き物が何匹か空を舞っている。首都を警備する黒竜騎士団のワイバーン。


戦闘機の登場により次第に役目を終えているワイバーンであるが、旋回性能の高さや耐久性などから、後10年は空の支配者として君臨するだろうと軍は考えているらしい。


ユリアは顔を下ろした。馬車を呼びに出たアティアがちょうど戻ってくる。ユリアはアティアを伴い馬車へと乗り込んだ。


---

大陸暦1890年11月18日9:03-コーネリウス海-


この世界の価値観で言えば、コーネリウス帝国の実力は前世界のインドに匹敵する強国である。


首都を警護する黒竜騎士団と白竜機甲師団。コンスタンツ港を拠点とする赤竜艦隊と青竜航空隊。いずれもコーネリウス帝国を強国足らしめる実力を持っていた。


その強国を支える青竜航空隊が不審な船舶を発見したのは、大陸暦1890年11月18日のことである。


「こちらワイバーン3号、不明船を発見!司令本部の指示を仰ぎたい!」


偵察型ワイバーンに乗る航空兵が、ソメット共和国製の最新鋭無線を用いてコンスタンツ港の本部へと現状を報告する。


「……こ…ら青竜航…隊…部。威…偵…部隊…到…するま…現…空域……待…する…うに!」


途切れ途切れであったが指示を把握できたワイバーン3号の航空兵は、不明船の10km先で監視することにした。


不明船の全長は100m前後であり、赤竜艦隊の戦艦に匹敵する。武装があまり確認できないことから、補給船もしくは巡洋艦と考えられた。


ワイバーン3号の航空兵は自らの一挙手一投足に国の命運がかかっていると言い聞かせ、不明船を監視する。不明船とワイバーン3号の睨み合いが続いた。


この間に、司令部は不明船舶は敵対するアマンダ王国の艦船だと考え、青竜航空隊は威力偵察の一環として火力強化型ワイバーン7匹を送り出す。


10分後、コンスタンツ港を火力強化型ワイバーン7匹が飛び立ったとの連絡が、航空兵の元へ届けられた。また、偵察開始時刻から逆算した結果、ワイバーン3号の航続距離が限界に達するとのことで、撤退が許可される。


「……後…任…れた!」


接近中のワイバーン部隊より無線越しに心強い言葉を受け取ったワイバーン3号の航空兵は、愛機ワイバーンの頭を撫ぜた後、現場海域を後にした。

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