やはり神父はいつも通り微笑んでいて
「ねえ、神父様」
男は、机を拭いている手を止めた。
「なんですか?」
神父は、様付けで呼ばれたのが擽ったかったのだろう。はにかみながら、読んでいた本にしおりを挟む。
「何故神父様は神父様なんですか?」
「ん?」
問いの意味がよく分からなかったのか、神父は考え込む。
「あ、ええと、神父様ってとっても凄いじゃないですか。普通の人は1つしか使えない属性が6つも使えるし、優しいですし……」
慌てて補足する男は話していくうちに調子づいてきたのか指を折りながら声を弾ませる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
いつもニコニコと笑っている神父にしては珍しく、焦っている。唐突な褒めちぎりは、どんな攻撃よりも厄介なのかもしれない、と神父は思った。
対する男は何故止められたのか分からない、というような顔をしていた。一切照れることなく褒めることの出来るのは心が純粋な証拠である。
そんな穢れなき瞳で見られ、神父は恥ずかしいか、自分を褒めないでくれ、とは言えず話題を逸らすことにする。
「つまり……なんでしょう?」
「あ、えっとごめんなさい」
しょんぼり、とする男に神父は心が痛くなる。自分が我慢し、褒め言葉を聞くべきだったか、と思うが後悔先に立たず。
「つまり、えーと、王様専属の護衛?とかにならないのはなんでなんだろうなと、思ったんです」
言葉を所々詰まらせる男に神父は微笑みかけた。
「なるほど、何故こんな所で神父なんでしてるんだろう、と言いたかったわけですね」
「えっと、神父という仕事やここを馬鹿にしてる訳ではないんです……なんというか、その、」
神父は、目線はあちこちと忙しなく動く男を落ち着かせるように笑いかける。
「ふふふ、分かってますよ。イルシオンは人を傷つけるようなことはしませんからね」
男は安心したようにほっと息を吐いた。
「まあ確かに。宮廷魔導師になれたらたくさんの給料を貰えるでしょうね……でもそれは出来ないので」
「出来ない、とはどう言うことなんですか?」
神父はその問いに困ったような笑いを浮かべた。
そして言葉を選ぶかのようにゆっくりと述べる。
「うーん、なんと言えばいいんでしょうねえ。私は昔、大きな失敗をしたんですよ。それのせいで、いろんな人から避けられている、といえば伝わるでしょうか」
「神父様が失敗をするなんて意外です。失敗してるところ想像出来ないっていうか……意外です……」
真顔で言う男に神父は苦笑する。
どうもこの男は神父のことを過大評価をしているらしい。それが嬉しいような悲しいような擽ったいような、神父は複雑な気持ちを抱く。
「私も人間ですからね。失敗ぐらいはしますよ」
男は納得できていないのだろう。不満を隠そうともしていない。このもやもやとした感情をどうにかする手立てはないか、と考えたところで思いつく。
「そうだ!失敗って具体的になにをしたんですか?」
素直に聞き、内容に納得できるならよし、出来なくても神父のことが分かるならそれでよし、とそういうことである。
「未来を知ろうとしたんです」
「未来?」
「はい、未来です」
「その未来を知るために何かいけない事でもしたんですか?」
「いえ?未来を知ること自体がいけないことだったらしいですよ」
「え。誰がそんなことを言ったんですか?」
「神ですよ」
「神?」
「神です」
神父様は神様に会ったことがあるの?神様ってこの世に存在するの?そもそも神様って何?
神という言葉を聞いた瞬間に浮かんだ疑問で頭が埋め尽くされ、先程感じていたもやもやは何処かに吹き飛んでしまった。
何かの冗談か、と思い神父の顔見るが、やはり神父はいつも通り微笑んでいて真偽の程は知れない。
いやいや、神父様が嘘をつくわけがない、とその考えを振り切るように、男は首を振った。
「では、なぜ神父様は、未来をしろうとしたんですか?」
「人を救いたかったから、ですかね。危機が事前に分かれば、多くの人を救うことが出来ますから……」
「神父様は、人の為に、未来をしろうとした。なのに、神父様は、人々に、避けられているんですか……?」
男は泣きそうな顔をしている。まるで自分が責められているかのような落ち込みようだ。
「仕方が無いです。悪いことをしたのですから」
神父は眉を八の字にして、笑う。
「仕方が無いことなんてないです!おかしいですよ!!」
男は肩を震わせ、叫んだ。
ギリリと歯を食いしばった音が聞こえる。
「そんなの、絶対おかしいです……」
絞り出すかのような弱った声。
まるで自分の事のように憤る男を神父は眩しそうに見つめた。
ぎゅっと手を握り、下を向く男。
床にぽつり、ぽつり、と水滴が落ちた。
「泣かないでください。私は別に今の状況が嫌だ、なんて思ってませんから」
神父は男にハンカチを差し出す。
「そうなんですか?」
男はキョトン、と神父の方を見て、差し出されたハンカチに気が付き、おずおずとそれを受けとる。
「ええ、ここでも人助けはできますし、ここじゃないと出会えなかったでしょう?子供たちも、貴方も」
と微笑んだ。
男はその言葉に、目を瞬かせる。
彼の中で神父は神格化といっても過言ではない扱いになっているのだ。神父にそんな風に言われるとは想像もつかなかったのも仕方がない。
神父は天井を見上げ続ける。
「あの頃の私は自分でなんでも出来る、と思いあがっていたんですよ。1人で全てを救う、なんてことできるわけが無いでしょうにね。今ぐらいでちょうどいいんです」
男はゴシゴシとハンカチで目を拭いて、神父の方を見た。
「じゃあ神父様はその、未来を知ろうとしたこと、後悔してますか?」
「いえ、全く」
晴れやかな顔で即答した。
「例え、過去に戻れたとしても私は同じことを繰り返すでしょうね。だって私は何も悪いことをしてないんですから」
「じゃあ、」
「でも」
鼻声の男の言葉を遮る。
「ほかの人にとって私は悪だったのかもしれません。世の中、わかりやすく善と悪に分かれてるわけじゃないんです」
神父は立ち上り、男に近づく。
「人によって価値観が違えば、善悪も異なります。神が正しいとは限らないですし、悪魔が悪いとも限りません。大切なのは自分がどう思うか、なのです」
神父は男を見て微笑んだ。
「ですから、貴方も自分で考えることを止めないでください。そうすればきっと道は開かれるでしょう」
十字架のネックレスを握る神父。
いつもと何かが違う。
何が違うのだろう……と途中から覚えた違和感について考えるうちに気が付く。
町の人たちの悩み相談をしている時にそっくりで全体的に演技臭いのだ。
一度気が付くとそれは明白でなんだか笑えてくる。
妙ににこにこしている男に神父が気が付き、訝しげに尋ねてきたのでこのことを伝えると神父は笑った。
「仕方がないですね、職業病みたいなものでしょう。無意識って怖いですねえ」
嘘である。
語っていく中で恥ずかしくなってきた神父は、態と大げさに話すことでそれを誤魔化そうとしたのだ。
うんうんと頷いている神父に男はじゃあ、と切り出す。
「何故神様にそんな扱いをされたのに、神父をやっているんですか?」
「うーん。なんででしょうね。なんでなんでしょう?」
にこにこと笑っている神父は問いについて考えているように見えない。
男ははぐらかされたと思いむくれたが、神父には本当にわからなかったのだ。
何故自分がまだ神父を続けているのか、を。