ホカホカと湯気があがっている
いい匂いがする。
薄い雲に乗って運ばれてきたのだろうか?
そろそろ晩御飯の時間らしい。
ぐう、とお腹の鳴る音がした。今日の晩御飯はなんだろう?
ワクワクしながら、道を歩く。借りたばかりの本を落とさないようにしっかりと持つ。
神様に嫌われてると言っても、さすがに教会の人だって神父様のことを助けてくれるはず。
だって神父様はあんなにも優しいし、いい人なんだから。
いや、もしも、万が一にも教会の人が助けてくれなくたって、神父様は助かる。
僕が助ける。
いやいや、もしかしたら、神父様がこの魔法の存在を知らなかった、という可能性もないことは無いし。無いと思うけど。
「いいところにいたわ!今ちょっと暇かしら?」
あれは……パウラさん?
十人も子供を持つ凄い人……だったと思う。
疑問形ではあるものの、ずんずんとこちらに近づき腕を引っ張られる。どうも拒否権はなさそうだ。
出来るだけ早く帰りたかったのだけれど、まあ、いっか。
今すぐ帰らないと神父様が死んでしまうという訳ではないし、何より人助けはいいことだし。
僕なんかでも誰かの力になれるのはとても嬉しい。
連れられたのは台所だった。
もっと言うと竈の前だ。子供たちの騒がしい声が聞こえる。
「丁度夕飯を作りたかったのよ。だから、火をつけてくれないかしら?」
「わかりました」
僕はしゃがみ込み、火よつけ……と念じる。するとぼうっと火が燃え上がった。
「おぉ……。いつみても感動するわ。やっぱり魔法ってのはすごいねぇ」
パウラさんは少女のように目を輝かせながら鍋を用意する。中に小麦粉とバターを入れ炒めはじめた。
料理の際に魔法の火が重宝されるのには理由がある。火を点けるのに労力がかからないのは勿論、火力の調整が楽に、細かいところまでできるのだ。
とは言え、魔法が使えるものは少ない。この村だと神父様と僕とヘネラとあと数人ぐらいしかいなかったはず。その中でも火属性が使えるのは、ヘネラ、神父様、僕以外にはいない。
しかも僕と神父様以外の人は魔力量が少なく、中には火を点けるぐらいの魔法一度だけで魔力を使い切ってしまう者もいるらしい……。だから魔力の火は貴重なんだそうだ。
って言われても、僕からしたら簡単にできることだし、いまいちピンとこないんだけど。
まあ、これで人の役に立てるのならそれでいい、の……かな?
「イルシオンちゃんって何も言わなくてもいい感じで調整してくれるわよね。楽で助かるわぁ」
「そうなんですか?」
「ええ、前は偶にヘネラちゃんに来てもらってたんだけどねぇ」
とパウラさんは珍しく苦笑いをする。
なるほど。
ヘネラは普段孤児院の火付け役を行っているが暇になった時に他の所で火を点けていたのかもしれない。僕がシーナの手伝いをしていた時とか。ヘネラがシーナのことが好きだということを聞いて以来、火を点けるのはヘネラにお願いするようにしているんだけどね。
最近は料理の作り方もある程度覚えたし、二人の邪魔をしないように夕飯の時間は極力出歩くようにしている。僕はある程度の料理なら作ることは出来るけど、ヘネラは料理を作るのは苦手みたいだ。作り方もそこまで把握できていないみたいだし。となると、火の調整もそこまでスムーズには出来ないのかもしれない。
ヘネラの駄目なところを聞いてしまったみたいで、気まずいというか、申し訳ない気持ちになる気がする。まあ、でも褒められているのは嬉しい。嬉しいんだけど……。複雑な気持ちだ。
✱
「今日はありがとうね」
パウラさんは出来上がったシチューをよそった。ホカホカと湯気が上がっている。
前、パウラさんの料理を食べさせて貰ったことがある。とても美味しかった。シーナの料理も美味しいけれど、それとはまた違った美味しさ、というか。パウラさんのは懐かしいような味がするのだ。年季の差、なのだろうか。
「よかったら食べていかない?少し多めに作ってあるし」
こちらに向かってウィンクをする。
もしかして、料理美味しそうだなって見てるのばれた?
パウラさんは微笑ましそうにこちらを見ている。
絶対見られてたよ!これ!!
う、うわあ、恥ずかしい……。食い意地が張ってるって思われちゃったかも。
「いえ、すいませんが……シーナ達が僕の分のご飯も作ってしまっていると思うので」
「あら、そう。なら、仕方がないわね。残念だけど」
「では、今日はこれで」
僕はそそくさとドアに向かう。
恥ずかしいからね。こういう時は逃げてしまうに限るのだ!
「あ、また今度。よければ明日にでも来ておくれ」
急に立ち去ろうとしている僕に慌てたような声を掛ける。
僕はぺこり、とお辞儀をしてパウラさんの家を出た。
✱
「ただいま」
孤児院のドアを開けると、夕飯の香りが漂ってきた。
「おかえりー」
ひしっと足元にくっついてきた男の子の頭を撫でる。男の子は嬉しそうに笑った。
机には、パンだけが置かれている。
これはちょうどいいぐらいに帰ってこれたかな?
男の子に離れてもらい、台所を覗き込むと、シーナとヘネラがスープを持っていた。運ぶところだったかな?
「あ、ちょうどいい所に来たわ!神父様を呼んできてくれない?」
「分かった」
神父様は教会のほうにいることが多い。そこにある神父様の部屋で、人が来るのを待っているんだそうだ。
たまに出歩いてることもあるみたいだけども、夕飯の時間にはそれは無いはず。余程の急用じゃない限りね。
ということで隣の教会に向かう。
相変わらず、神々しいところだ。
夕日を浴びて、ステンドグラスが様々な色を映し出している。天井の、壁の、細かな装飾が美しい。
やはり僕のようなものが来ては行けないような気がしてならないけれど、神父様を呼ぶためだ。仕方がない。
パッと見、神父様はいない。
「神父様!夕飯の時間ですよ!」
と結構大きな声で話しかけてみるけど、返事はない。ここで声をかけて、神父様の部屋まで声が届かない、ということは考えにくい。
うーん、余程何かに集中しているのかな、と一歩踏み出すと、何かが床に転がっていた。黒い。
黒い何かからは薄いオレンジのものが生えている。あれは、人間だ。
慌てて駆け寄り、ひっくり返す。
「大丈夫で……」
かけた言葉を思わず飲み込む。
神父様だった。息が荒い。苦しんでいるようだ。
服を捲ってみると、
手も、
足も、
顔にも、
あの黒い線が刻み込まれていた。




