ステンドグラスは太陽の光を浴びてキラキラと輝く
気づいたら、そこに存在していた。
周りにはもやもやとした何かがそこらじゅうに浮かんでいて……。
僕はそのもやを食べていた。
狂ったかのように食べ続けていた。
何だかそれはとてもいけないことのような気がして、止めようとしたけれど、触れることは出来なかった。
ひとつ
ふたつ
みっつ……
……
100を超えただろうか、そのうち、もやはひとつもなくなった。
ひとつ残らず、僕に食べられてしまった。
すると、あたりが真っ暗になり、
いつも聞こえるあの声、あの言葉が聞こえてくる……。
「いいか?呪文を唱えてはならない。これだけは忘れるな」
✱
「うーん、今日は窓拭き当番か……」
少年と青年の間ぐらいの男は、大きく伸びをして、窓ガラスをじっと見つめ呟く。
近くには誰もいない。
彼の心の声が漏れ出てしまったのだろう。
その声色には不満が見てとられる。
それもその筈だ。
窓ガラスはお世辞には綺麗とはいえない。いや、寧ろ、蜘蛛の巣がかかり、縁には誇りや虫の死骸が積もっていた。
ガラスは少し曇っており、外の景色を歪に映す。
「はぁ……」
小さくない溜息をつき、水道に着いた男はボロ布を水で湿らせた。適度に絞ったそれで1枚1枚丁寧に拭き始める。3度拭いた所で漸く、元の輝きを取り戻す。キラキラと光を透過させる色のついたガラスに男は目を奪われた。
それもほんの少しの間だけ。
「よし、やるぞ」
この真面目な男は、こう気合を入れると、また窓を拭き始めるのである。
「おはようございます。今日の当番はあなたでしたか。お疲れ様です」
どれぐらい経っただろうか、暫くすると窓を拭く男に声を掛ける者がいた。
その者は、キャソックを着用している……つまり神父だ。神父が来たことがわかると少年は手を止め、背筋をピンと伸ばした。
「お、おはようございます!」
少し緊張しているように見える。その姿を見て、神父はくすり、と笑った。
「そんな肩に力を入れなくてもいいんですよ。ここでの暮らしは、慣れましたか?」
優しげに語りかけられ、男は肩の力をそっと抜いた。
「えぇ、まあ、優しい人ばかりです……」
然し、でる声はハッキリとしないものだった。
それに神父が気が付く。
「……何か気になることでも?」
男は神父の不安げな顔を見て、ブンブン首と手を振った。
「い、いえ、そう言うことじゃないんですよ!皆さんには良くしてもらってて……ただ……僕が……こんな……幸せでいいのかな……って……」
どんどん声が小さくなる男に向かって、神父は反射的に言葉をかけようとするが、それをやめ、息を吐く。
そしてゆっくり、落ち着いた声で
「神の前では、皆、平等なのです」
神父はいつも悩んでいる人にかける言葉を選んだ。
男はそのどこかで聞いた覚えのあるような言葉について、しばらく何かを考えたあと、
「そうですね」
泣いているのか、笑っているのか判断のつきにくい表情をした。
然し、それも一瞬。
ガラスに向き合うと、またせっせこと手を動かし始めるのである。
太陽の光を浴びたガラスは、もう殆どが、その鮮やかな色を取り戻しつつあった。