始まりを告げる最期
この日、トラス王国の王都リゼルバに魔王を討ち取った俺達勇者が凱旋し、街の大通りには溢れんばかりの人々が詰めかけている。
街中が熱気に溢れ、俺達の勇姿を一目見ようと街はお祭り騒ぎだ。
「見ろよクロノス、人がゴミの様に群がっては誰もがこの俺様の華麗な姿に瞳を輝かせているじゃねぇーかよ」
「あんただけを見ている訳じゃないでしょうが。それにいい加減その俺様口調やめたら? 正直キモイわよ」
「キモいって言うんじゃねぇーよ! 相変わらず口の悪い令嬢だな」
馬にまたがり大通りから城に向かって移動する間も、ベルノアとレアミアは相変わらず賑やかだ。
だけど、一番の成果を上げたマギは全く嬉しそうじゃない。
それどころか不満げな表情を露骨に顕にしている。
それに魔王城を出た時からゴーゲンのじいさんが矢鱈と俺を見ている気がする。
まさかと思うが、魔王を見逃した事がバレてるんじゃないだろうな?
いや、そんなはずない。
あの妙な魔族が使用していたのは間違いなく【時狭間】だ。
世界が停止した中で動けるのは名も無き紋章を持つ俺だけ……のはずだ。
あの謎の魔族が【時狭間】をなぜ扱えたのかは全くもってわからないが、まぁ悪い奴じゃなさそうだったし、多分問題ないだろう。
魔王だってあんな幼女だったんだ。
きっとこれからは身を隠しほそぼそと生きて行くに違いない。
そんな事より早いところ王様に報告して村に帰り、大好きなリリィーに1秒でも早く会いたい。
長かった俺の我慢が実を結び、リリィーと結ばれる日がすぐそこまで来ているんだ。
村に帰ったらすぐにリリィーにプロポーズしよう。
そして俺は家業の畑を継ぎ、リリィーと何れ生まれてくる子供達とありふれた生活を送るんだ。
リリィーの綺麗な髪に顔を埋め、優しい匂いに包まれると、俺はそれだけで幸せになる。
きっとそれだけで俺の心は満たされるんだろう。
勿論リリィーと一つになりたいと言うこの願望は消えはしないのだが。
そんな事を考えているうちにあっと言う間に城に着き。
俺達は赤絨毯を歩き、国王が待つ王の間へとやって来た。
「四人の勇敢なる勇者と偉大なる大賢者ゴーゲンよ、この度の魔王討伐ご苦労であった。そなた達には国から莫大な報奨金が与えられるだろ。ついては――」
「――お待ちください陛下!?」
玉座にふんずり返った王様が俺達に労いの言葉を掛けてくれていると、突然王の間に魔道士風のメガネを掛けた男がやって来て、声を荒げた。
そのままズカズカと王に歩み寄る男。
「無礼者っ! 今は勇者一行と王の謁見中であるぞ!」
「無礼であることは百も承知! しかしすぐにお伝えしなければならぬ事がございます!」
王の傍らに佇んで居た大臣の怒鳴り声が謁見の間に響き渡ろうとも、それどころじゃないと言った様子の男が歩みを止めることはない。
国中からこの日の為に集められた有力貴族たちも何事かとざわつく中、王は大臣の胸元に手を伸ばし大臣を静止する。
その姿を見てメガネの男は王の耳元へそっと近づき、深刻な表情を浮かべ何かを囁いている。
俺は一瞬、王に何らかの報告をする男と目が合い。
王は耳打ちする男の言葉を聞いた直後、目を見開き驚愕の表情を見せ、すぐに表情を曇らせた。
「この者の言った事は誠かゴーゲン!!」
王はじいさんに何かの確認をしているが、一体何があったと言うのだろう?
「非常に残念ではありますが、変えようもない事実ですな」
「………そうか。非常に残念だ」
王とじいさんの言葉を聞き、なんの事かわからない俺達勇者四人は顔を見合わせ、首を傾げた。
「おいおい、俺達を無視して一体なんの話をしているんだ? 勇者であるこの俺様たちにもわかるように説明をしてはもらえないか?」
「ベルノアの言う通りよ! ちゃんと説明してくれないとわからないじゃないっ!」
「僕達は魔王を討伐した勇者だ。その話は魔王を倒した僕達を称える事より重要なことなんですか? だとしたらそれを知る権利が僕達にはあると思うんだが?」
せっかくの晴れ舞台を台無しにされた三人が強い口調で不満を口にすると、じいさんが一つ咳払いをしてから語り始めた。
「その事なんじゃがな、実は儂らは魔王討伐に失敗しておるんじゃよ」
「「「「!?」」」」
じいさんの言葉を聞いてベルノアもレアミアもマギも驚愕に顔を歪め、この場に居るすべての者がざわつき始める。
「バカを言うなっ! 魔王は確かに僕の聖剣の一撃を持って跡形なく葬ったはずだっ!」
「マギの言う通りよ! 魔王が消え失せる所をゴーゲン、あんただって見たはずよ!」
「確かに俺様もこの目でしかと見たぜ! ……まさか!? 報奨金を払いたくないからっていちゃもんつけてる訳じゃねぇーだろうな!」
「確かにお前さん等の言う通り、魔王が消え失せる所を儂もこの目で確認した」
「ならやっぱり魔王は死んじまってんじゃねぇーかよ!」
「じゃがっ! あの瞬間【時狭間】によって時間が止まっていたら………どうじゃ?」
「「「!?」」」
何言ってんだよこのじいさん!? 冗談だろ!?
確かに魔王を逃がした事は事実だが、何でこのじいさんは【時狭間】が使用された事を知っているんだ?
停止した世界の中での出来事を干渉するなんてこと、いくら大賢者といえど出来るはずがない! 不可能だっ!!
「おい、嘘だろ………クロノス」
「あんた……裏切ったの?」
「………クロノス」
強ばった三人の声音が俺の鼓膜を通り脳に直接響くと、緊張で喉が鳴り、毛穴から一気に汗が吹き出してきやがった。
ここは取り繕い、何とかして誤魔化さないと不味いっ!
「じょ、冗談はよしてくれよじいさん。なんで俺があの状況で【時狭間】を使う必要があるんだよ? それに俺が魔王を助けてやるメリットなんてこれっぽっちもないじゃないかっ!」
「なぜお前さんが魔王を助けたのかは儂もわからん。じゃが、お前さんがあの瞬間【時狭間】を使用した事は紛れもない事実じゃよ」
どういう事だ? なぜじいさんはあの瞬間世界が停止したと思っているんだ?
というか俺が【時狭間】を使っていないのは事実だ。
だがあの時、世界が止まっていた事も確かに事実なんだよな。でもなぜバレたんだ?
「お前さん、なぜバレたと思っておるじゃろう? お前さんにもわかるように、ここで一つタネ明かしをしてやろうかの」
「タネ明かし?」
「なぜお前さんら勇者パーティーの中に一人だけ儂のようなじいさんが混じっていたと思う? その答えは簡単じゃよ。儂はのクロノス、お前さんを監視する為に送り込まれた監視者だったのじゃよ」
「監視者!?」
ちょっと待てよ、なにがどうなってんだよ。
意味がわかんねぇーよ。
何で俺が監視される必要があるんだよ。
動揺する俺にじいさんは話を続ける。
「お前さんの紋章は書物にも、どこにも記載されておらん。そんな得体のしれないお前さんが一体どのような勇者なのかを見極める事こそが儂の使命だったんじゃよ。だから儂はお前さんをこの二年間ずっと見続けた。その結果、お前さんが【時狭間】を使用したかどうかを知る術を儂は見つけた。それはお前さんの立ち位置じゃよ」
「立ち位置?」
「あの時、聖剣のマギがカラドボルグを放ったその直後、お前さんの立って居った位置が若干ズレておった。放つ前と放った後でな。更にその直後、儂が常に上空に待機させておった鷹が奇妙な人影を魔王城の外で確認した」
「鷹!?」
じいさんがそう言うと、王の間の窓から一匹の鷹が颯爽と姿を見せ、じいさんの肩にゆっくりと停まった。
「この鷹の目と儂の目はリンクしておってな、鷹が見た光景はそのまま儂に転送されるようになっておるんじゃよ。つまりじゃ、儂は見てしまったんじゃよ、お前さんが【時狭間】を発動したその直後、見慣れぬ魔族が魔王を肩に担ぎ魔王城を後にする姿をな!」
じいさんの説明を黙って聞いていた二人が怒りに口を開いた。
「俺様達を騙しやがったのか、クロノスっ!」
「仲間だって……信じていたのに……あんた最低よ!」
ベルノアとレアミアは悔しそうに涙を堪えながらギシギシと歯を食いしばり、マギは何故か一人だけ口元を歪めて嬉しそうに笑いながら俺に向かってこう言った。
「処刑だな」
「マギ………」
とても冷酷で冷たい声が俺の心に突き刺さると、身体は微かに震え始めていた。
「待ってくれよ! 魔王を逃してしまった事は認める。でもあの時【時狭間】を使用したのは俺じゃないんだ! 俺だって突然時が止まって混乱していたんだよ!」
ベルノアとレアミアならまだわかってくれるかもしれないと、俺は必死に二人に訴えかけた。
だが二人にはもう俺の声は届かないのか、顔を逸らし唇を噛み締めて瞼を閉ざした。
そんな二人を見つめて、俺はどうすればいいのかと呆然と立ち尽くしてしまった。
すると突然、背中に焼けるような痛みが走って、俺は声にならない声を上げていた。
「あああああああああああああああああっ!!」
これまでに味わった事もない痛みが全身を襲い、胸元に大切に隠し持っていたリリィーからの手紙が床に散乱する。
俺は痛みを堪え顎を引き、腹部に視線を向けた。
真っ赤に染まった剣先が俺の背後から腹部を貫通し、息が出来ずに俺はその場に膝を突く。
そんな俺の元に剣を握り締めたマギがそっと息を殺し、耳元に顔を近づけてくる。
「いいざまだな、クロノス。やっぱりお前は勇者になれるような器じゃなかったんだよ。でも安心しろよ。リリィーはこの聖剣のマギがババアになるまで可愛がってやるからさ!」
「マ、ギ………てめぇー……」
「僕はずっとガキの頃からお前が死ぬほど嫌いだったんだよ。顔も地位も生まれ持ったモノすべて僕の方が優れているのに、リリィーだけは僕のモノになろうとはしなかった。だが、それも今日までの事だ。ふふふ―― お前は今日死に、リリィーは僕のモノになるんだっ!」
「う゛ぅ゛……リリィーに……指一本………ふれてみやがれ……」
「触れたらなんでって言うんだ。お前はもういない。あの世で指でも咥えて僕がリリィーの処女を美味しく頂くところでも見とくんだな、童貞っ!」
「ころして………やる……おまえ、だけは………たとえ、どれほどのときがすぎようと、必ず殺す!!」
「くたばれクロノスウウウウウウウウウウウウウ!」
地面に倒れ込む体から力が抜ける。
霞む視界の先には血に染まったリリィーの手紙がぼんやりと映り込む。
その手紙を視界に映し、止めど無く涙がこぼれ落ちる。
痛いからじゃない、苦しいからでもない。
リリィーとの約束を果たせない。
それが悔しくて悔しくて、この涙を止める事ができない。
リリィーは今もずっと俺の帰りを待っていてくれているのに……。
いやだ、死にたくない。
リリィーの元に帰るんだ。
こんな奴にリリィーを取られるなんて絶対に嫌だ。
そうだよ、死んでたまるかよ! 俺は生きてリリィーの元に帰るんだ。
なのに、なのにどうして体は言うことを聞かないんだ。
なんでこんなに動かないんだよ。
あと少しこの手を伸ばせばリリィーの手紙に届くのに。
思うように動かないこの手が手紙に触れる事を許してはくれない。
それはまるで俺とリリィーのようで、最後まで俺の手がリリィーに届くことはないと言うのか。
こんなに近くにあるのに決して届くことのないもの、これが俺の運命だと言うのか?
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ!!
認める訳にはいかない。
認めてなるものかっ、こんな人生。
抗おうとする俺の意思とは逆に、瞼が重たい。
徐々に下がる瞼の裏側で、懐かしの光景がゆらゆらと見え隠れする……これが走馬灯?
どこまでも続くラベンダー畑、隣には大好きなリリィーの姿。
優しく俺に微笑み掛けてくれるリリィーの笑顔がゆっくりと俺から遠ざかっていく。
行かないでっ……離れないでっ!
俺を独りにしないで……リリィーを独りにしたくない。
いや……だ……。
徐々に遠ざかるリリィーとの距離。
視界の縁に闇が覆い広がっていく。
そして、俺の意識は完全にそこで途絶えてしまう。
「リ………リ……」
美しい金色の髪を悪魔のように真っ赤に染め上げた少年が、横たわる少年の体に股がり、微笑みを浮かべては何度も何度も刃を突き刺している。
「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ―― わはははははは、はははは―― ざまぁ見ろクソがァ!」
少年のそのあまりにも残虐な行為に、ベルノアもレアミアも戦慄に顔を大きく歪めていた。
いや、二人だけではない。
その場に居たすべての者が恐怖に身を震わせていた。
そしてこの日、愛する者を残し、名も無き勇者クロノスの生涯は幕を閉じたのだ。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!!
プロローグはここまでで次の4話からは本編となっております。
4話は本日5時に投稿致します。
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