誕生、二人の勇者
俺の名はクロノス。
人口150人ほどの小さな村で俺は生まれ育った。
こんな小さな辺境の村には同年代の友人も数える程しか居ない。
そんな俺の数少ない友達がリリィーとマギだ。
リリィーは村で唯一の同年代の女の子で、妖精のように透き通る肌に青みがかった大きな瞳をしている。
雪のように白く美しい肩口まで伸びた髪は、まるでお空から降りてきた天使さまのようで、見る者の目を釘付けにしてしまうんだ。
そして、同年代の友人マギ。
こいつは何かにつけていつも俺と張り合っている。
マギはこの村の領主の息子で、村で唯一の貴族だ。
農民として畑仕事をする一般家庭の俺とは違い、とても高価な衣服に身を包んでいる。
マギはきっと普通の女の子からしたら憧れの存在なのではないだろうか。
あれは確か二年前、10歳のリリィーの誕生日。
マギはリリィーにとても高価なブローチをプレゼントしていた。
この村にあんなお洒落で可愛いブローチは売ってやしない。
仮に売っていたとしても、俺のあってないようなお小遣いでは到底手が出る代物ではない。
きっとマギはリリィーにプレゼントするために、隣街まで親と買いに行ったのだろう。
俺もリリィーに何かプレゼントしたくて両親に頼み込んだが、子供がそんなことしなくてもいいと怒られたんだ。
仕方なく俺は花を摘み、それを編み込んで作った指輪をリリィーにプレゼントしようとした。
だがマギのとても綺麗なブローチを見た瞬間、自分で作った花の指輪を恥ずかしく思い、そっと後ろ手に隠してしまった。
そんな俺にリリィーはそっと微笑み『クロノスは何をくれるの?』って言うもんだから、俺は情けない気持ちで俯きながら、仕方なくそれを差し出した。
俺が差し出した指輪をじっと見つめるリリィーがハッと息を呑み、少し頬を染めては恥ずかしそうに俯いてしまった。
俺はそんなリリィーを見つめて『大人になったら僕と結婚してください!』なんてアホなことを口走り、リリィーを力いっぱい抱き締めたんだ。
リリィーは恥ずかしそうに瞳を潤ませ、その表情を目にした俺は我に返り、抱き締めていた腕を外そうとした時。
リリィーが俺の背に腕を回し、抱き締め返してくれたんだ。
そして耳元でそっと囁いてくれた。
『……私もクロノスが大好き。約束だよ!』
その言葉に俺はもう一度リリィーを強く抱き締めたんだ。
俺はその日の出来事を生涯忘れることはないんじゃないかと思っている。
そして今も二年前のあの日を思い出す度に、背中がこそばゆくなっちゃうけど、とても大切な俺とリリィーの約束だ。
「クロノスー! 向こうにとても綺麗なラベンダー畑があるのよ。クロノスも一緒に見に行こうよー」
俺に大きく手を振り、優しく声を掛けてくれたのはリリィーだ。
ここまで言えばもうわかると思うけど、リリィーと俺は両想いなんだ。
俺が手を振るリリィーの元へと駆け寄ると、近くに居た幼馴染のマギが少し不満そうな顔で俺を見てくる。
「リリィー、今日は二人でラベンダーを見に行く約束だろ? なんでクロノスまで誘うんだよ」
「あら、いいじゃない。どうせなら三人で見た方が素敵よ」
「……僕はリリィーと二人で見たかったのに」
睨みつけるような鋭い眼で俺を見るマギからは、微かな舌打ちが聞こえる。
それもまたいつものことだ。
あの日のリリィーの誕生日以来、マギは今まで以上に俺につかかって来るようになっていた。
マギが俺の事を嫌っている事を、俺は薄々気づいている。
なぜならマギもまたリリィーに恋心を抱いているのだから。
つまり俺とマギは恋のライバルって訳だ。
「悪いな、俺まで一緒に来ちゃって」
「………そう思うのなら自粛してくれた方がよっぽどマシだね。口で言ってノコノコついてくるなら心にもない事を言わないでもらえるかい?」
「……悪かったよ」
「ふんっ」
「ほら二人共、ラベンダーが一面に咲いていてとても綺麗よ。この時期にしか見れない絶景なんだから、早くいらっしゃい」
「「うん!」」
――バチバチ
同時に返事をした俺とマギの視線がぶつかると、我先にリリィーの元へ走り出し、その光景を瞳が捉える。
丘の上から見下ろすラベンダー畑はどこまでも鮮やかな紫色を見渡す限り一面に作り出し、その光景に俺達の心はどこか彼方へと連れ去られてしまう。
「綺麗……。やっぱり私ここのラベンダーが一番好き」
リリィーはそう言うと、並び立つ俺の右手を取り、ギュッと握りしめてくれた。
そして俺もその手を離さぬ様にギュッと握り返したんだ。
そんな俺達の傍らに、顔を顰めるマギの姿がある。
マギは眉間に皺を寄せ、美しいラベンダーを睨み付けている。
恋愛とは弱肉強食だ。悪く思うなよマギ。
◆
それから月日は流れ、俺達は14歳になった。
この世界では14になると、教会で神の祝福を受ける決まりなんだ。
だから俺達は現在村外れの教会で儀式を受けている。
儀式を受けると神の祝福により特異な力を授かり得る事が出来る。
とは言っても、授かる力は大抵の場合はあまり役に立たないものばかりだ。
例えばうちの父さんが持つ力は軽いそよ風を引き起こす事ができる。
だけどそれは飽く迄そよ風だ。モンスターを倒したりするような力ではない。
だけどその力のお陰で、農業を営む父の畑は風が吹かない日にも風車を動かすことができ、とても便利なんだ。
家業を継ぎたいと考えている俺は父さんのような力だったらいいなぁと、密かに憧れを抱いている。
まぁ、大半の人は勇者になれるような力を求めるんだけどね。
「それではこちらの聖なる水晶の前で祈りを捧げなさい」
神父様がリリィーを促し、リリィーが祭壇に置かれた水晶に祈りを捧げる。
すると水晶が淡い輝きを放ち、薄らと水晶に文字が浮かび上がる。
神父様はその文字を確認している。
「癒しの力とは珍しい。とても優しい子の証だな。この力を大事にし、怪我や病気で苦しむ者の助けになってあげなさい」
「はい!」
満足そうなリリィーが戻ってくると、今度はマギが祈りを捧げ始めた。
すると、リリィーの時とは明らかに違い。
水晶が教会内を包み込んでしまう程の輝きを放っている。
「な、なんと! これは聖剣の紋章ではないか!? すぐに国王陛下へと馬を走らせるのだ!」
神父様が驚愕に声を上げ、教会内に居た大人たちがざわつき始める。
俺は目を細め、光り輝く水晶へと目を向けた。
俺の視線の先にある水晶には、古文書などで見たことのある紋章が映し出されている。
マギは大人たちの期待の眼差しを一身に受け、とても誇らしそうに胸を張り、リリィーの元へと歩み寄っている。
「見たかリリィー? 僕はどうやら選ばれし勇者だったようだ! どこかの農民とはエライ違いだろう?」
「……それはとても良かったわね。でも農民が作った作物がないと、例え勇者であっても飢えて死んでしまうわ。それにクロノスはまだ祈りを捧げてはいないのよ。さぁクロノス、次はあなたの番よ! 胸を張って祈りを捧げてきなさい」
「リリィー……。うん、わかったよ」
俺はマギがあまりにも凄すぎた所為で祈りを捧げるのが少し怖かったけど、リリィーのお陰でそんな事はどうでもよく思えてしまった。
俺も祭壇へと向かい、リリィーやマギと同じように祈りを捧げる。
すると先ほどのマギ同様、凄まじい光が瞬く間に教会を包み込んでいく。
「ななななな、なんと!? これは先ほどの聖剣の紋章ではないものの、この輝きは間違いなく勇者の輝き! しかし………なんだこの紋章は? 古文書などにも記されていないではないか」
手にした本をペラペラと指先で捲っては、水晶に浮かび上がった紋章と本を見比べて困ったように頭を掻く神父様。
どうやらその姿を見る限り、水晶に映し出された紋章があまりにも特殊過ぎて何処にも載っていないようだ。
さらに水晶の中にはなにやら文字も浮かび上がっている。
【過ちを正す者に無限の可能性を指し示す】
どういう意味だ? マギの時は何が書かれていたのだろう?
「しかし、この村から勇者が同時期に二人も現れるとは………少し不吉な気もしなくわないが、とにかく国王陛下にこの事を大至急伝えるのだ!」
神父様の声が再び教会内に響き渡ると、誰よりも喜びの声音を上げてはリリィーが俺の元へと駆け寄り、両手を取ってくれる。
「凄いわクロノス! 誰もみた事のない勇者なんて、凄すぎるわよ! きっとクロノスは平和な笑顔で溢れる世界を作る勇者様になるのよ!」
「リリィー……」
「名も無き勇者より僕の方が凄いに決まってるんだ! リリィー、僕は聖剣の勇者に選ばれたんだよ」
「あら、そうだったわね。おめでとうマギ。マギも勇者様なんだからすぐに誰かいい人が見つかるわよ」
「…………っぐぅ」
「マギ………」
「平民の癖にそんな目で僕を見るな!」
「あら、私だって平民よ。それにこの村に暮らすものはマギの家族以外みんな平民じゃない」
「………」
マギはそれ以上なにも言葉を発する事はなかった。
こうしてこの日を境に、俺とマギは勇者としての道を歩むことになったんだ。
瞳を輝かせ嬉しそうに俺を見つめるリリィーが、俺の頬にそっと口づけをしてくれる。
そのすぐ近くであの日のように顔を歪ませて、歯を食いしばるマギの姿があった。
聖剣の勇者。
【必ず魔を討ち滅ぼしこの世から魔を消し去る者。如何なる過ちも許しはしない】
新連載、1話目をご覧いただきありがとうございます。
本日は8話まで投稿致しますので、引き続きご覧下さると嬉しく思います。




