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記憶

作者: アホ男

「おじさんこんにちは!」

ベンチに座ってタバコを吸っていたら、突然、知らない女の子に声をかけられた。驚いてとっさに、タバコの火を遠ざける。

「こ、こんにちは」

とりあえずこちらも返事をしたが、声から戸惑いを隠しきれなかった。そりゃそうだ、私が住んでいる所では、まず子供は大人に声をかけない。知らない大人に声をかけるな、近寄るな、そう親に教えられているのか、近所の通学路を歩く子供たちは、知らない人に警戒心を持って歩いている。それが普通だと私も思っているし、犯罪に巻き込まれない為にも、正しい事だとも思っている。

なのにこの少女ときたら、警戒心のへったくれも無い。まさに純粋無垢と言わんばかりの笑顔で挨拶してきた。そりゃ驚くってもんだろう。

「何をしているんですか?」

それどころか、少女はそう言いながらヒョイっと私の隣に座ってきた。おいおい大丈夫かこれ、事案にならないだろうなと、私の鼓動が少しだけ早くなる。

「散歩だよ、散歩。おじさん子供の頃にこの町に住んでてね、久しぶりに遊びに来てみたんだ」

「へー!じゃあおじさん今は別のところに住んでるの?」

「ああそうだよ」

「そこって都会?」

「んー…まぁ都会っちゃ都会かな、少なくともここよりは、ずっと都会に住んでるよ」

「すごいっ!!」

一点の曇りも無いとは正にこの事か、こんな他愛のない話なのに、耳を傾ける少女の目はどこまでも眩しく輝いていた。

流石、田舎町の子供は一味違うなと、感心してしまう。


そう、子供の頃、私はこの町に住んでいた。もう20年以上も前の話だ。

当時はまだ小学生で、何も考えず毎日遊び回っていた記憶がある。この道だって、年の近い近所の子供らと、自転車で競争するのに走った事が何度もある。

そして疲れたら、もう少し行ったところにある駄菓子屋でお菓子とジュースを買って、このベンチでたむろするのが毎回だった。

懐かしい、少々色褪せて来てはいるが、今でも思い出せる楽しかった記憶だ。あの時に飲んだラムネの味も、こうしてベンチに座っていると昨日の事のように思い出せた。

「じゃあおじさんは都会に住みたかったからこの町から出ちゃったの?」

「ううん、違うよ。お父さんの仕事が忙しくてね、あっちに行かなくちゃならなくなったんだ」

「じゃあ、ほんとはこの町を出たくなかった?」

「んー、そうだね……出たくなかったかなぁ、この町は好きだったし、友達もいたし」


それに、好きな女の子もいたしな。


今考えると、初恋だったのかもしれない。今でも記憶にいるその女の子は、当時の家の隣に住む女の子だった。

物心付いた時には一緒に遊んでいた気がするし、幼稚園も、小学校も、ずっと同じクラスだった。

もちろん帰り道も一緒だった。その事を周りの友達にからかわれ、真っ赤になって反論したのも覚えている。

……んー、これはあまり思い出したくない記憶だな……当時の幼稚な自分を思い出すってのは、大人になった今中々キツイものがある。


まぁその辺も含めて、懐かしい記憶だがね。


そういえば、あの子がよく着ていた服も、この少女の様な格好だった気がする。


真っ白なワンピースに、赤いリボンの付いた麦わら帽子……


「…さん、おじさんっ!」

「は!?」

どうやら物思いにふけってしまっていたらしい。反応をしない私を心配した少女の声で、ハッと我にかえった。


「あーびっくりした!おじさん急に喋らなくなっちゃうんだもん!」

「あはは、ごめんごめん」

「もー……じゃあ私そろそろ帰るね!おしゃべりしてくれてありがとうございました!」

「そうかい、気を付けて帰るんだよ。こちらこそありがとう」

「また会ったらおはなししてね!バイバイー!」

そう言って彼女は椅子から跳ねる様に降りて走り出す。その時フッと、彼女のワンピースの肩の部分に縫い痕があるのが見えた。


「あ、ああ。バイバイ」

なんだか見覚えがある様な気がしたが、思い出す事は出来なかった。




一人、散歩の続きをする。さっきも言ったが、今回この町には遊びにきただけだ。本当に理由が無い。

強いていえば、昔歩いた道をまた歩いてみたいなーなんて考えからきた、暇を持て余した大人の遊びとも言える。

親の都合でこの町を離れ二十余年、再びここに来て思ったが、本当にこの町は変わらない。

降りた駅も、見渡す限りの田んぼ道も、さっきのベンチだって、何一つ変わっちゃいない。まるで昔のまま時が止まってしまったのではないかとも思える様な、当時そのままの景色がここにはあった。


そんな事を思いながら歩いていると、道に面したブロック塀のブロックの内、一つから木の枝が飛び出していた。

(懐かしい、これまだ切って無かったのか)

その木の枝は、丁度小学生の背丈くらいのところから飛び出していた。当時からこの塀の向こうには歪な生え方をした木があって、その木の枝がこうしてブロックの穴から外に飛び出していたのだ。

「ていうか危ないんだからさっさと切れよ…」

当時からここで、腕や肩を引っ掛けてみみずばりを作る子供が後をたたなかった。そうした事例があるのに対処しないってのは、田舎町特有の大雑把さというかなんというか、そういうのを感じてしまう。

(友達にも何人かいたな、あいつも引っ掛けてたしそういやあいつも…)



『あー!!枝に引っ掛けちゃった…』


(ん?)


『あーあ、肩のところ切れちゃってんじゃん』


(あれ、なんか)


『ふぇ……お気に入りだったのに……』


(ここで女の子を慰めた様な…)


『わー泣くな泣くな!ウチ行って母ちゃんに縫ってもらお!なっ?」


『うん……ありがとう……』




(あー……なるほどなぁ)


どうやら、時間が止まっていた様に感じたこの町も、気付かないところでしっかりと変わっていたらしい。

それもそうだ、なんてったって20年も経っているんだ。色々変わって当たり前である。


「本当にお気に入りだったんだなぁ、それ」


持っていたペットボトルの蓋を開け、口にお茶を流し込む。

なんだか複雑な味だったが、悪くない味だった。


「さて、散歩の続きをしようかな!」


そう言って再び歩き出す。当時を懐かしみながら、道も、時間も、一歩ずつ私は踏み出していく。




時期は八月。陽炎で遠くの景色がユラユラ揺れる、蝉の五月蝿い真夏日だった。


初投稿でした。

拙い文でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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