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真実在について

作者: VOID
掲載日:2018/07/16

真実在とは、本当に存在するものであり、今から語るのは、その存在についてである。


真実在を捉えるには、何かを知るための光だけではなく、何も知ることのできない闇も必要である。

なぜなら、何も知ることのできないことのうちに、積極的な意味があるからである。

何も知ることのできない闇のうちで、何かの動いた感じを捉えたとき、

そこはたちまちに、その何かの気配で満たされる。

つまり闇は、何も知ることのできないゆえに、何かがその気配で満たすための器となりうるのである。


この気配の現れは、おぼろげに輪郭を伴う。

あいまいなイメージとして、形を伴う。

このイメージから、仮初にあいまいさを払拭したものが、理念イデーと呼ばれるものである。

このくっきりとした輪郭を伴った理念を目指して、

先ほどのイメージは暗闇に実際に潜む何かと対応しようとする。

言いかえれば、跡をたどって、暗闇に潜む何かにたどり着こうとする。

そして暗闇から姿を現した何かとイメージが対応したとき、

そのイメージは意味のあるものとなったことになる。


いまや、暗闇の気配はどこかに行き、目の前にはその正体がはっきりと表れている。

そこで安心してはじめて、「私」が生まれるためのスペースが確保できる。

この空所はいろいろな意味のあるイメージで満たされることができる。


しかしまだ、この安心できるスペースは十分に保証されていない。

いつ失われるかわからない、という意味で、真の安定には至っていない。

そこで、先ほどの意味のあるイメージが、物語となって「今」のこの安定を保証しようとする。


そして物語が「今」の起源を指し示したとき、言いかえれば、

このスペースがどこから来たかを語るに足るお話しとなったとき、

ここにはじめて、このスペースの安定が保証される。

そこでようやく、「私」は安心してここに生まれることができる。


しかしもし、まだイメージが不十分なときに、気配の正体が現れたとしたら、

そこには受け身の私がいる。

また、イメージが十分に整ってから、気配の正体が現れたら、

そこには積極的な私がいる。


前者の受け身の私を「客体(対象)的な私」、後者の積極的な私を「主体的な私」と呼び、

それぞれの私が生まれるところのスペースの客体性と主体性を、より具体的に掘り下げていこう。


まず客体性から。

イメージが不十分なときに気配の正体が現れることの具体的な様相は、

他者の語ることばである。

私はつねにイメージをしようと試みるが、つねにそれが裏切られうること、

それは他者のことばである。

つまり、客体的な私とは、他者を前にした私のことである。

もっと言えば、先ほどの気配の正体は他者であったことになる。


次に主体性を。

イメージが十分に整ったうえで、面前に現れるのは、

私にとって「物」であるような存在である。

私のイメージしたとおりに、形をとるものは、物である。

だから、先ほどの気配の正体は物であったことになる。


客体的な私は、他者にとって、お客さんのようなものである。

主体的な私は、物にとって、主人のようなものである。

客人としてわきまえるべきはマナーであり、

主人としてわきまえるべきはもてなしである。


しかしこのわきまえるべきことが守られないとき、

そこに力関係が生まれる。

客人は好き放題に主人のスペースを出入りする自由を主張し、

主人は客人を締め出す自由を主張する。


ちなみに、現代の科学的なあり方は、後者の主人が客人を締め出した状態である。


逆に、このわきまえるべきことが守られたとき、

そこにあるのは調和的な関係である。


この調和のもとで、ふたたび何かの気配に向かうとき、

そこに「他者」でも「物」でもない、本当の存在が現れる。


これが真実在である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく引きこまれる文章でした。 [気になる点] 特になし。 [一言] 私は今、オーストラリア に滞在しています。 一つの目標を掲げて現在は働いていて、それは誰も居ない場所でただ一人身を置…
2018/11/19 20:40 退会済み
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