近い世界と怪しい集団
黒く輝く三つの剣。
白く輝く三つの剣。
魔王を貫く五つの剣。
そう謳われる伝説がある。
それが『六つの剣の物語』である。
それは偉大なる始まりの錬金術師ゴリアテの成功と失敗の物語。
雲より高く昇り自在に天翔る空中王城。砂漠の海を航海する巨大帆船。過去そして未来を見通す髑髏水晶。時間を操る砂時計。卑金属を金属に変える賢者の石。無から生まれる人工生命体。異世界への扉を開く秘宝。
様々な力を持つ数多の道具を生み出したのが稀代の天才錬金術師ゴリアテである。
これは成功の物語。
では失敗の物語とは?
それは異世界より魔王を呼び寄せてしまった事。
魔王は魔物を指揮して、この世界を侵攻したのである。
はるか昔、その錬金術師ゴリアテが居を構えたのが『錬金術師の塔』と呼ばれる所だった。同時にそこは魔剣、聖剣、全ての始まりの場所であり、全てを知る者がいる。
今はそこへ向かう道の途中。
なだらかな丘陵が広がる草原の中、石畳で造られた道の上を歩く。時々すれ違う人達の中には女性だけの旅人もいる。魔物の大群に襲われる事の無い、比較的に安全な所なのだろう。
子供姿のフレイさん。
そのフレイさんと同じ髪の色。頭を白く染めた俺は、詰襟の学生服からこの世界の一般的な服に着替えている。
遥も彼方もセーラー服から着替えていた。そして二人とも髪型を変えている。
遥は後ろで纏めてあった髪を解き、前髪とサイドの髪を編み込んで額を出すような髪形にし、さらに眼鏡を掛けていた。
彼方は腰まであるストレートの長い黒髪のウィッグ。
つまり簡単ではあるが変装。
「しかしスゲーな。髪を染めるとか眼鏡とかカツラとか、異世界じゃないみたいだ」
「こっちの世界にもこういうのあるんだね。彼方、凄く可愛いよ~」
「姉さん……姉さんも凄く似合ってる。世界一可愛いと思う」
「遥は可愛いけど、お前は髪が伸びたら人を呪いそうだな。もしかしてテレビから這い出してくる?」
「何その白い髪。素麺でも乗っけてんの?」
「ハイ、馬鹿にしました。同じ髪色のフレイさんを馬鹿にしたのも一緒でぇ~す。フレイさんと素麺に謝れよ」
「うるさい、このブサイクが」
「この野郎。素麺で縛り上げてやろうか?」
「死ね」
「暁くんは実際に一回死んだもんね?」
「そのまま死んでれば良かったのに」
「お前も寝たままでいろよ。ヨダレ垂らした寝顔は可愛いんだから」
「み、見たの!!?」
「ああ、確かに暁くん、彼方の様子を見に来てたよね」
「この変態!!」
「お見舞いなんですけどぉ!!ただのお見舞いなんですけどぉ!!」
「三人とも仲が良いのね」
「良くないです」「良くないです」
俺と彼方の声が重なる。
「私は……うん、仲良かったんだと思う……」
「ハルカの記憶の事も錬金術師の塔に行けば分かると思うわ」
「まぁ、そこに行くのは良いんですけど、どれくらい掛かるんですか?」
「そうね。馬車と徒歩とで二ヶ月くらいかしら」
「二ヶ月……」
「何も問題が無ければね」
「問題……」
これがフラグが立つという状況なのか……問題無く辿り着ける気がしねぇ……
フレイさんからの説明。
この『不変の大陸』には大きく分けて四つの国がある。
まず大陸の東側、上下に長く延びる国が今居る海鳴国。広く海に面するから海鳴国としている。
その隣、大陸の中央上に存在するのが『剣堅王国』。六つの剣の物語では率先して魔王と戦った歴史の古い国。ちなみにラナさんが昔所属していたのがこの国の騎士団。
大陸中央下にあるのが『妖精の国』。妖精とも言われるエルフやドワーフなどの亜人種族が数多く存在する国であり、錬金術師の塔があるのがこの国である。目的地はこの妖精の国。
そして大陸の西側に位置するのが『暗国』。ここはいくつもの勢力が存在し、新たな国が建国されては滅んでいくという不安定な地域である。
「出たエルフ!!エルフって耳が長くて美しい種族で、ドワーフはガッシリした体で身長が低いけど手先が器用で鍛冶が得意、そんな感じですか?」
「ええ、その通りだけど、アキラの世界にも居たのかしら?」
「俺達の世界では創造の存在だったんですけど、この世界と俺達の世界って似てると思うんですよ。例えば髪の毛を染めるっていう行為もそうですし、目が二つあって、手の指が五本ずつあって、姿そのものがソックリじゃないですか?違う世界なのにそんな事ってあるのかなと。言葉がそのまま通じるのも不思議ですし」
「言葉についてはそういう道具がある事を知っているわ。それが何処でどう使われたかは分からないけど。この世界とアキラ達の世界が似ているのは二つの世界が近い世界だからよ。これはゴリアテの考えなんだけどね」
世界は無限に存在し、近い世界、遠い世界がある。
近い世界同士は容姿や文化、歴史が似る傾向にあり、逆に遠い世界とは全てが異なっていると予想されている。
そして普段は互いに干渉する事の無い世界であるが、稀に近い世界同士が繋がる事がある。それが今回であり、そんな事を可能にする存在が錬金術師の塔に居るとの事。
「それが六つの剣の物語にも出てくる魔王を倒した英雄の一人、エルフの妖精の中の妖精よ」
「居るのはゴリアテさんじゃなくて、リリノリリさんなんですか?」
遥の言葉にフレイさんが頷く。
「ゴリアテ自身は人間だったのよ。そのゴリアテの代わりに長寿であるエルフのリリノリリが錬金術師の塔を守っていると聞いているわ」
「いくら長寿のエルフでも、はるか昔、伝説の中の存在が今も生きているなんて事があるんでしょうか?」
彼方の言葉に俺は続ける。
「そもそも真偽が確かじゃないから伝説なんだと思うんですけど」
「そうね。でも少しずつ伝説の物語が本当である事が伝わっていくんじゃないかしら」
「それって……俺達が剣の力を使ったから」
フレイさんは頷いた。
魔物が組織として行動した……それは伝説の中の物語では魔王が指揮していたから。
そして魔剣、聖剣、その力は今現在のこの世界では信じられない程の力を持っている。それもまた伝説の中で語られる力。
ただ森への街で、俺達は剣の力を使った。伝説の剣は存在した。つまりそれは伝説自体が事実であった事を意味する。
「フレイさんは伝説が真実である事を知っていたんですか?」
「私が魔剣、魂を飲み込む氷土を受け取ったのは、魔王を倒した英雄の一人、剣王ライオット本人からなのよ」
★★★
もう領土的には妖精の国。緑の木々に囲まれた石畳の上を行く。
既に日は傾きつつあった
「フレイさん、これまた野宿ですかね?」
森への街を出発してから馬車で二日、徒歩で三日。ここまでは野宿。
「お風呂入りたい……さすがにちょっと臭いような気がする……」
遥が腕の辺りに鼻を付けて言った。
「……」
どんな匂いか確かめたい……遥をクンカクンカしたいが我慢だ。心の中で思うだけなら断じて変態ではない。多分な!!
「姉さんはまだ全然大丈夫。ただ暁がカブトムシみたいな臭いするから近付かないで欲しい」
「お前カメムシみたいな臭いしているクセに何言っちゃってんの?」
「ん?彼方が?」
クンクン
「セーフ!!」
「ちょっ、姉さん、やめて……」
「そうね、今日はここまでにしましょうか。でも明日には大きな街に着くと思うから」
「んじゃ日が暮れる前に準備しよーぜ」
道を外れ、少し開いたスペースに俺はドサッと背負った荷物を降ろす。漫画やゲームなら異次元に荷物を収納するみたいな魔法もあるんだけどな……重くて肩が痛ぇよ。
そして野宿の準備をして、みんなで夕食前に運動でもしましょうかね。
「フレイさん、じゃあ今日は私から!!」
「ええ、来なさい」
各々の魔剣聖剣を模した木剣を構える遥とフレイさん。
「たりゃぁぁぁっ!!」
遥が大きく木剣を振り回すが、どの一撃もフレイさんは難無く避ける。そしてフレイさんの木剣が遥の胴体部分をポンッと軽く叩く。
「遥は動きが大き過ぎるわね。その剣はそんなに重くないでしょう?木剣の中は刳り貫いてあるし。はい、腕立てと腹筋を五回ずつね」
「だってその方が威力出そうだし……」
「姉さんの仇は私が討つ」
次は彼方。二本の木剣で鋭い連撃を放つ。しかしフレイさんは全ての一撃を受け止め、木剣で彼方の頭をポコッと叩く。
「あうっ」
「攻撃を上下に散らすのは良いけど、動きが規則的で捌きやすいわ。もう少し変化を付けないと。はい、腕立てと腹筋を五回ずつ」
「分かりました……」
腕立てと腹筋をする遥と彼方の横で、次は俺。
「それじゃフレイさん、行きますよ!!」
「期待しているわ」
フレイさんに教わった通りに……まずは相手の動きをよく見て……
「痛いよ!!絶対、俺だけ強く叩いてくるよ!!」
「ふふっ、気のせいよ。はい、腕立てと腹筋を二十回ずつ」
「何で!!?回数が二人より多い!!」
「アキラは男の子じゃない」
「出た、性差別!!」
小学生のようなフレイさんに惨敗である。色々と教わっているはずだが、全くレベルが違うぅぅぅっ……
「暁くん、頑張って!!うごごごごっ」
「文句ばっかり言うな。ふぬぬぬぬっ」
腹筋で体が全く上がっていない遥と、腕立て伏せで体が全く上がっていない彼方。
「ちっ、やったるわぁ!!」
魔剣と聖剣。
それぞれの剣には特殊な力がある。そこに使い手の力が加われば、その分だけさらに強くなれる。
だからこそこうして、木剣を使い技術体力を身に付けようというのだ。
そしてその後には、この世界や伝説の話。
「錬金術師ゴリアテはある時、この世界とは別の世界がある事に気付いたわ。そして二つの世界を繋げたの」
これは六つの剣の物語。
繋げた先の世界から流れ込む力を使い作り上げたのが三つの剣だった。
魂を蝕む闇夜
魂を裂く深淵
魂を飲み込む氷土
しかしそこは後に魔界と名付けられる世界。だからこそ、その世界の力を利用した三つの剣は魔剣と呼ばれたのだ。
そして繋げた世界から強大な力を持つ魔王が侵攻する。
劣勢に立たされる不変の大陸、ゴリアテは魔王に対抗するべく、別の世界へと助けを求めた。
助けを求めた先の世界、その世界の力を借りて作り上げた三つの剣。魔剣と違い代償を必要としない聖剣。
光
鍵
星
魔剣が使用者の力を大きく利用するのとは違い、聖剣は周囲にある様々な力を利用していた。
例えば、昆虫から人、植物などの生命力。不可視の妖精や精霊などの魔力。世界に満ちる様々な力を対象に影響無い程度に取り込む。
そして遥の光は取り込んだ力を溜め込み利用するのだ。
ちなみに周囲から力を取り込むと同時にそこにある感情や雰囲気も感じ取り、結果として遥の感覚は鋭くなっている。
例えば……
「っ!!?」
突然に遥が周りを見回す。まるで警戒する猫のように様子を伺う。
「どうした?」
「姉さん?」
「なんか……胸がザワザワする……」
確かオークに襲われた時のラナ亭でも同じような事を言っていたな……
「誰か来るわ」
そう言ってフレイさんは立ち上がった。
「もしかしてまたオークとか……?」
俺の手には既に闇夜が握られていた。
風に木々が揺れる音。
最初はそう思った。
しかしガサガサと木々の葉が揺れる音に足音が重なる。何かがこちらに向かっていた。それも走るような速さで。
その方向へと剣を構える。何が飛び出てもすぐに対応出来るように。
そして姿を現したのは……
「助けて下さい!!」
体の線の細い一人の女性だった。年齢的には十代後半から二十台前半。飛び出すと同時にその場に倒れて両手を着く。上げた顔の額には汗を浮かべ、呼吸も荒い。
そして金色の髪から見えるその耳、細く尖った耳……これはエルフの耳!!
「ハルカ。どう思う?」
「……助けて欲しいのは本当だと思う」
そう感じるのも光の力なのか。
「水よ。飲んで」
そう言うフレイさんの言葉を遮るように女性は首を振る。
「みんなが……リリーが……早くしないと……襲われているんです……」
「私たちに任せて!!いざ鎌倉!!」
今にも駆け出しそうな遥。
「いざ鎌倉じゃないよ。ちょっと待てよ」
「でも早くしないと!!」
「分かっているわ」
フレイさんが頷き、女性に向き直る。
「あなた、名前は?」
「ノルマリエです」
「相手の人数と種族は?」
「五人……だったと思います。種族はエルフだと思いますが、フードやマントで顔も隠しているのでハッキリとは分かりません。人間や他の種族もいるかも……」
「相手に心当たりは?」
「奴隷商の人攫いか盗賊の類だと思いますけど、それもハッキリとは……」
「分かったわ。ノルマリエ、案内は出来る?」
「も、もちろんです!!」
「じゃあ、三人とも。その木製の剣を持ってね。オークと違って、自分たちに似た姿の相手は斬れないでしょう?」
うん、納得。
★★★
「行くよ、暁くん」
「ちょ、ちょっと待て、まだ心の準備が」
「待て、待て、待てぇぇぇぇぇっい!!」
「うわ、飛び出すの早ぇよ!!」
遥に続いて、俺も飛び出した。
そこに居たのはフードやマントで身を固めた怪しい集団。そしてその集団が囲むのは三人のエルフ。二人は女性で、一人は少年のようだった。
「その人達から離れ」
遥の言葉の途中、その首があった位置に白銀の剣が横薙ぎにされた。確実に命を狙う一振り。集団の一人が俺達の姿を見るなり、問答無用で殺しに来たのだ。
遥本人は咄嗟に身を屈めると同時に後ろへと飛び退いていた。持っている武器は木刀だが魔剣聖剣の身体能力強化は発動している。
しかし避けられたから良かったものの……
「テメェ、俺の遥に何してんだコラァァァァァッ!!」
俺の遥を殺そうとするなんざ良い根性してんじゃねぇか!!?この木刀でドタマかち割ってやんぜ!!
「えっ?私、暁くんのものになったの?」
「えっ?そこ?今、そこの発言に引っ掛かっちゃう!!?」
「だって急に『俺の』とか言うから。ビックリするじゃん」
「ま、まぁ、そのぉ、ほらねぇ、一応、告白はしてるし、その返事も貰ったし……」
最後の方は俺の声も小さくなる。
「その再現、今してみようか?」
「ここで!!?新手の拷問かよ!!?」
相手の攻撃を避けた遥。その動きから相手は俺達の事を戦士として手練れかもと訝しむ。その二人がワケの分からない事を目の前で言い合っている。相手はその状況を不審に感じて行動に躊躇が生まれる。
そうこれは時間稼ぎ。
俺と遥の役目はとにかく時間を少しでも稼ぐ事。そしてその間に彼方とフレイさんが状況をしっかりと把握する。
ただその稼いだ時間も僅か。
俺と遥に一人ずつ剣を持った相手がすぐに向かってくる。
それに対して俺達は……
「遥!!」
「うん!!」
事前に計画していた通りに……逃げた。
もちろん相手は追い駆けて来る。ただその直後である。
「うおぁぁぁぁぁぁぁっ」
それは男の悲鳴だった。
その悲鳴に俺達を追う二人は踵を返して声の元へと向かう。
す、すげぇ……フレイさんの作戦通りじゃん!!
相手の人数や状況によりいくつか用意した作戦の一つがピタリと当て嵌まる。
今度は逆に俺達が二人の後を追うようにしてその場に駆け戻った。
「さぁ、あなた達はどうする?」
そう言うフレイさんの足元に倒れるのは二人。ピクリとも動かない、マントに身を包んだ一人。もう一人は腕を斬り落とされ、フードを振り乱しながら悶えている。
「姉さん、大丈夫!!?」
彼方の足元にも一人。
敵が五人だった場合、二人を俺と遥が引き離す。残った敵三人にまずはフレイさんが奇襲を掛け、一人を昏倒させる。そこで敵が怯んだ所、さらに彼方がもう一人を攻撃。残った一人の腕をフレイさんが斬り落とし、その悲鳴で俺たちを追ってきた二人を呼び戻す。
その結果。
「これで四対二よ。まだやるのかしら?」
数的有利を作り上げる。
相手は何も答えない。
そして答えないまま、フレイさんと彼方に剣を向け突進する。
相手の力量は分からない。けどフレイさんが負けるとは思えない。だから俺と遥は彼方の方へと駆け飛んだ。彼方が相手の攻撃を一撃でも凌げば助けに入る事が出来る。
だが木刀を構えた彼方の足元。
「……え?何?」
彼方に向かう相手が剣を突き立てたのは、その足元に転がる同じ仲間にだった。そして彼方を無視するようにフレイさんの方へと向かう。
そしてフレイさんが相手と剣を交えている一瞬の隙に、フレイさんの足元に転がっていた一人、腕を斬り落とされたもう一人にも剣を突き立てトドメを刺す。
相手はそのまま森の中へと姿を消す。同時にフレイさんと対峙していた相手もその場から逃げ出した。
残ったのは正体を聞き出せない敵方の死体が三体。そして……襲われていたエルフの死体が数体。
「……全員は助けられなかったね。やっぱりもっと早く駆け付ければ……」
「姉さん……」
「ただ飛び込んだだけじゃ誰も助けられなかったかも知れないだろ」
「でも……」
「ほれ」
視線を向けた先。
一人の少年エルフを抱きしめるノルマリエさんがいた。
「うん……良かったよ」
遥は寂しそうに笑うのだった。