渦巻く青い炎と駆け回る獣
このままだとオークに殺される。確実にだ。
だったら今、魔剣の真の力を使うべきなんじゃないのか?
死ぬ可能性もあるけど、確実に殺されるよりマシなんじゃないのか?
その中で最初に魔剣の力を解放させたのは彼方だった。
遥が剣を振り下ろそうとした瞬間。疲れもあったのだろう。足を滑らせて遥が転ぶ。
「姉さん!!」
その遥に向けて、オークは棍棒を振り抜いた。
遥は咄嗟に横幅のある剣の側面を盾にするが、その体は棍棒の一撃でピンポン玉のように俺の方へと弾き飛ばされる。
「ぎゃふんっ」
「お、おい、遥、大丈夫か!!?」
「だ、大丈夫……暁くんこそ大丈夫?」
「いや、俺は大丈夫じゃねぇよ」
「だよね」
「姉さん!!怪我は!!?」
「してないよ。まだまだ戦える」
と言って立ち上がる遥だが、フラッとよろけ膝を付く。
その姿を見た彼方。小さく、静かに呟いた。
「深淵。私に力を」
彼方が持つ、青白い炎を纏ったように発光する二振りの剣。その剣から染み出す青白い炎、それは広がり彼方の全身を包み込む。
その瞬間、俺も遥も体をブルッと震わせた。これは恐怖。彼方が魔剣の真の力を解放した事をすぐに理解する。
「アキラ!!ハルカ!!そこからすぐ離れて!!」
もちろん力の解放にはフレイさんもすぐに気付く。
「でも彼方が!!」
「カナタは大丈夫だから!!あなた達の方が危ないのよ!!」
「遥!!分かんだろ!!?これはヤバい!!」
本能とはこれの事を言うのだろう。危険……この場から逃げ出したいという行動に駆り立てられる。
彼方の足元、青白い炎は地面の上をまるで液体のように広がっていく。その彼方が深淵の一振りをオークへと向けた。
それだけだ。
ただ切っ先をオークに向けただけなのに、その方向にいたオークがバタバタと倒れていく。
そしてもう片方の一振りを別の方向に向ければ、その方向にいるオークが倒れる。
もしかして……死んだのか……彼方が剣を向けただけで?
「……暁くん、私の体に掴まって」
「あ、ああ……」
彼方の足元に広がる青白い炎は広がり続け、やがてその先端がオークに触れると、やはりオークはそのまま絶命した。
もちろん彼方に襲い掛かるオークも、その炎に触れればたちまちに死んでいく。
「二人とも無事ね」
「まぁ、無傷では無いですけど……それよりフレイさんこれ……」
周りのオークが俺達の横を素通りして行く。まるでそこに人間など居ないかのように見向きもしない。オーク達は引き寄せられるように彼方に向かって行くのだ。そして近付いて、そのまま何も出来ずに死ぬ。
まるで誘蛾灯。
これも魂を裂く深淵の力なのだろう。
「今のオークにはカナタの姿しか見えていない。このまま退却するわ。走れる?」
「俺は無理っぽいです」
「そう」
頷くなりフレイさんは俺を抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこである。ちょっと恥ずかしいがフレイさんの胸が当たって嬉しい。
「ハルカ。オークは無視してこのまま街まで戻るの。いいわね?」
「でも彼方が……彼方はどうなっちゃうんですか?」
「カナタは剣の力があるから大丈夫。今は私たちがここを離れないと」
「大丈夫?」
「……ええ」
「……フレイさんの話だとオークのボスを倒せればどうにかなるんじゃなかったんですか!!?どうにもならなかったのに、何でまたそんな適当な事が言えるんですか!!?」
「お、おい、遥、でも今は」
「暁くんは黙ってて!!今、フレイさんのおっぱいが当たって嬉しそうな顔してたくせに!!」
「はい」
み、見られてたわ……
「……このままここにいたら私も、アキラも、ハルカ、あなたも確実に死ぬわ。カナタの魔剣はそういう力なの」
「だからって彼方を……私の大事な妹をこのままここに一人置いてくなんて出来ないよ!!」
「フレイさん。そういう事なんで、ちょっと一回降ろしてもらえます?」
フレイさんの胸の感触は惜しいが、今は彼方の事だ。
「俺もここに残りますよ」
「……アキラ……あなたも魔剣の力を使うつもりなのね?」
「何となく分かるんです。今の彼方が居て、俺も闇夜の力を使えばこれくらいの相手なら全滅させる事も出来るって。俺の剣からそれぐらい強い力を感じます」
「暁くんが残るなら私も残ります」
「ダメ。俺はまだ魔剣の力が残ってるけど、遥のはもう残ってないだろ?」
「私の剣の力も少しは回復してきてるんだよ!!」
「少しじゃ役に立たないのは遥も分かってんだろ?心配すんなよ。すぐにオークを倒してやりゃ彼方だって元に戻るって」
「でも……魔剣の力を使ったら……それに私だけ……」
「大丈夫だって。誰も死なねぇよ」
「……あの時と同じ事言ってる」
そう言って遥は笑った。
あの時……どの時?もしかして廃工場の事故の時?ただ何処で何を言ったかなんていちいち覚えていない。
「フレイさん。ごめんなさい、街まで戻ります」
「……良いの?」
「良いんです。暁くんがああ言ってるから大丈夫です」
「本当だったらアキラも一緒に退却してもらいたいのだけど……それは無理なのよね?」
「無理です……俺はもう決めましたから。オークを倒して、彼方を助けます。それが俺という男なんです」
「暁くん……カッコ良い台詞言ってるけど、フレイさんに抱っこされたままだから」
「……うん、フレイさん、そろそろ降ろして」
そう今の今まで俺はフレイさんにお姫様抱っこをされたままだったのだ!!
フレイさんに降ろされて深呼吸を一つ。そして闇夜を見詰める。
「魔剣の力は制御出来るはずよ。自分が死んでしまうまでその力を使わないように気を付けて」
「分かりました。じゃあ、フレイさん。遥を頼みます」
「ええ。ちゃんと帰って来たら、多分ハルカがご褒美をくれるわ」
「ご褒美!!?」
「えっ!!?」
「マ、マジか!!?」
「えっ、あっ、う、うん……ほ、ほっぺにチューとか?」
「キスぅぅぅぅぅっ!!?」
「く、口じゃないよ!!ほっぺにだよ!!って泣いたぁ!!?」
「……想いを寄せて幾星霜……こんな日が来るなんて、そりゃ泣いちゃうよ……よっしゃ、やったるでぇ!!」
「うっ……が、頑張って」
「行くわよ。アキラの邪魔になるわ」
離れていく二人の姿を見送って……
「闇夜」
俺に力を。オークを倒す力、そして彼方を助ける力を。
その瞬間、手に持つ闇夜から黒い煙が噴出した。それは一瞬にして俺の体を包み込む。そして折れた左肘の痛みは消え、重く軋む体も軽くなる。
ただ……体は軽くなったのに……目の前が暗くなる。
この黒い煙が体を包んだせいかも……闇の中がただただ心地良く、俺の意識は希薄になるのだった。
★★★
……
…………
………………っ!!
「あがぐぅぅぅぅぅっ!!」
激痛で目が覚める。
な、なんじゃぁぁぁぁぁ、ごれぇぇぇぇぇ!!?
ふくらはぎの筋肉が攣る経験はあったが、あの攣った痛みが全身の筋肉で!!
筋肉の引き裂かれるような痛さ、反射的に体を動かしてしまう。その度に。
「うごぉぉぉぉぉぉっ!!」
骨に響くぅ!!これ絶対に全身の骨がバラバラになってるぅぅぅぅぅっ!!
「暁くん!!?」
「は、はるがぁぁぁぁぁっ!!?」
「これ!!これ飲んで!!」
口に当てられた小瓶からドロッとした液体が流し込まれた。
染みる……流し込まれた苦い液体が体の中に染みていく。体中の痛みが少し治まる。
「もう少し飲める?これ、フレイさんが持ってる最高級の薬だって」
「んぐっ……苦い……」
「我慢して」
すげぇ。即効も即効、死ぬほどの痛みがスッと引く。
「……ここ……どこ?」
「ラナ亭だよ」
「ラナ亭かぁ」
確かにラナ亭の天井だ。そして今、俺はベッドの上。上半身を起こそうとすると……
「ぐがぁっ!!」
全身に激痛が走る。あまりの痛さにオシッコ漏れそうだ。
「ダメだよ!!薬で完全に治るわけじゃないんだから!!」
確かに……指先を動かそうとするだけでメチャクチャ痛い。視線だけを向けてよく見れば、腕は包帯だらけ。この感じだと全身に包帯が巻かれているのだろう。
でも生きてる……俺は生きて……んっ?遥ぁ?
「遥、お前、無事なぐわぁぁぁぁぁっ」
「だから静かに寝てて!!私も彼方も無事だから!!」
「うぐぐっ……彼方も無事なんだな?」
「うん。もう三日間寝っ放しだけど、命に別状無いみたい」
「三日間?あれから三日も経ってんのか?ちょっと待て。オークはどうなったんだ?」
「暁くんは何も覚えてないの?」
「覚えてるような、覚えてないような……」
まるで自分の事ではないようだった。遠くから画面を覗き込んでいるような感じ。駆け回り剣を振るう。オークは軽い人形のように斬り飛ばされる。ひたすらそれが繰り返される。
「あの後はね……」
遥から聞いた、その後の話。
フレイさんや遥も含め、森への街の住人はみんな街の中へと退却する。
ただそこでフレイさんだけは城壁の中へ入らなかった。
「アキラとカナタにだけ任せて、私が魔剣を使わないわけにはいかないわ」
そう言ってフレイさんも魔剣の力を解放させた。ただ遥が見ている限り、フレイさん自身には特に何の変化も無かったそうだ。
そのままフレイさんはオークの群れの中に再び飛び込んで行く。
遥は城壁の上に登り、戦いの様子を見守った。
まずは彼方の様子。
彼方自身の姿は見えなかったが、何処に居るかはすぐに確認出来た。離れた位置に渦巻く青い炎。
それは最終的にこの街の城壁付近まで広がり続けたとの事。まるで突然に現れたブラックホール。そこにオーク達が行進するかのよう向かって行く。
そして遥が見た俺の様子。
まるで爆発のようだった。衝撃音と共にオークが吹き飛ぶ。軽いマネキンを並べた中に巨大トラックが猛スピードで突っ込み進むようにも見えた。
もちろん巨大トラックは俺自身。
視力が強化されている遥でさえ、その姿を目で追うのがやっとの超高速。超高速でオークを斬り飛ばしながら、森への街の周囲を何週も何週もグルグルと回る。
その中で遥がやっと捉えた俺の姿は、まるで獣のようだったと。
人の形を残しているが、黒い靄を纏った俺の体は狼や熊、獣のように変化していたそうだ。駆け回る獣、それが俺。
しばらくすると彼方を中心にした青白い炎の渦は徐々に小さくなり、俺の攻撃も収まった。それはオークの全滅を意味していた。
そしてその後に意識を失った俺と彼方を抱えたフレイさんが戻ったのだ。
そこまで聞いた所で、部屋の戸が開けられた。
「声がしたから。意識が戻ったみたいね」
この声はもちろん……
「フレイ……ちゃん?」
そこに立っていたのはフレイさんのようであってフレイさんじゃない。白い髪に涼しげな目元、声に雰囲気はフレイさんなのだが……
身長が圧倒的に低い。そして幼い顔付きは小学校の高学年程度に見える。
こ、これはフレイさんじゃない……フレイちゃんやぁぁぁぁぁぁっ!!
「これが私の氷土を使った反動ね」
「じゃあ、やっぱりフレイさんなんですね?」
「ええ、そうよ」
「私も最初に見た時はビックリしたよー」
「じゃあ、彼方が目を覚まさないのは……」
「深淵を使った反動。アキラが闇夜を使った反動が一番酷かったわ」
「ですね。一回、心臓が停まりましたもん」
「えっ、俺一回死んだの!!?イデデデデデッ!!」
「薬は飲んだのよね?もう少し安静にしてなさい。すぐに動けるようになるわ。また後で詳しい話をしてあげる。ハルカ、これ。薬の効果が切れたらまたアキラに飲ませてあげて」
そういってフレイさんはまた小瓶を遥にいくつか手渡した。
また後で……後がある……俺は、俺達は生き残ったんだ。
★★★
それからさらに数日。
真夜中。
「ふむ」
屈伸運動に背筋を伸ばして。どこも痛くない、違和感も無い。部屋に缶詰になり薬を飲み、ひたすら安静にしていた。
これ全快なんじゃないか?
治って動けるようになったら最初にする事。それはすぐにでもここを出て行く事。
「暁く~ん、準備はもう終わってるよね~?」
「おう、いつでも出れるぜ」
「早くしなさいよ。もうみんな待っているんだから」
彼方もすでに目を覚ましている。
そこにはフレイさん、ラナさん、リナルナ、レナロナも集まっていた。
「すまなかったわね、ラナ。私のせいで」
「私も昔は散々世話になったからね。気にする事は無いさ。それにフレイのせいとは言えないよ」
「リルレロちゃん、元気でね」
「混ざってますぅ!!」
「レナロナさんもお元気で。私達のためにすいませんでした」
「カナタさんこそお元気で。話は聞いていますし、あまり気にしないで下さい」
夜が明ける前にラナ亭を出ると……
「うっ……臭っ……酷いな……」
異臭。
それもそのはずラナ亭の入口は糞尿やゴミにまみれていたのだから。
「じゃあ、フレイ。話は伝えておくから」
「ええ、お願い」
そうしてラナさん達と別れ、逃げるように俺達もこの場所を後にするのだった。
城壁が……これも俺がやったんだよな?
城壁の一部が崩れていた。戦いの最中、勢い余った俺が突っ込んで崩したらしい。恐ろしい程の力だな……
俺達はオークを倒した。しかしそれは森への街をオークから守ったのではない。
俺達がオークを連れて来て、森への街を戦いに巻き込んだのだ。
フレイさんが言うには、オークが……魔物が組織的に徒党を組んで人を襲撃するなんて話は伝説の中だけの話だった。
そして剣の力を解放した事により、同じく伝説の中だけの剣が実在する事を証明してしまった。
つまり今回のオーガの襲撃と、伝説の武器を持った俺達がこの街に訪れた事には関係がある。
結果として数百人の住人が死んだ。それは誰かの恋人であり、夫であり、親であり、子供だ。住人にとって、大事な人の命を奪ったのは俺達四人なのだ。
その俺達がこの街にいる事は出来ない。
そしてそれ庇ったラナさん達も同じく、もうここには留まれなかった。
「で、俺達はどこに行くんですか?」
「錬金術師の塔。そこで全てが分かるわ」
「全て?」
「そう全てよ」
続きます。