白き桃源郷と魔剣の代償
遥は剣を逆手に持ち、その切っ先を地面へと向ける。
「身体能力が向上しているみたいだから振り落とされたりしないはず。二人とも遥の腕にしっかりと掴まって」
「こうかしら?」
フレイさんも彼方も遥の腕をしっかりと抱き込んだ。
そして俺は遥の背中側からその体に手を回し、ガッシリと掴まる。
「よし!!遥、頼んだぞ!!」
「っ!!?」
「……遥?」
「……暁くん、あの……」
「ん?」
「……胸……触ってるんだけど」
「……」
「……」
遥の前に回した手の感触。確かに柔らかい膨らみを感じる。
モミモミ
反射的に揉んでしまう。
別にやましい気持ちがあったわけじゃないんです!!これは……そう、男としての本能なんです!!
次の瞬間。
ゴッ
彼方にブン殴られる。しかも……
「えっ、グーで?グーパンで?」
拳で、容赦無く、本気な感じで殴られた。この戦いで最初に受けたダメージである。
「触りたい気持ちは分かるけど、今はそんな場合じゃないでしょう?」
「フレイさん、違うんです。不可抗力です。ワザとじゃないです」
「暁。交換」
「……はい」
鬼の形相とはまさにこの事。彼方の野郎、人を殺しそうな目をしているぜぇ……
俺は遥の片腕にしっかりと掴まり、彼方が遥の胴体にしっかりと掴まる。
それにしても……おっぱい柔らかかった……幸せ。
「ところでボスはあっちの方向ですよね?」
「そうだけど、アキラ、もしかしてあなたの秘策って……」
「これなら一気に近付けると思うんです。よし、じゃあ遥、頼む!!」
「りょーかい!!光よ!!」
そして再び遥の剣は光を帯び、その刀身から光線を発した。遥の制御で爆発などは起こらない。
しかし光から放たれた光線の勢い、その反動で、俺達の体が地面から浮き上がる。
そう俺の秘策とは遥のこの力を使い、オークの群れを飛び越え、そのままボスの所まで辿り着くというもの。
俺達四人の体は地面からちょこっと浮かんだのだが。
「おい!!遥、どうした!!」
「力の調節が難しいの!!」
5センチ、10センチ、15センチとゆっくりゆっくりと体が宙に浮いていく。
ただその間にもオークに押され、どんどんと人が倒れていく。
「姉さん頑張って!!」
「頑張る!!とりゃぁぁぁっ!!」
遥が気合を入れた次の瞬間、光線の出力が一気に上がる。まるでロケットのように空へと飛び上がる。5メートル、10メートル、15メートル、アッと言う間に人とオークが豆粒のように……豆粒のように見える程に高く高く……
「ハルカ、これちょっと高過ぎるんじゃないかしら?」
「高く飛び過ぎぃぃぃっ!!」
「だってぇ!!」
今度は光からの光線がピタッと止まり自由落下。
「うおぉぉぉぉっ、落ちるぅぅぅぅぅっ!!」
「姉さん、スカート!!スカートがぁぁぁっ!!」
「そんな事を言われても!!彼方もフレイさんも丸見えだし!!」
「さすがに少し恥ずかしいわね」
「うおぉぉぉぉっ、白、白、白!!」
「ちょぉぉぉぉっ、見ないでぇ!!」
「殺す!!暁、絶対に殺す!!」
「恥ずかしいのは分かるけど、ボスは向こうよ」
自由落下の中、三人の下着がチラチラと見える。遥と彼方、二人の制服のスカートが捲り上がると見える白い布地。
こんなハプニングは人生に何度あるだろうか……そう考えると、今、この時間は人生の宝物なんじゃないだろうか?
フレイさんもスカート。普段の動きの中では見えそうで見えない。しかし落下という予想外の出来事の中でスカートは捲れ、やはり白い下着が見える。
白って、この世で一番素敵な色ですよね。生まれ変わったら純白のパンツになりたい。
ここは白き桃源郷。この時が一瞬でも長く続けば良いのだが……そうもいかない。
「遥!!」
「分かってるって!!」
遥が光を調節。光線の強弱、そして出したり止めたりを繰り返しながら方向と落下速度をコントロールする。
「フレイさん、ボスってアイツですよね!!?」
ちょうど真下、一際大きい巨体のオークがいる。
「ええ、間違いないわ。あれがオークのボスよ」
まだかなりの高さがある。普通の人間が落ちたら絶対に助からない高さ。十数階立てのマンションよりもまだ高い。だからこそオーク達は俺達に気付いていないのだろう。
もっと高度を下げて近付きたいが、近付けば気付かれる可能性は高まる。気付かれたらどんな対策を取られるか分からない。
「フレイさん。剣で強化されている俺がこの高さから落ちたらどうなりますかね?」
「死ぬ可能性の方が高いけど、助かる可能性も少しはあるわね。まぁ、助かっても瀕死の大怪我かしら」
「まぁ……クッションがあれば大丈夫だと思うんで」
「ちょっと暁くん!!ここから行くの!!?」
「俺だけな。後は頼んだ」
そして俺は遥の体から手を離した。
自由落下。オークのボスと地面とが一気に近付く。
剣の力で恐怖心が抑えられているとはいえ、それでも死ぬほど怖い!!下っ腹がゾワゾワする!!
ただ一分一秒でも早く。
この間にも多くの人間がオークと戦い、そして傷付き倒れていく。少しでも早くボスを倒す!!
目の前に迫るボス。
剣を突き出すように構え、衝撃に備えるように歯を食い縛る。目的を見失わないように瞬きすらしない。闇夜の切っ先をボスの脳天へと目掛ける。
次の瞬間。
ドゴンッ!!
肉と肉とがぶつかる鈍い音。
目の前で火花が散るようだった。体がバラバラになったかと思うほどの衝撃。内臓全部が口から飛び出しても不思議ではないと思える。
俺とボスとが激しく衝突する。
そして俺は弾け飛び地面をゴロゴロと転がる。
「ゴホッ」
マ、マジか……血とか初めて吐いた……
胃から競り上がったものを吐き出すとそれは鮮血。口の中いっぱいに鉄の味が広がっていた。
で、でも生きてるぞ、俺。
立ち上がろうとすると……
「こ、こっちもマジか……」
左手、肘の関節が逆方向に折れている。
それより俺の剣は……ボスは……?
そこにオークのボスは立っていた。そしてその脳天に突き刺さる黒い剣。やがてその巨体はドスンッと倒れ、地面に横たわった。
やった……ボスを倒した!!
これで周りのオーク達も……周りをオークに囲まれている俺。オークのギラ付くような獣の目が集中している。さらに武器を振り上げ突進してくる。
う、動けん……逃げられない……
そんな迫り来るオークを切り伏せたのは遥たちだった。
「暁くん大丈夫!!?」
「あんた、その腕……」
「アキラ、これ飲みなさい」
フレイさんが取り出した小瓶。少し苦い液体が口の中に流し込まれる。それだけで体が楽になる。折れた腕の痛みも和らぐ。
「腕の方は後でしっかりしてあげるから」
「でもこれで他のオークは退却するんですよね?」
「……ええ、ボスを失ったオークの群れはほどなく散開するはずよ。それまでもうちょっと耐えないとね」
そう言ってフレイさんは氷土を構え、そして振り抜いた。
遥も彼方も剣を振るい、オークを押し返す。
「……闇夜」
右手に意識を集中させると、ボスの脳天に刺さっていた剣は消え、次に闇夜は俺の右手に握られていた。剣を杖として立ち上がる。
すぐにオークは退くはず。そう思っていた。
……
…………
………………
「フレイさん!!全然、敵が退かないよ!!」
遥が光を振るいながら叫ぶ。
彼方は黙々と敵を倒していくが、その呼吸はさすがに荒い。
そのフレイさんは厳しい表情。
あと少し、あと少しだけ、俺も戦わないわけにはいかない。
「ぐぅぅぅぅぅっ!!」
剣を振るう度に体は軋み、折れた左肘に激痛が走る。ドスッとオークの体に剣と突き刺すが、絶命には至らない。そのオークの巨大な拳が目の前に。
ドガンッ
「ぎゃふんっ!!」
「暁くん!!」
「暁!!」
オークに殴り飛ばされて衝撃と共に地面を転がる。そしてまた吐血。さらにドロッとした液体が額を伝う感覚。そして目の前の視界が赤くなる。横たわったまま頭を手で触れる。その手は鮮血で濡れていた。
これ、俺……死んじゃうんじゃない?
何もかもどうでもよくなる感覚。痛いのも怖いのも、このまま目をつぶってしまえば、すぐ終わる。
昔、廃工場の事故に巻き込まれた時も同じ感覚を味わった。
ただあの時にも遥と彼方はいた。だからまた立ち上がれる。
「うぐぐぐぐぐっ……遥と彼方は絶対に俺が守るんだよ!!」
★★★
少しだけ時間を遡る。それは戦いの前、フレイさんの話。
「私たちの剣には、剣固有の第二段階、真の能力があるわ」
「確かにそんな感じはありますよね」
俺も説明書を読んだわけではない。ただ感覚として分かる。この剣は奥に大きな力を隠している。ただ同時にそれを使ってはいけないという事も感覚で分かる。
「私は光からビームとか出せそう」
「やっぱり私たちのこの剣の本当の力……使わない方が良いんですか?」
それは彼方も感じている。ただ遥は……
「何で?力があるなら使った方が良いと思うんだけど」
「いやいや、分かるだろ。使ったら絶対に何か良くない事があるって」
「分からないんですけどぉ~」
「ハルカの剣は聖剣と呼ばれるもので、力を使っても代償は何も無いわ。ただ刀身の黒い剣は魔剣と言われるの。強大な力を持っているけど、その力を使った代償が大きいから魔剣」
「その魔剣の代償って……」
「死よ」
「……死ぬって事ですか?」
「絶対に死ぬってわけじゃないの。使用回数に上限があるのか、それとも確率、運なのかは分からない。でも力を使い続けた者は確実に死ぬわ」
そしてフレイさんは言うのだった。
魔剣とは……命……魂を蝕み、切り裂き、飲み込む。その先の代償に死があるから魔剣なのだと。
続きます。