幕間ーお喋り執事の呟き4ー
「イシャン、嘴を開けろ!」
「は、はいッ!?」
森羅竜様がいました。助けを呼んだら森羅竜様が現れました!
絶体絶命の崖っぷち!まさに今、捕食者に丸のみされんとする寸前の私に向かって、彼は何かを投げ付けます!
「ゴックン!ーーてぇ、飲んじゃいましたけど!森羅竜様、なっ、何でございますか、今のは!?」
嫌な予感がします。だってとっても奇妙な感触がしました。
そもそも尋ねるまでもなく推測は可能で、久方ぶりに拝見した森羅竜様の、渋ーいお顔の片方の眼球が、ーーないッ!
「今のは俺の竜眼だ。これでこの鳳凰は半獣半竜となった。メフィレスよ、例え貴様でも神竜まがいの存在を捕食する事はできまい。残念だったな、闇は闇に大人しく還れ!!」
『くっ……!』
森羅竜様に気圧されて真っ黒な神竜は消え去りました。
それと同時に、真っ暗闇の世界からも解放されたようです。
唐突に上も下も分からぬ虚空に放り出された私ですが、無我夢中で翼をバタつかせて何とか着地します。
ーあ、幸いにも、さほど高くはなかったようです。
けれど、森羅竜様は、ーーーー
「し、森羅万象あああ!!」
森羅竜様は地に崩れ落ちておられました。
オーラが!荘厳なる黄金色の彼のオーラが弱まっています。この私なんかの為に、大事な竜眼を失ったから……!?
「直ぐに!直ぐに飲み込んだ竜眼を吐き出します!ーーいえ、まだるっこしい!この私の胴体を掻っ捌きますので、どうぞ取り出して下さいませ!」
「いや、スマン。実は投げ付けたものが竜眼と言ったのは大嘘で、おまえが飲み込んだものは俺のおやつのゆで卵だ。渾心のハッタリだったのだが、ハハッ、まんまと騙されてくれたものだ」
「なぁーーんですってぇ!ああ…!よ、良かったです!けれど、では!その欠損した眼球は!?どうして森羅竜様のオーラが、そんなにも弱まっていらっしゃるのです!?」
「ーーああ、その、今まで隠していたのだが、もう俺は寿命なのだ。代替わりの時期を迎えている」
ーーえ!?
「だから光竜におまえを託した。闇竜が聖獣を狙っているらしいという情報を聞きつけ、日に日に弱っていく俺の傍にこのままいては、いつかおまえの身を守り切れなくなるのではと思った。あのな、イシャン。闇竜メフィレスはな、対極であり相反する光属性の光竜には通常ならば近付けないのだ。だがまさか、おまえの方からこんなはるか遠くの地へ、単身でのこのこと奴のテリトリー内にやって来てしまうとは、俺も託された光竜自身も、恐らく想定外だったと思うぞ」
「ええと……お馬鹿な聖獣で、申し訳ございません……」
森羅竜様は光竜様にボコボコに負けて、それで私を差し出したわけではなかったのですね。
そんな理由がおありだったとは………
「森羅竜様。あの、私を食べれば神力として吸収されるようですよ。ならば、寿命も多少は何とかなるのではないでしょうか?」
「馬鹿を言うな。例えそうであっても、長年連れ添った大事な友を食べられるか。……まあそれとは別で、俺の大好物は鶏肉だがな!」
「っ、ーーでは、森羅竜様の気が変わらぬうちに、人に戻りますね」
鳳凰から人の姿へと変幻した私ですが、頬に熱いものが零れつたっていきます。
「イシャン、俺は不甲斐ない神竜ではあったが、それでも神竜としての矜持がある。この先に今以上に衰え、急激に老いさらばえてゆく無様な死に際を、誰にも、おまえにも見られたくはない」
「不甲斐ないなどと!いいえ、とんでもございません。貴方は、森羅竜ラッセルテリオスは、私にとって世界一の神竜様でございます……!」
「ふっ……そうか。ところでイシャンよ、これは今まで世話になった俺からの餞別だ。ーー受け取れ!」
「へ?ーーひッ、ひえぇえ!?こ、これはッ!」
「おまえという変わらぬ存在が、永遠にこの世界に在り続ける未来を、俺は切に願っている。ーーでは、これでさらばだ!」
ちょ、最後に何てものを!森羅竜様あああー…!!
*********
アゼル様やヒースクリフ様のお気持ちが身に染みて分かりました。
森羅竜様が去った後、さすがにこの私も虚無感に襲われまして、執事の仕事は辛うじて熟せども、いつものようにお喋りをする気にはなりません。
ただぼんやりと日々を過ごしていました。
ーーそして、とうとう期限の半年を迎えたその日。
「貴方がヒースクリフさんの契約獣?パネルカードの聖獣の鳳凰で、彼の執事のイシャンさんですか?お喋りと聞いていたけれど、違ったのかな?」
ヒースクリフ様にそっくりな少年が私の前に現れました。
見るからに人の上に立つべき者というカリスマ性があり、彼と同じプラチナの髪に瞳の色は…翡翠ではなく、聡明そうな紫紺ですが、まさに生き写しです。
ええッ!?、ヒースクリフ様の隠し子ぉぉぉ!?
およそ5年間、執事として彼の傍に引っついていたこの私ですが、そんな気配は全然!微塵もございませんでしたけど!
ええ、もう!どんな美女も才女も悪女も幼女も!歯痒いほどに彼は亡きミシェル姫一筋、他の女性には見向きもされませんでした!
「ちょっと待って。ーー幼女?」
「そこはアゼル様の助言です。以前の想い人が幼女だったからと」
「うん。きっとたまたまだろうから、そんな知れてはマズい醜聞は隠しておこうか。僕…いや、私の名はクライシス・エルドラシア。ヒースクリフさんの養子で後継者だよ。はい、これは彼の直筆サイン入りの正式な養子契約書。で、こちらが僕を後継に指命する旨の宣言書ね。ああ、貴方に預けていた封書は直ちに破棄してほしいとの言付けです」
ニッコリと笑ったクライシス様は、私に向かってとんでもない内容の書面を掲げました。
*********
それからはまさに怒涛の展開でした。
突然に現国王が退位、代わって新国王が即位されたのです。
世に名だたる英雄王だったヒースクリフ様を惜しむ声は勿論多くございましたが、彼たっての希望で再び自由な放浪の旅に出た、という戴冠式でのクライシス様のお言葉で、粋だ!格好いい!何とも英雄王らしい結末だ!と、概ねさしたる混乱もなく国民の皆様に受け入れられてしまいました。
とにかくこのクライシス様、カリスマ性が凄いのです。
秘宝の“草の王冠”を使わずして、自然と周囲の人々を従えさせてしまう王者体質なのです。何よりも口がご達者。
「私は嘘は言っていないよ。自由な放浪の旅の行き先が、決してこの世ではないかもしれないけどね。でもこれだけはイシャンさんに伝えておく。彼は、ヒースクリフさんは満足していたし、それは幸せそうに微笑んでいたよ。ーー私という存在に」
クライシス様は多くを語りません。
けれど彼が、ヒースクリフ様の真の後継者である事は明白でした。その証拠に、彼は秘宝のパネルカード全ての所有者となっていたのですから。
そうです。ヒースクリフ様が持って行かれた筈の“鳳凰”、その私のパネルカードもクライシス様は所持しておられました。
そして神力も………
「ヒースクリフの養子で後継??……え、でも君、人じゃないよね」
「人ですよ。少なくとも、両親は共に人です」
戴冠式の事を聞き付けたアゼル様が王城に駆け付けました。
そして、クライシス様を見て目をまん丸くされます。
ええ、ええ。彼はやっぱり人ではないですよねぇ?
だってオーラの色がキンキラキンの黄金色なのです。もう、何ですか、このどぎつ~い輝き。恐らく神竜一ではないのでしょうか?
「断固として人として生きるつもりです。普通に生きられない事は嫌というほど分かっていますから、せめて30歳まではあくせく働いて人の役に立ち、その後は楽隠居をきめこむ予定です。今からもう楽しみなんです。ああ、イシャンさんとのんびりお茶をするのもいいですね」
「おお。光栄です!是非とも穏便に隠居できるといいですねー」
「ふ、ふうん……でも、後継か。それについてはこの僕も、いい加減に真剣に考えておかなきゃなぁ……。ヒースクリフがもし未来に行ったままなら、その未来で彼を助けてあげたい。僕の持つ魔力と知識を後世に残していければ、きっと何か役に立つ筈だから……」
そのお言葉通り、アゼル様はこの数年後にご結婚されました。
後継者を作る目的での完全な政略結婚でございましたが、とんとん拍子に可愛いお子さんも産まれまして、それなりに幸せそうなご様子でございました。
そしてこのイシャン、ご立派に善政を施した二代目エルドラシア国王、クライシス様の御隠居まで執事の任を務め上げましたが、私のその後についてはここで語るつもりはございません。
またいつかの遠いはるか未来で、機会があれば再び続きを語る事もあるのでしょうが、この今は、後もう一つだけ…………
「クライシス様。ヒースクリフ様のご遺志を受け継いだ貴方様は、彼と同じく世界を滅ぼしたいと思っていらっしゃいますか?」
尋ねられたクライシス様はキョトンとされます。
けれど、聡明なこのお方は直ぐに悪戯っ子のようなお顔で返事を返されました。
「どうかな。ーーけど、もしも思っていたとしても、それは今以上により良い世界への為ではないかな?お伽話や実際の歴史を見てもあるよね。腐敗した国、臭った悪法、崩壊した秩序。そういったどうにも立ち行かなくなった世界は、一度きれいサッパリ滅ぼす必要があると思う。つまり、そういう事じゃないのかな?」
ーーはい、そうですね。
だからヒースクリフ様、どうか未来で待っていて下さい。
再びお会いできましたら、その時はこのイシャンが、新作のお美味しいお茶をお入れ致しましょうね。
次も幕間ですが、のんびりデート編です。




