幕間ーお喋り執事の呟き2ー
さて。この私イシャンが、ヒースクリフ様の自称執事として働き始めてから、およそ2年の月日が経った頃でしょうか?
ある日、彼の友人だと名乗る人物が私のもとを訪ねて来ました。
そうです。その方がアゼル・ギュンスター様。
この後の代々、飛び抜けて優秀な魔法師を数多く輩出する事となる、あのギュンスター伯爵家の初代当主さんです。
紅茶色の瞳に赤く色付き始めた落ち葉色の髪という、何ともノスタルジックな色合いの風貌。全体的に華奢で一見少年のように見えますが、よぉーく見れば……
「あら?もしかして竜、あるいは神竜様でいらっしゃる?」
「は?いきなり何?……まあ、その通りだけ、いや……今の僕は、もう神竜なんかじゃない。ていうかあんた鋭いね。聖獣って、そういうもの?自分の契約獣だとしても、ヒースクリフが勝手に僕の事を教えるわけないんだけど」
警戒されたのかジロリと睨まれてしまいました。
この数年間、エルドラシア王国を不在にされていたらしい彼は、恐らくヒースクリフ様と手紙などで常に情報を共有し合い、この私の正体が聖獣で更には契約獣である、という機密情報をご存知のようですね。
ーーああ。ヒースクリフ様に、彼のような友人がいたとは……
王として従える臣下や部下、利害関係やうわべだけの知人は多くいれども、特に誰とも深く付き合おうとはしない、更には生涯を共にする伴侶すらも頑なに求めようとはなさらない、そんなヒースクリフ様しか私は知りませんでした。
「不躾に大変失礼致しました。立ち話もなんですし、そちらのソファーにどうぞおかけ下さい。私はイシャンという者で、ええと、鋭いというよりも、少しばかり人が纏うオーラの色が見えます。ギュンスター伯爵様は神竜特有の黄金色のオーラをお持ちなのですが、その、かなり色が薄くなっておられます……」
今までお見かけした神竜様は全てキラキラの黄金色でした。
因みにその他の竜種は黄色で、人間はそれ以外の様々な色です。生命力の強いものほど、オーラの色は濃い傾向がありますね。
「オーラが……ふうん、ま、そうだろうね。奪われた竜眼を取り戻せない限り神力は減る一方だし、寿命も果たして後どのくらい残ってるのか……。けどそんな事はどうでもいいよ。その、僕がここに来た用件は、」
「ちっともどうでも宜しくはございません。あの!きちんとお食事や睡眠はとっていらっしゃいますか?ヒースクリフ様もそうなのですが、ギュンスター伯爵様もご自分のお身体の事をもっと大事になさいませ!」
「なっ!」
初対面だというのに、つい口から小言が出てしまいます。
この方、顔色も悪く男性にしては痩せ過ぎです。気力のなさからも、随分と不摂生で無茶な生活をなさっているのでは?
「ーだから別にっ、こんな僕の事なんてどうだっていいんだ!それにその伯爵様って呼ぶの、頼むからやめてくれない?ヒースクリフからどうしてもって、強引に爵位を押し付けられたけど!この僕に貴族的な振る舞いなんかムリだし!役割だとか義務だとかも!ただ面倒で煩わしいだけなんだよ!」
「なるほど。ギュンスター様はとても誠実なお方なんですねえ」
「は!?いや、どうしてそうなるの!?」
「役割も義務も果たせないから、だから貴族として敬われてはどうにも居心地が悪いと、つまりはそういう事なのでしょう?」
「…………」
はい、図星のようです。
聞けば先の争乱でヒースクリフ様の右腕としてかなりのご活躍をなされたお方だとか。
言うなれば建国に大いに貢献された主要な立役者です。そういった立ち位置や武功からしても、もっと上の爵位や報奨を賜って当然ですのに、逆に相当嫌がっておられるご様子。
一見ぶっきらぼうで子供みたいなお方ですが、権威欲なき事はおろか、取り巻く周囲に決して惑わされず流されずと、しっかりとしたご自分というものをお持ちのようです。
いやはや。これを誠実と言わずして一体何というのでしょうか。
「つい口が滑りました。私はこのようにお喋りなタチでして、ご不快に思われたのならばどうかご容赦下さい。ーーええと、お茶も出さずに失礼でございましたね。直ぐにご用意致します」
私は立ち上がると、もてなしの為のお茶と茶菓子を用意します。
執事の仕事といえば、その大半が来客者様のお取り次ぎや代理でのご対応です。なのでこの執事室には茶菓子やおつまみなどが常時ご用意してありますし、美味しいお茶を入れる腕も日々、楽しんで磨いております。
そうですねぇ、ギュンスター様には栄養たっぷりで、ほんのりとした甘味が香るとうもろこし茶がおすすめです。
「お待たせ致しました。どうぞ、お召し上がり下さい」
「あ……ありがとう。その、さっきはただの八つ当たりで、僕の方が悪かった、と、思う。ええと、僕の事はアゼルでいいよ。ーーそれで、あの、ちょっと頼みたい事があるんだ」
あら?何だか急に素直になられました。
お茶の威力は絶大ですね!ーーなどと感無量の心地でいますと、アゼル様は懐から布に包まれたとある宝飾品を取り出されました。
葡萄をモチーフにした色鮮やかな木彫りのペンダント?
ーーですが、ああ、これはどうやら壊れているようです。
デフォルメされているのか、虹色に着色された葡萄の端がところどころ欠け、留め具部分も歪んで外れてしまっています。
「ヒースクリフから、イシャンは手先が器用でものを直すのがすごく上手だって聞いた。これを何とか直せないかな?」
「ええ、はい。完全に元通りにとはいきませんが、留め具は代替え品でどうにかなりますし、欠けた部分は研磨して新たに着色すれば、恐らく目立たなくする事は可能です。それで宜しいでしょうか?」
「ホント!?うん、ならそれでお願い。複製の魔法は使えるんだけど、こういう小さなものには逆に難しくってさ。次に失敗したら二度と戻せなくなるって、もうその後は手も付けらんなくって……」
すでに一度、大失敗されたのですね………
私は早速工具箱を持ち寄り、その場で修理に取り掛かります。
着色に必要な画材はアゼル様が魔法で取り出されましたが、ーえ!?、こ、この金ピカ画材道具一式は、高名な芸術家さん達がこぞって愛用されるという、ファレスファーランド産の超最高級品では……??
おお。どうやらアゼル様にとって、このブレスレットは本当に大切なお品物のようでございます。
ーーと申しますか、ヒースクリフ様と同様にこのアゼル様も手先が大層不器用でいらっしゃるのですね……
「……はあ。直りそうで、本当に良かった……」
「そうですね。けれど、私以外の者でも直せると思いますよ?」
「うん。でも知らない人に触らせたくなかったし、ずっと直す気にもならなくって。それ、一度も身につけてあげられなかったんだけど、人に貰ったものでさ……」
「あら?お気に召さなかったのですか?それとも装飾品が苦手で?」
「まあ、そうだけど。それよりも何だか照れ臭くって」
「あー、さては贈り主は女性でいらっしゃいますねー」
ーー“一度も身につけてあげられなかった”、でございますか。
では、その方は、恐らく、もう………
「……ちょっとした軽い気持ちで、ある日、僕が虹色の葡萄が食べたいって言ったら、そしたら彼女、随分とあちこち探し回ってくれたらしくて。ホントに、冗談とか嘘とかって思わない純粋な娘で、きっとありもしない虹色の葡萄を、馬鹿みたいに必死になって探したんだと思う」
「うーん、アゼル様を、何としても喜ばせたかったのでは?」
「そうかも。けれど、やっぱり見つからなかったらしくて。そしたら半年後くらいに、ふッ、はーちゃんってば、代わりに食べ切れないほどいっぱいの、こーんな大樽に入った葡萄と、そしてこのブレスレットを一緒にくれたんだ」
「おお。豪快ですけど、健気なお嬢さんですねえー」
「そうなんだよ!それで後先とか全っ然考えてないし!そんな大量の葡萄、食べ切れないに決まってるのにさ。もう、はーちゃんはいつだってそう。人の話とかあんまりしっかり聞かないし、よく斜め上に突っ走るしで、だからっ、他人の呪いだって、なあーんにも考えずに背負っちゃって、それで突然、勝手に、頼んでもないのに、僕の身代わりになんかになって………」
「……………」
「僕が、もっと早く、き、気付いて……いれ、ば……」
その後は顔を俯かれ、嗚咽だけが耳朶に響いてきました。
アゼル様も、先の争乱で大事な方を亡くされたのですね………
私は不老不死という身の上でございますが、なればこそ、死というものに触れる機会が恐らくこの世の誰よりもたくさんございます。
けれど聖獣ですので、堪えられるだけの配慮がなされているのか、彼らのように深く絶望する事はないようなのです。
悲しみや寂しさ、消失感には勿論共感は致しますし、そんな方を見れば心から何かお力になれればとも思います。
しかし、何と申しましょうか。まるでそういった悲しい物語を読み聞かせられているようだ、と表現するのが一番しっくりしていまして。私にとって“死”、という存在はどこか他人事で希薄で、はるか遠くに感じるものでございました。
ーーええ。まだ、この時までは。




