裏側の僕と牙城の神竜8
「本当に奴、ラージリーン王子は今、この砦内にいないのだな?」
「あら?まさか罠だと思っていらっしゃいます?再度申しますが私、こう見えても神聖な神の遣いです。なので例え殺すと脅されても、この口から嘘や偽りは申せません。まあ、不老不死なので実際に殺されても死にませんけれど?」
「…………」
執事の笑えない冗談に思わずこめかみが引き攣る。
普通ならば一生出会えないであろう幻の聖獣の、しかも不老不死という神秘的かつ超常的な存在であるにもかかわらず、何ともベラベラとお喋りで人間臭いことか。
そもそも今はそんな話をしている場合ではない。
ーー気を取り直して前を向けば、そこには重厚な石畳みの階段。
これを上れば、攫われた姉上にようやく会える……!?
この執事の話によれば「帰国後は直ぐに所用でまた砦を出る」、という旨のラージリーン王子からの緊急伝達文を事前に受けていたらしく。「殿下不在の今なら、姫君にこっそり合わせて差し上げられますよ」という彼の提案に乗る事にした。
因みに個人的には二度と会いたくない砦の大将、あのラファイエ少年はもうこの辺りにはいなかった。余りにもこちらに都合が良すぎて胡散臭い展開だとは思うのだが、まあ、仮に罠であっても僕は姉上に会えさえすればそれでいい。
「とにかくもう、姉上の身が心配で心配で!くッ、万一の時にはこの中央塔もろとも派手にぶち壊し、自分が盾や囮となってでも何とか姉上をお救いせねばっ!」
「ひッ!ーーあ、あのっ!先ほどから、心の声とただならぬ殺気が漏れ出ちゃってますけど!?ちょっと本気で恐いので止めて下さい!はいはーい、一度深くゆーっくりと深呼吸してー」
「…………」
不老不死なのに殺気は恐いのか?色々と謎な執事だ……
「貴方が聖獣だという話が、その、どうにも信じられない。別にこの場で鳳凰になって見せろ、とは言わないが……」
「あー、はい。たまーに自分でもそれは思いますね。けれどお伽話や文献で語られような聖獣さん達は、書き手によって思いっきり美化されていますし、他の聖獣さん達も似たり寄ったりではございませんか」
「他の聖獣?もしや、それは秘宝の聖獣か?」
秘宝の聖獣の事ならばそれは大変興味深い。
しかしそう尋ねた僕に、執事は「あら?」と怪訝な顔をした。
「いえ、違いましたね。もうこの私以外は当時とは違う。秘宝のパネルカード中、ヒースクリフ王の代からの聖獣は今はこの私だけとなってしまいました。主様は、それについても全く思い出されないのですか?」
懐かしむよう、けれど寂しい目をして執事は僕を見る。
そう言われても正直さっぱりだ。僕の前世がヒースクリフ王なのだと彼は言うのだが、いくら何でもそれは勘違いでは?
しかし愛する姉上を取り戻す為にも、この際利用できるものは何でも利用させてもらおう。
ーーなどと結局つらつらと話しつつ、塔の5階まで上ると。
その通路先の扉前に見張りらしき屈強な兵士が3名立っていた。
どうやら目的の部屋はここで間違いないようだ。
「執事のイシャンと申します。ラージリーン殿下より言い付かりまして、こちらの姫君のご衣装をお持ち致しました」
「ああ、お久しぶりです。王宮よりわざわざご苦労様です。しかし生憎ですが、殿下から誰もこの部屋へ足を踏み入れさすな、とのお言葉でして……」
「あー、まあ…そうおっしゃる、でしょうねえ。あの一分の隙のない殿下ならば。しかしですね、ええと……」
言葉に詰まったイシャンは縋るような視線を僕へ向けた。
前言通り、彼は本当に嘘が付けないと?それとも単に丸投げ?ーー出かかった溜息を何とか押し込み、僕は一歩足を踏み出した。
「ーーもし、あの、兵士様。主君の命令に忠実な姿勢は大変素晴らしい事と思います。けれど、殿下の抱えていらした姫君はお疲れなのか眠っておられるようでした。ならば着の身着のままそのまま放置、というのはいけません。せめて簡単にお身体を清めるなど、最低限のお世話だけでも致しませんと。生意気を申しますが、男性である殿下や兵士様方は高貴な身分の姫君に対し、余りにも気遣いと配慮に欠けていらっしゃるかと」
突然前にしゃしゃり出た侍女に兵士達は一瞬面食らったものの、意外と真摯に返事を返してきた。
「そうなのか?うーん、言われてみればその通りかもなあ…」
「おいおい、やっぱり入れちゃいかん。殿下は自作の魔力補助アイテムで転位魔法を単独でなら自在にお使いになられるお方だ。直ぐに戻っていらっしゃるだろうから、お世話云々はその時でいいだろう」
「けど、殿下のお嫁さんになるお方なんだろ?後で無礼だ何だのと怒らせちゃマズいし、ここは丁重に扱った方がいいんじゃ……」
おい待て、誰が誰のお嫁さんだ……!?
怒りで沸騰しそうになる頭をどうにか鎮めつつ、あともう一押しとばかりにこの口を開きかけた、その時!!
突然、真下から頭のヴェールがぶわっと高く捲くれ上った!
「!?」
「「「お?ーーう、うおおおおおおッ!?」」」
「うひゃあー、ヒースクリフ王が、な、なんて美少女さんに……」
ーーこら執事!この風魔法はおまえの仕業かッ!!
「オイコラ、そこの執事サマ?これはど、」
「あああああの!侍女様!ど、どどどうぞ、お入り下さい!」
「おおおっしゃる通りです!それに天使のような侍女様が何かなさるとは毛ほども思いませんし!ええ、はい!自分は貴女様の為とあれば、恐ーい殿下の罰くらい堪えてみせましょうとも!」
「天使だ!妖精だ!いや、美の女神が降臨なされた!と、尊い……」
「は?…あ、あの??」
「そうですか!入っても宜しいんですか!ーーっではでは!」
態度を急変させた兵士達はすんなりと部屋の扉を開けた。
見張りの兵がそれでいいのか?何故か膝を突いてこちらを拝んでいる者もいるし、手前の者は鼻血を噴き出している。
ーーいや!侍女の顔を見ただけでどうしてそうなる!?
意味不明なのだが、まあ……通れたのなら、いいか………
*********
ユーフェリア姉上はまだ眠っておられた。
続き部屋となっている奥の部屋の大きなベッドを覗き込むと、彼女は悪い夢でも見ているのか酷くうなされていた。
「血が……やめ……見たくなっ……う、はあっ」
「姉上?大丈夫ですか?」
「いやっ……落ちて……くっ、死んじゃっ…ぜー、はー、」
これは……起こした方が良いのだろうか?とにかく鎮静化の魔法でもと、彼女に向かって手を伸ばしてみると、ーーーーー
ーーーぐああああああああああああーーーッ
ーーーひいいいいいいいいいいいいーーーッ
ーーーぎゃあああああああああああーーーッ
「!??」
「これは…!呪いの贄とされた人々の恐怖と怨嗟の悲鳴です!」
「そんなものが何故姉上からっ!?ーーつまり、これが禁呪の!?」
何千、何万という大勢の人々の絶叫と怒号の嵐!
理不尽に命を断たれた者達の無念と怒りの感情が大きな塊となり、姉上の身体の上に轟々と渦巻いている!?
「やはり秘宝の効力はもはや限界だったようですね。しかし、これで充分お分かりいただけたでしょう?この西の国の姫君に掛けられた、命すら脅かす恐ろしい禁呪の存在を。侵略戦争を引き起こしたあの悪名高きイエニス王は、その戦争や王位簒奪の政権争いなどで犠牲となった大勢の者達、そんな不幸な彼ら達の無念と絶望の思念を掻き集め、黒魔法を使って禁忌なる呪法を行う為の贄としたわけです」
「こんな……恐ろしい禁呪が、本当に姉上の身に……」
や、そ、そんな………
では、姉上は、彼女は本当に、死んでしまう……?
ーーいや!!ダメだ!!嫌だッ!!
そんな事、僕は絶対に受け入れられない!彼女がいない世界など生きる意味はない!そんな未来は想像すらできない!
ああ!!ならどうすれば、どうすればいい!?
「……ヒースクリフ王はどうした?最愛のミシェル王女を殺された、あのヒースクリフ王は、それでその後、どうした?」
「主様……!?」
彼は絶望してこの世界を呪った。世界そのものを見限ったのだ。
それも当然だ。未来永劫、愛する者を奪われる事となったのだから。
ならば、この僕は、ーーーー
『ーーいけません。貴方も道を間違えてしまうおつもりですか?どうか、落ち着いて。世界の光である貴方が、再び闇に堕ちてはダメです』
「はッ!?」
その時。閉じていた筈の姉上の瞳が、大きく見開いていた。




