裏側の僕と牙城の神竜7
あけましておめでとうございます。
今年中に完結目指して頑張ります。
床に転がった執事は自分の事を人ではなく聖獣だと告げた。
聖獣の、それも神聖なる神の遣いとされる鳳凰。
ーーその鳳凰といえば頭は鶏、顎は燕、首は蛇、背は亀、尾は魚と、何ともちくはぐな身体を持つ聖獣だが、全体的に煌びやかかつ優美な極彩色を纏い、南の地に住まうと聞く孔雀という鳥に似ているのだとか。
伝記やお伽話で語られる知識故に本当のところはどうか分からないが、まさかその聖獣の鳳凰がこれほど精巧に人に化け、人の中に紛れ込んでいるとは……
そこでふと気付いた。
自分は先ほど金髪混じりの派手な赤毛の少年に会った。彼はラージリーン王子の配下のようで、鷲獅子のラファイエと名乗っていたのだが、その鷲獅子という聖獣もまた、ヒースクリフ王のルーティンパネルカードの中に存在しているのだ。
ーーⅢ番のルーティンパネルカード、“金の鷲獅子”。
まさかあのラファイエ少年もパネルカードの聖獣……!?
もしそうであれば、正直これほど厄介な事はない。
昼の荷馬車で使用されていた、Ⅷ番のパネルカード“法王の錫杖”
そしてこの執事自身が聖獣で、Ⅳ番のパネルカード“鳳凰”
つまり、姉上を攫った忌ま忌ましいあの王子は、現在少なくとも3枚のルーティンパネルカードを所有しているという事となるのだ。
自分は随分と奴を甘く見ていたかもしれない……
臆するわけではないが思わず拳を固く握り込んでいると、未だに床に転がったままだった執事がスクッと立ち上がった。
そして流れるような所作で執事服の裾をササッと払う。
「いや!ちょっと待て!ーっ血は?短剣を自ら掴んで血まみれだった手で払って、どうしてそれで服に血が付かない?」
それどころか、床や袖などにボトリと落ちた血染みが……一滴残らずそこから消えている!?
「いやあ、だって不老不死ですからね。失った血も爪も皮膚も、時には欠損した部位や臓器や骨でさえも、ある一定の時間が経つと自動的に私の身体に還ってくるんですよ。フフフフ。とってもミラクルで摩訶不思議、ですよねー」
「いや、不思議で済まされる事なのか……」
「そういわれましても。私にも仕組みはよく分かりません。分かったら分かったで、もう不老不死ではなくなっちゃいそうですしー。ああ、断っておきますが、決してゾンビなどではございませんよ?鳳凰とはそういう生き物なのです。何たって私、神聖なる神の遣いですからね!」
「…………」
何て胡散臭い神の遣いなのだろうか。
まったくもって信じ難い話だが、驚く事にいつもの直感が“是”と告げていた。この執事の言う事は決して嘘ではないのだと。
「さて。軽口はこのくらいにしてそろそろ本題に入りましょう。このように遠い地まで姫君を救わんと追いかけていらっしゃった勇敢な貴女に、私は敬意を表して真実をお知らせせねばなりません。こうして口にするのも憚れる、大変忌まわしき何をおいても忌避すべき真実をーー」
「忌まわしき、真実?」
「はい。ですから、この度の誘拐騒動が決して考えなしの短絡的な犯行でも、また、策略や私利私欲目的の俗物的なものでもないという事を、是非しかとご理解いただきたいと願いまして。寧ろこれは、姫君の御身を慮っての事であったのです」
唐突に纏う空気をガラリと変えた執事。
こちらが予想していた通りに何らかの深い事情があるようだが、それを今ここで語ろうと?
「ーーご忠告申し上げます。西の国へと再びかの姫君を連れ帰れば、やがてそう遠くはないうちに姫君は命を落とす事となるでしょう。その魂に刻み込まれた禁呪の影響によって」
「!!」
ーー姉上が…っ命を落とす!?
「何をふざけた事をッ!?禁呪!?ーっその禁呪というのは何なんだ!?何故そんなものが姉上…いや、ユーフェリア王女の魂に!?」
思わず声を荒げていた。冗談じゃない!彼女が死ぬ……!?
「私はふざけてなどいません。簡単にご説明申し上げますと、姫君の前世、それも数回前の人生において、恐ろしき強力な禁呪をその魂に刻み込まれてしまった事が原因なのです。その所為で姫君は、それ以降は何度生まれ変わっても成人を待たずして命を落とす、そんな不毛で不遇な人生をずっと繰り返しているのです。今生においても、それは決して例外ではございません」
姉上の、前世で?その時に魂に禁呪を掛けられたと?
ーーそんな馬鹿げた話、到底信じられないッ!
「有り得ない!自分は今の今まで彼女に呪いの気配など感じた事はない!精神的なショックや疲労で倒れる事はあっても、およそ健康面では何の問題もなかった!余命幾許もないという話が本当に事実ならば、既にそれらしき兆候があって然るべきでは!?」
「ええ、本来はそうですね。禁呪が強力過ぎてろくに成長もできずと、恐らく今頃は身体中が弱って寝たきりになっている筈です」
「ーーならっ、やはり!」
反論するも次第にこの話が事実である、という予感してきた。
禁呪だの前世だの生まれ変わりだなどと、一国の王女を誘拐した理由にしては余りにも荒唐無稽な話だが、禁呪……呪いの存在自体に関しては無視できないものがあった。
ーーそうだ。もう既に確実に発動している恐ろしい呪いがある。
“子が生まれなくなる呪い”ーーエルドラシア王家に、自分や姉上に現在進行形で掛かっているその呪いが、ここにきて何故か無性に気になった。
解呪する為に秘宝のルーティンパネルカード集めが必要とされる、エルドラシア王家断絶の、引いては国どころか世界中の人類滅亡の呪いと、秘宝カードの“鳳凰”自身であるこの彼が口にする姉上個人に掛けられた禁呪の話。
この二つの呪いは一見関連性がないかのように思えるのだが、実はとても深いところでしっかりと繋がっている……??
不意に襲い掛かってきたこの例えようもない不安感と困惑をよそに、目の前の執事は淀むことなくつらつらと話し続ける。
「呪いの気配も兆候もみられなかった?それは当然ですよ。ーー何故ならば、これまで秘宝の力で禁呪の影響を退けてこられたからです。パネルカードの“月と星”、代償を引き換えに願いを叶えるとされるその秘宝の力によって、彼女に刻み込まれた禁呪を一時的に封じていた状態だったわけです。勿論、それは仮の処置でしかございません」
「パネルカードの……“月と星”!?」
その秘宝ならば自分は持っている。
ここに来る直前、あのガドゥラケルから手渡されていた。神竜の力を籠めたホンモノのパネルカードだと豪語していて……
ではこの秘宝を使えば!代償さえ差し出せば、また仮の一時だとしても姉上の死を止める事ができる?!
「ーっ教えてくれ!一体どんな代償が必要なのだ!?自分の何を引き換えにしても、どんなものを差し出してでも彼女を救いたい!例え神や悪魔と取り引きをしてでも!僕は決して彼女を失いたくはない!」
「……そっくりですねえ、貴女」
「は?」
「容姿はヴェールで窺い知れませんけれど、その魂の本質は彼にそっくりです。一見誰よりも理知的で冷静にみえて、実は誰よりも無茶苦茶なんです」
「彼…?魂の本質…??」
「ええ。生まれ変わってもその魂の色やオーラ、抱え持つ生来の本質は変わらないのですよ。以前の貴女も……私の主も、同じくそう宣言されました。何を引き換えにしてでも、何を代償としてでもミシェル王女の魂を救いたいと」
ーーミシェル、王女……
その名は聞いた記憶がある。
ここに来る前に、小飛竜フェリルから墜落する寸前に、僕はヒースクリフ王の亡霊らしきものに遭遇した。会って実際に彼と話をしたのだ。
その時に彼はミシェルという名を口にしていた。とても苦しそうに悲しそうに。そしてこの世界を憎み、深く絶望していた。
気が付けば、執事イシャンはその場で膝を突いていた。
「再び今生にこうして相まみえ、誠に嬉しく思います。ーー私の主、かつてのヒースクリフ王だったお方よ」




