裏側の僕と牙城の神竜6
「いやあ、助かります。殿下より急ぎのお荷物を言付かったのですが、私がこの砦を訪れるのはまだ数回目でございまして。ーー改めて申し上げます。私はラージリーン殿下付きの執事でイシャンという者でして、普段は王宮で殿下の身の回りのお世話などをさせていただいております」
「は、はあ。こちらこそ、宜しくお願いします」
丁寧な物腰の男はラージリーン殿下付きの執事だと名乗った。
この国の正式な作法など知る由もないので、とにかく頭を下げておくのみにしておく。顔も髪型も体型すらも窺えやしないこんな侍女衣装では、進んで名乗り返す必要性もないと思われた。
一難去ってまた一難。
くせ者王子の右腕でこの砦の大将だとかいうラファイエ少年から逃げてきた僕は、今度はくせ者王子の執事と遭遇してしまった。
この引き運は一体何なんだろうか?姉上の身が心配でならないのに、何故こうも示し合わせたかのように邪魔が入る?
「ふう、それにしてもこのレッド・ミハーラル砦、内郭部分がまるで迷宮のようですよね。兵士達が使用している宿舎や訓練施設などの外周部分はこれといって普通の造りなのですが、城主や大将が利用する中央塔の周辺はとても複雑に入り組んでいます。これでは敵兵や刺客などは勿論の事、猫の子一匹侵入できやしないでしょう。ーあ、知っていますか?根拠地ともなるこういった強固な砦や城を、ーー“牙城”ーー、などと呼ぶのだそうですよ?」
「あ、ええ。……確かにここはお城のよう、ですね」
その難攻不落の牙城に忍び込んだ猫の子は、まさに今隣を歩いているのだが……
確かに迷宮のような砦だが、一度通ってきた道であるし例のスキルで行きたい道先は“何となく”分かる。
だがこれは困った………
たった今逃げてきたばかりの中央塔へ、このお喋りな執事を案内する事となってしまったのだ。
あのラファイエ少年がまだいた場合、自分はどう対処すればいい?別人の、他の侍女のフリをすれば何とかなるだろうか……
暗鬱な気分になったところで、執事のお喋りが再開した。
「ところで侍女殿は、殿下がようやく保護された西の国の姫君をご覧になりましたか?」
「…えっ?」
「私が急ぎでお届けを言付かったこれも、実はその姫君用のドレスでございまして。これまで女性に対して無関心無感動のあの殿下が!かの姫君の為に自らデザインされたものなのです。ならばその辺の召し使いなどではなく、私がこの手で確実にお届けしたいと、そう思いましてね」
そういってはにかんだ顔をした執事の腕には、ドレスが収納された箱型の籠が大事そうに収まっていた。
「西の……それは、ラベンダー色の瞳で黒髪の姫君、ですか?」
「ああ、そうです!もう既にご覧になったのですね。私は5、6年前に一度、お忍びの殿下に付き添ってお会いした事があるのですが、さぞ凛とした美しい女性にお育ちでなのしょう。そうそう、ここ近年で耳にした噂では“高貴なる知の姫君”と呼ばれ、駿才の殿下と対等に論議なされるほどのお方であるとか」
“高貴なる知の姫君”、ーーそれはユーフェリア姉上の事だ。
しかし、“保護”……??
実態は誘拐であるのに、この執事からはその後ろめたさが全く感じられない。それどころか悪いものからでも救済した、といった様子だ。
もしかするとこの誘拐騒動、国家間の駆け引きや陰謀、ラージリーン王子自身の利得や地位の為ではなく、あの王子はまさか個人的に姉上の事を………
「あの、執事様。殿下は…その、こうしてお迎えされた西の国の姫君を、やはりご自身の妃に据えられるおつもりなのでしょうか?他国の王族で噂に名高い姫を己の伴侶とすれば、王太子としてのより強固な足場固めになる、そういうお考えで?」
「え?殿下の妃に?いえいえ、違いますよ?」
え……?
「ああ。端からみれば確かにそう見えますよね。過去には実際、婚姻申し入れといった名目で保護を試みた事もございましたし。姫君の為に誂えられたこのドレスや精鋭ばかりの王子直属の守備隊、身の回りのお世話をする大勢の侍女らも万全に手配されている。殿下はかの姫君にいたくご執心のようだと、ようやく妃をお迎えするつもりなのだろうと、まあ、普通は思いますよね……」
「は?違うですか?……あの、では、殿下はどういったお考えで……」
姉上を自分の妃にしよという目論み、ではない??
というかこの執事、何故かはるか遠い目をしている………
「ーあっ、申し訳ございません。これは少々お喋りが過ぎたようです。殿下のお心を、一塊の執事たる私如きが推し量れるものではございません。ええ、はい。なるようになれ、けどなるといいなー、でございますよ」
「……………」
は、腹が、もう、無性に立ってきた。
一体何なんだ、ふざけるな。あのラファイエとかいう少年もこのお喋りな執事も、犯罪の片棒を担いでいるというのに態度が普通過ぎる。いや、寧ろ呑気過ぎていやしないだろうか?
何か彼らなりの深い事情がある事は分かった。
姉上同様に人とは隔絶した優秀な頭脳と難解複雑な思考回路を持つあのくせ者王子。ならばこの誘拐騒動はきっと、彼らからすればそれなりの意義と必要性があるのだろう。そして“保護”というからには、彼らは誘拐した姉上の身を害する事はないと思われる。
ーーだが、それが何だというのだ?
長年友人と認識していた者にずっと騙されていて裏切られ。安全と信じていた王立学園内で突然拐かされた姉上は、一体どれほど恐ろしい思いをした事だろうか。あのような粗末な荷馬車などに乗せられ、こんなはるか遠くの見知らぬ地まで攫われたのだ。きっと目を覚まされれば恐怖が押し寄せ、間違いなくパニックとなられるだろう……
“助けて!”ーーと、走行する荷馬車からそう叫ばれた。
普段から落ち着いた風情で滅多に声など荒げた事もない彼女が、ああも必死に大声を出していたのだ。
ならば誘拐の理由が何であれ、事情がどうであろうとも、彼女の絶対の味方であるこの自分が取らねばならない選択肢は、ーーーー
「ッ、ーーぐあッ!!」
「大声を出すな動くな。でないと次は喉を切り裂く!」
隙を突いて懐から取り出した短剣の柄で執事のみぞおちを突いた自分は、そのまま彼を壁に押し当て、次に一瞬で鞘から引き抜いた切っ先を喉元に当てた!
「自分は攫われたユーフェリア王女を奪還に来た。死にたくなければ彼女が運び込まれた部屋までゆっくりと歩け」
「………ほう、貴女は姫君を取り戻しに来たと?」
「ああ、そうだ。理解したのならば言う通りに従え」
「うーん。それは困りましたね。私も命は惜しいですし、ではーーと言いたいところなのですが、大変申し訳ございません、私に刃物は効きません」
「ーーなッ!?」
執事は何でもない事のようにのんびりと刃先を掴む。
彼の手からは次から次へと鮮血が吹き出していて、鋭い刃を素手で握れば当然だ。奇っ怪な行動に思わず息を呑むが、無意味となった短剣を直ぐさま放棄し、次に足払いをかけて奴を床へと派手に倒す!
「うわ!痛たたっ、た!」
「これはできれば使いたくはなかったが……」
「あら?あー、その魔力波動は洗脳の魔法、でしょうか?さすがに不老不死の私でも、それはお手上げですね。はい、降参です」
こちらが練り上げた魔力を見て即座に白旗を上げた。
しかし、この執事は今、とても不可解な言葉を口にした。
ーー不老不死!?
「ん?気配からして貴女も所有しているのでしょう?神竜の神力を込めて作られた秘宝のパネルカードを。ならばお分かりになる筈ですよ。カードの中にはその神竜と契約している眷属の聖獣自身、という例もあるのだと」
神竜の眷属の聖獣……
そうだった。ユーフェリア姉上が所有されているⅤ番の“一角獣”も、確かに聖獣であった。秘宝のパネルカードは何も不思議な効果をもたらす魔法カード、という定義に縛られてはいない。
「では、貴方は人ではなく聖獣だと!?」
「はい。私はヒースクリフ王の秘宝のⅣ番、不老不死の聖獣“鳳凰”でございます」




