裏側の僕と牙城の神竜3
イエニス王国の砦に神竜がいた。
あまねく大地を豊潤に満ち足す神力を持つ緑樹竜は、信じられない事にその巨大な竜体を一本の樹木のように変容させていた。
な、何これ。生きてはいる…みたいだけど……
でもこんなんじゃあ、もう空も飛び立てないし、神竜としての力も尽きかけている。そもそも竜が木になるって、意味分かんない。めちゃくちゃ過ぎるよ。
前世においては僕も竜種で、魔竜だった。だけどこんな姿に成り果てた同胞など見た事も聞いた事もない………
ーー呆然と我を忘れて見上げるそこへ、幼女が姿を現す。
枝のように見える翼部分にちょこんと座る小さな女の子。彼女はやって来た僕を見下ろして、心から嫌そうに顔を歪めていた。
ああ、あの子がきっと緑樹竜の化身だ。
そしてこれからそう遠くはない未来に、樹木という名の骸と化す手前の、魂の残り火と思われた。
「はーあー。ついに竜眼の本体が来ちゃったなあ」
「……りゅ…え?」
「こんにちは。君、過去に竜眼を奪われちゃったおマヌケな魔竜さん、の生まれ変わりでしょ?だから竜眼を取り返しに来たのかな?遅かったね。三百年も経ってようやく、やっとここまで仕返しに来れたんだ?」
「!!」
は? 待って、今、何て言った……?
こんな侍女姿の僕を、一発で元神竜だと見破った?
それに問題はそこじゃない。あれを、あの奪われた竜眼を知る竜、ないしは神竜って!
「この僕が!竜眼持ちの魔竜の生まれ変わりだって、何故あんたにそれが分かるんだ!?そもそも、“取り返しに来た”、って!ーーっじゃあ!三百年前の過去に僕の竜眼を奪わせ、実際に使っていたイエニス側の術者、ーーあれはつまり、あんただったっての!?」
僕は侍女の被りもののヴェールを剥ぎ取り、怒りのまま足元へと叩きつけていた!そして解放された視界の先にいる緑樹竜を睨みつける!
ーーこいつが、この緑樹竜が、全ての元凶だったんだ!
三百年前の昔、その周辺各国へ侵略戦争を起こしたイエニス王国。
後にして思えば、その戦争利用目的でハンターらに奪われた僕の竜眼。だけど奪われた当初、イエニス国境付近まで取り返しに行った僕を阻んだのは、神竜の僕でも突破できない国一つを丸ごと覆った結界、恐ろしくハイレベルな術式で構築された広範囲魔法防御壁だった。
初めから奪い返しに来る事を想定しての万全の対処処置。それも奪った竜眼を即座に利用してのあざとく迅速な手段で、そもそも竜眼というものはどの神竜も持っているものではなく、それについての情報はごく一部に限られていた。なのに人であるあのイエニスの王は、奪った竜眼をああも自在に使いこなしていたのだ。
そして思い返してみれば、僕から竜眼を奪った際の手口も実に巧妙で用意周到、神竜の習性や弱点を余りにも知り尽くしていたのだ。
そういった事情からあの当時、ヒースクリフも僕も、イエニス王の傍近くには神竜について詳しい竜、ないしは神竜がいると。そして、それを脅すか言葉巧みに取り込むかして、この侵略戦争に協力させている、と考えていた。
ーーけど脅すも何も!こいつ、この緑樹竜があの侵略戦争を引き起こした真の元凶で、黒幕だった!?
「あのさ!あの竜眼をあんたが奪った所為で!一体どれだけ大勢の人間が戦争で命を落とし!町や村や家が壊され、友人や家族や大事な人を奪われ!そんな彼らがどんなに酷い目に遭ったと思っている!?悲劇のあの少女も、結果的に竜眼がもとになった呪術で殺され、そしてそれが原因でヒースクリフは世界に絶望した!」
「わわっ、ととっ!」
頭が沸騰する余り、真空派のような振動が巻き起こった!
怒りで僕の魔力が内から溢れ出て、それらが鋭い刃となって周囲の空気を引き裂く!そしてすでに地に転がり落ちていた籠の果物が、石つぶてのように跳ね上がってターゲットの緑樹竜目がけて襲いかかるッ!
「果実は大好きなリーちゃんだけど、ぶつけられるのはちょっと!」
「ふざけるなッ!ーーいいか、緑樹竜!この僕が何よりも一番に赦せないのはね!はーちゃんを、ハーシェンヌを殺された事だッ!!」
ーードオオオオンッ!!!
果実のつぶては翼の骨格部分を穿ち、ひしゃげていた骨の一部が瓦礫となって地へと降り注ぐ!
けれど緑樹竜は何食わぬ顔でケラケラと笑っていた。
「ヤッバ!もう神竜じゃないってのに、なんて馬鹿みたいな魔力!あははっ!さっすがは神竜一の魔力持ちの魔竜さんだね!ホント、恐れ入ったなあ!けどこんな荒い攻撃、無駄使いもいいとこだよ!」
「こいつッ!」
ーーな、何なんだ!こいつ、この緑樹竜、一体何なんだよ!!
相変わらず枝部分から下りて来ない緑樹竜と、ビリビリと睨み合ったまま膠着状態となった、ーーその時。
不意に気配を感じて横を向けば、玲瓏と佇む一人の貴婦人。
『ちいと落ち着け。のう、元神竜殿よ』
「あっ!え!?」
ーー僕の直ぐ真隣に、いつの間にか童話の女神のように美しい女の人が立っていた。
降り注ぐ月光を紡いだようなキラキラの銀糸の髪。
肌は透き通るほど真っ白な白雪で、目元には青いシャドーが入って釣り上がっているけど、不思議とたおやかな雰囲気も感じられた。
あっ、ーーこ、この人!多分、月ちゃん?、だ?
『うむ。正解じゃ。そして素晴らしき愛の波動であったぞ!』
「は?」
「!、な、誰…?」
『“はーちゃん”、とやらを口にされた時、それはもう熱烈で強大な愛の波動をわらわは感知したのじゃ!故にこうして実体化したまで!うむうむ!素晴らしい愛の奇跡じゃて!』
ちょっ、月ちゃん?こんな時に何言ってんの?
邪魔するってんなら、悪いけど僕は本気でシバくよ?
『ふっ。そう照れるでない!言い忘れておったが、わらわ月の精霊の力の根源は、実は愛なのじゃ。しかればこそ、幸運の王子殿のブレスレットに宿っていたというわけでの。元神竜殿の持つカードにも、それと同様の理由で移動できたわけなのじゃ』
「そっ、え?、あっ!ーー“魔鏡”のパネルカード!はーちゃんに貰ったものだから!?単に魔力のあるアイテムだから、ってんじゃなかったの!?」
ていうか月の大精霊って、そんなんが力の根源なの?冗談じゃなく?
ーーいや、別に愛がどうとかってわけじゃないんだけど!
『む、納得せんか?他の大精霊の根源も似たり寄ったりじゃぞ?ーーして。これは余計なお節介かもじゃが、もうちいと冷静でなくば、大事なものを見極めきれぬぞ?そしておなごには、如何なる時も優しく丁寧に接っせよ。これは紳士ならば当然のマナーじゃぞ?』
そう茶目っ気たっぷりにウインクした彼女は、次に唖然とする緑樹竜に向かって揚々と語りかける。
ーー月の大精霊は、この瞬間の為にここまでやって来たんだと、僕は後になって知ることとなる。
『ーーもし。このように突然にまかり越す非礼、平にご容赦いただきたい。貴殿は天上の神より星を預かる十三が神竜が一体、緑樹竜殿とお見受けする。わらわはこの星を見守る四大精霊が一つ、“月”のアルグヤーニャと申す』
「…………星を預かった覚えなんかないけど、こっちは緑樹竜のリオルージェ。それで?月の大精霊の貴女が、私に何のご用?」
憮然として、でも名乗った緑樹竜リオルージェに、月ちゃんはまるで愛しい我が子に接する母のように優しく笑いかけた。
『リオルージェ殿よ。貴殿は今まで、よう頑張ったのう』
「!!」
『もうよい。ここまででよいのじゃ。後は聖女殿とわらわに任せよ』
「………え、聖女が、この世界に現れた、の?」
『そうじゃ。聖女とわらわが、リオルージェ殿が身をもって背負うたその呪いを引き受けよう。そして知の姫君と牙城の王子が知恵を振り絞り、その先の疲弊した大地をやがて元通りに戻すであろう』
「……けど。あの娘には、まだもう一つの呪いが……」
『それも大丈夫じゃ。知の姫君には、あの幸運の王子殿も傍に張り付いていようぞ?それだけでなく、あの姫君には多くの強力な加護がある。リオルージェ殿、貴殿を始めとしてのう?』
「わ、私は!私がした事なんか、ただの、その場しのぎでっ………」
緑樹竜は疲れたように肩を落とした。
さっきまでの言動はわざとだった?僕を挑発して怒らせ、あえて復讐を遂げさせて、全てを終わらせようとしていたんだろうか……?
「……はあ、もういい。もう降参。私にとどめを刺してくれないのなら、もうどうでもいいし用はない。ーーあのね、この砦の南に小飛竜の実験施設あるの。そこに行ってその目で見て、それでどうするか、その先は貴女達が判断すればいい」




