裏側の僕と牙城の神竜2
「月の大精霊殿が、そのようにおっしゃっていると。しかし今、連れて行かれる姉上から片時も目を離すわけには……。ならばブレスレットをエルディに渡し、ここは別行動が良策。……けれど、ああ。これは一生涯大切にすると姉上にお約束した、世界で一つだけの大事な宝物、なのだが……」
フレイ殿下が見てて気の毒になるくらい困り果てている……
喘ぐ?苦悶?途方に暮れる?ーー時に“勇断たる運の貴人”と呼ばれ、決して迷う事のない“絶対幸運”スキル持ちの王子が、まさかブレスレット一つを僕に預けるかどうかでここまでごねるなんて。
あのちょっと。今そんな場合じゃないんだけど。
「はあ…。でも気持ちは分かるよ。自分の彼女からの贈り物を、おいそれと人に預けたくはないよね。じゃあ、月ちゃん。悪いけど僕一人で行って来るよ」
『“月ちゃん”、じゃと!それはもしや!このわらわの事かえ!?』
「あれ?ダメだった?だって“月の大精霊”って呼びにくいよ」
堅苦しいのとか面倒な気遣いとかって、好きじゃないんだよね。
そういえば出会った当初は、フレイ殿下の呼び名も舌が回らなくて面倒で「れーちゃん」と呼んでたっけ?
「こら、エルディ。大精霊殿にその呼び名は余りにも……」
『許す!よい!その愛称、わらわは気に入ったぞ!おお、では、そちらの幸運の王子もこれからはそう呼んで構わん、と伝えるがよい!』
「うん、まあ、時間ないからそれは後でね」
『む?そうじゃったな。ーーして。何やら随分と困っておるようようじゃが、要はわらわが器を移動すれば解決じゃの?』
呼び名が気に入った!と、えらく安上がりに上機嫌になった月ちゃんは、自分が宿っている器の移動案を宣言した。
移動って、意外と簡単な事だったんだ…?
でもブレスレットからどこへ移動すんの?、ーーと思っていたら、急に僕の制服の胸元がぼんやりと光り出した!?
逆にフレイ殿下が身に付けるブレスレットの淡い光は消えていて、ええと、確かこの僕の胸ポケットの中には……
「あ?え?まさか代わりの器って、ルーティンパネルカード?僕がはーちゃんから貰ったカードに宿っちゃったんだ?」
「秘宝に…? もしや月の大精霊殿は、エルディが所有するパネルカードへ移動されたのか?ーーっならば僕は、今からでも姉上を!」
『あいや、しばし待たれいっ!あ~、そぅ~れ♪ポポポンッ♪』
「!??」
いい加減にこれ以上彼女から目を離したくはない!とばかりに焦って踵を返すフレイ殿下!ーーだけどその瞬間、彼の身体がポポポンッ!と音を立てて変幻した!!
ーーてぇ!この僕もか!ミニサイズが元に戻っ……!?
『そなたら、もうその小精霊サイズでこの先はちぃと不便じゃろて。それでの、わらわの配下である小精霊どもが言うには、この砦内で動き回るにはどうやらこれが一番目立たぬらしいぞぇ?』
「は?ーーこれはッ!!」
「え?ちょっ待って!何これッ!?」
また勝手に姿を変えられた僕とフレイ殿下。
たっぷりと長く大きな紺色の布で全身すっぽり覆い尽くした胡散臭い衣姿。二人とも全く同じお揃いで、なんかこう……観劇の舞台袖とかで見る、裏方の覆面姿っぽい……
とにかく重くて息苦しくて、視界まで閉鎖的。一応、目元部分だけが透けてて自分の方からは見えるようになっているんだけど、同じ装束のフレイ殿下の顔は全く見えなくなっていた。
『成功じゃ。それはの、この砦で働く侍女らの衣服らしいぞよ?』
「!?これ、砦内に勤める侍女達のお仕着せなんだ。あ、なるほど、この姿なら確かに僕らが侵入者とバレな………………ん?」
「エルディ……もしかして、その……か、身体まで……」
「へ?ーーあ!ま、まさか!?」
ーーやっぱり!!っおおおお、女になってるよ!!
僕とフレイ殿下は、ほぼ同時に自分の胸に手を当てていた。
う、うそ!?何かあってはならない柔らかい膨らみがある!信じらんない!はーちゃんに比べれば、全然物足りない小さな小山が……ってぇ!
「月ちゃん!なななんて事すんの!砦の専用衣装はすっごくありがたいけど!だけど性別までどうして変えちゃうかなッ!?」
『うむ!面白そうじゃからじゃ!されどこれで問題は解決であろう?その姿でなら見咎められず怪しまれずと、多少は自由に行動できよう。そしてもしも万一捕縛されたとて、そなたらの正体もバレぬと良い事づくめ!』
「うっ……そう、かも?」
「くっ…!エルディ、心底甚だしく盛大に不本意だが!もういい加減時間がない!この姿でも僕は行く!」
きっと非の打ち所のないまばゆい美少女になったであろうフレイ殿下は、地団駄を踏むようなカンジで渋々とその場から去って行った。
うわ。僕とは違ってたぷんたぷんと胸が大揺れ……
*********
一目見たかったな、と思うフレイ殿下と別れた僕は砦の外にいた。
行き先は建物から少し離れた向こうの方、広大な敷地面積の砦をグルリと囲む、外壁付近に見える大木のようなあれ、ーーー
「侍女殿、今日も日課のお務めでありますか?」
「わ!ーーっ、」
砦の壁が途切れたと思ったら!
予想外にその壁と壁の間には小さな簡易詰め所があり、のんびりとした雰囲気の兵士が一人だけ立っていた!
何でこんな場所に見張りの兵士が!?とびっくりしていると、その兵士から籠をポンと手渡される。中には美味しそうな果実が山盛りテンコ盛り。え?この果物籠何なの?どうすんの?
「今日の分の御供物です。緑樹竜様は本当に果物が大好きですからねえー。運が良いと波長が合ってお姿が見られる事もあるそうですが、俺はまだ見た事がありませんよ。聞いた話では幼く愛らしい子供姿だとか。できれば生きているうちに一度でもいいから、この目で実際にそのお姿を拝んでみたいものですよー」
兵士は僕の正体に気付かずと気さくに話しかけてきた。
あわあわとこちらが動転してて返事を返さなくても、彼は特に変に思う様子もなくペラペラと喋り続けている。
しかし、やはり神竜が、この先に……!?
緑樹竜、それは確かに神竜のうちの一体の通り名だった。実りの奇跡、あまねく大地を豊潤に満ち足す神力を持つ緑樹竜。
でも僕は前世での過去、その神竜とは全く面識がなかった。
行動的で社交的。大概にしてどの神竜にも好かれていたあの光竜ヒースクリフでさえ、その緑樹竜とは親交がなかったように思う。だから秘宝のルーティンパネルカードにも、緑樹竜の恩恵を封じたカードはなくって。
ーーそうだ。たった今、思い出した。
ヒースクリフは以前、確か僕にこう言っていた事があった。
『アゼル、緑樹竜リオルージェとは一度会った事があるが、どうしてもソリが合わなかった。闇竜メフィレスのそれとはまた違い、あれの刹那的で自分本意な考え方に俺は、どうしても理解して許容する事などできなかったのだ。……分かりやすく言えば、善悪の判断が付かぬ罪なき幼子のままのような、けれどメフィレスよりも身勝手で凶悪な神竜……』
幼子のままのような緑樹竜……
メフィレスよりも身勝手で凶悪な神竜……
そそくさとお喋りな兵士と別れた僕は、緑樹竜がいると聞いた大木へと更に足を進めて行く。御供物が毎日の日課と言うからには、多少なりともこの砦で緑樹竜は敬われてはいるようだけど。
けれど、ヒースクリフが凶悪とまで称した緑樹竜リオルージェが、もしもまだ、未だに代替わりしていなかったとしたら………
そして気になっていた目的の大木の下へ、ようやくと辿り着いたこの僕が目にしたのは、ーーー
「これ!木なんかじゃない!うそ!神竜の本体!?」
『……これは、何とも……言葉が、出ぬ……』
ーーそれは神竜だったものの、成れの果てだった。
雄々しく逞しい竜としての外皮はガサガサに枯れ果てて朽ち、大空を飛ぶ巨大で鋼鉄の翼は折れ曲がってひしゃげ爛れ、まるで樹齢何千年のような大樹へと変容を遂げていたのだ。
ただ純粋に圧倒された。
神竜がこのような姿に変わり果てるには、一体何がどうして、どんな力や深い事情があったと言うのだろうか……?
呆然と我を忘れて見上げるそこへ幼女が姿を現す。
枝のように見える翼部分にちょこんと座る小さな女の子。彼女はやって来た僕を見下ろして、心から嫌そうに顔を歪めていた。
「はーあー。ついに竜眼の本体が来ちゃったなあ」




