私とイエニスの研究塔6
しばらくお休みしてて申し訳ありません。
イエニスの大地を蝕む呪い、私はそれを解く決意をした。
呪いの原因となった一端はこの私にある。
三百年前の前々世の私、ミシェル・ラド・イエニスが伯父の暴挙を食い止める為に、仕掛けられた呪術を跳ね返した事がこのような最悪の結果を招いてしまったのだ。
伯父は私の父を弑逆して王位を簒奪したばかりでなく、どこからか手に入れた竜眼を使って侵略戦争を開始した。それは現在のエルドラシア王国となった大陸中央地帯にまで勢力を伸ばす勢いだったのだが、後世に英雄王と呼ばれる事となる青年ヒースクリフが、義憤に燃える人々を集めて解放軍を立ち上げ、イエニスの侵略軍を押し返す事に成功する。
しかし残念ながら、伯父の悪しき野望はそれでも止まらなかった。
膨大な魔力を発する竜眼、それそのものを禁呪を使って身のうちに取り込み、愚かにも人為らざる者になろうと画策したのだ。
それも姪のミシェルと実の息子であるラージス、己に近い血筋の二人を勝手に婚姻させて術式で繋ぎ、禁呪の反動を押し付ける代替え品、つまりは自分の身代わりとする血も涙もない非道な手段で。
ーーだが、幸か不幸か、この禁呪をミシェルが事前に察知し、その命と引き換えに跳ね返す事に成功してしまった。
結果、伯父は竜眼を取り込むのに失敗し、禁呪返しに巻き込まれたラージスもミシェルと同時に命を落としたという。
そしてこの禁呪返しのもたらした影響は、更に最悪なもので…ーーー
「私はただ、禁呪を止める事しか頭になかったの。欲深く傲慢な故に長兄でありながらも王位を継げなかった伯父が、いずれは竜眼を戦争利用するだけでなく、その身に取り込もうとする事は容易に想像がついたから。けれどその結果、失敗した禁呪がその後何百年も、このイエニス中の大地に影響を及ぼしていただなんて……」
実は禁呪や外法の類いはイエニス王国に古くから存在していた。
王宮の書物庫の最奥にそういった極秘の禁書が保管されていて、王族であったミシェルはそれらの閲覧資格を有していたのだ。
さすがに当時の書物庫の管理者は、十にも満たない幼い姫に難解な呪術書の内容など、到底理解できないだろうと軽視していたようだけど。
「竜眼を人が取り込めば、およそ千年の寿命を得る……でしたか?愚かな事です。そんなくだらない理由でミシェル姫を、生まれる前の姉上だったという少女を亡き者にしたと?」
私はフレイ君にここまで知り得た全てを告白していた。
知らぬうちに抱え持っていたイエニス王国との深い因縁。王家の姫として生まれながらも、王宮を追われ母と二人で辺境の村に隠れ住み、それでも最後の最後には禁呪の道具とされて殺された。ーー英雄ヒースクリフに救われて尚も、生きる希望を失っていたミシェルの壮絶な人生の記憶も、フレイ君には包み隠さず話す事にした。
いきなり生まれ変わりや前世だなどと、そんな与太話を彼はこれっぽっちも疑う事なく、それどころかそのミシェルの不遇の人生に憤りまで感じてくれている……
ーー間もなく完全に夕方が沈む時刻。
いつシリーがこの部屋にやって来るか分からない状況なので、彼はヴェールは被ったままで、床に膝を突いた姿勢で私の話に耳を傾けている。
そう。実はフレイ君は、この砦の侍女軍団の中に紛れ込んでいたのだ。
私はどうにも喜びを抑え切れずにいた。国境付近で騎乗する小飛竜から落下しながらも、こうして攫われた私を連れ戻しに来てくれた……!
「でもフレイ君、本当にどこも怪我はないの?動きにおかしなところはないみたいだけど……あ!さっきから顔を見せてくれないのは、もしかしてやっぱり頭か顔に傷が!?」
「いえ!大丈夫です。あの、怪我はないのですが……」
「??」
何故か彼は顔を見せてくれない。
でも声の調子からして本当に怪我はないみたいだし、単に私に女装姿を見られたくないだけなのかもしれない。
あんまりしっかりしてるからついつい忘れがちだけど、彼はまだ14歳の多感な思春期の男の子なわけで。
「しかし、ユーフェリア姉上は気付いておられたのですね。今朝、僕が侍女達の中に紛れ込んでいたと。声は一度も発していなかった筈なのですが……」
「え?そうだったかな?でも分かったよ?」
「全身を覆い隠すようなこの侍女衣装ですよ?誰が誰だか区別付かないでしょう?だからこそ、こうして潜り込めたわけなのですが」
「うーん、歩き方?立ち姿勢?細かい所作?……自分でも何故なのか上手く説明できないけれど、どんな格好でもフレイ君なら絶対気付くよ?」
「…………」
ーーあら?照れてしまったのか黙り込んでしまった。
自分で言っててもちょっと恥ずかしかったかも。
「……あの、僕も、貴女がどんな姿をしていても分かると思います」
「そ、そう?じゃあいつかその言葉が本当かどうか、機会があったら試してみようかな?」
「はい。その時は受けて立ちますよ。では姉上と見抜く事ができたら、その時は僕に一つ、ご褒美を頂けますか?」
「うん、いいよ。なら私もご褒美を貰うね!ーーえいっ!」
「わッ!!」
私は膝元で屈むフレイ君に向かってガバッと飛び付いた!
実は今朝からずっとこうしたかったんだよね。ぬいぐるみを抱きしめるみたく、ぎゅうぎゅうとフレイ君を堪能する。ちょっとだけならいいよね?
「ーーあの、その、(胸が)、あ、当たって……」
「ん?ーーあ!やっぱりどこか怪我してた?」
「いえ。……ど、どうぞ、お好きなように……はい、だ、大丈夫です」
盛大にどもってしまうフレイ君。
ーーこんな時にどうかとは思うけど、でも今だけはこうしていたかった。
「あのね、フレイ君。ちょっとこのままで、どうか怒らないで聞いてね? えーと、私ね、いつの間にか結婚歴があったみたいなの」
「ええッ!?」
ううーーん、前々世の事だけど、赦してくれるかな……?




