私とイエニスの研究塔1
☆これまでのあらすじ☆
無自覚天然と散々言われた私だが、ようやく恋心を自覚してフレイ君と両想いに。しかし、長年のペンフレンドと信じていたシリーにうっかり誘拐されてしまう。
さあ、そんな危機的状況からどんな方法を使って抜け出せば良いやら!?
ーーえ?説明が簡潔過ぎる?詳しくは数話前をもう一度読んでみてね!
ちょぉっとアーシェさぁんっ!?何とかって何だ!?
何とかでこのピンチが何とかなるの?何とか生き延びてって、具体性なさ過ぎですけど!?あああっ、でも往生際悪くトコトン諦めず、自分で何とかするって、そう決めたしっ!!
助けてくれた恩はさておき。知りたかった肝心要の自己紹介は何とも中途半端、そのアドバイスもまたもやあやふやでふわっと適当だったアーシェさん。……ま、まあ?もとより助けを大人しく待つだけのお姫様って性分でもないしっ、こうなったら思い付く限りの悪知恵を総動員してさっさと逃げ出してやるもんっ!!
よし!先ずはこの暑苦しく身体を圧迫している、レトロちっくな昭和製の重たーい綿布団を跳ね退けっ、ーーー
「いだだっ!ーーちょっと、ユーフェ!貴女ってば、寝起きざまに足蹴りと頭突き?来年は成人でしょうに、色気もへったくれもないわぁー。ホント、そういう面ではとっても残念な娘ね!」
瞼を開けるとかなり近い位置にシリーの顔があった。
ーーあれ……? ナニコノジョウキョウ?
取り敢えず寝起きの悪さで距離は取ったようだけど??
どこかの見知らぬ部屋の見覚えのないベッドに寝かされていて?そして、その自分のすぐ真横にシリーが寝ている!?
というか。目を覚ます直前までお互いの身体がかなり密着してたよね?そうでなきゃ、頭突きという技はヒット、しな、い…………
「え!?この状況、まさかいきなりの事後!?」
そういえば!色々と訳知り過ぎるあのアーシェさんは、過去にこう私に物申されていた。ーー「あの子は貴女を騙して油断させておいて、そのうち無理矢理にでも自分の王妃に据えるつもりだから!」ーーと。
ーーッ無理矢理にでも王妃って、つまりはこういう事ぉぉぉ!?
「ちょっとぉ!サイドテーブルの燭台なんて手に持って何するつもりよ!?」
「何って、このムダに天使像な持ち手の陶器部分を叩き割ってその破片で自決しようかと思って!あのねシリー、知ってるかな?悲劇や悲恋小説なんかでお決まりの“舌を噛み切る”とかいう貞淑な乙女の自決方法で実際に人は簡単に死ねないんだよ?要は血が喉に詰まる事による窒息死が死因なわけで成功率は全然高くないし自力で首絞めて死ぬのも頭を強打しての撲死も相当の覚悟と気合いとおまけに人並み外れた怪力までいるの!首つりも飛び降りも監視の目があれば難しいしだったらここはやっぱり即断即決で刃物類を使っての首の頸動脈切断による大量失血死が一番確実で最善、ーーねえ、そうは思わない?」
「思わないッ!息継ぎほぼなしでとんでもない事言うわね!ああもう!食器も燭台も安易に置いとけない!」
これから死ぬのに酸素はいらん!そして叫びたいのはこっち!
前世の事とはいえ知らぬ間に既婚者だった上に、また更に!うら若き乙女にとっては死よりも屈辱的な恥ずかしめを受けようとは……!
ーーフレイ君!婚約者でありながら純潔を死守できなくてごめんなさいっっ!!
「もはやこうなった以上!二度と合わせる顔がありません!不義理者のこのユーフェリア!今すぐ死んでお詫び致しまっ、ーーッ痛!」
「はいはい。ユーフェ、ちょっと落ち付きましょう?誘拐しといて何だけど、意識のない女性に無体を働くほど私も腐ってはいないわ。大丈夫、一緒に休んでいただけで貴女には指一本触れてやしないから、ね?」
頭にチョップを食らった。なんか地味に痛いぞ!
そして相変わらずそんなフレンドリーな態度を取ったって、この仕打ちは絶対に赦すまじ!サクッと自決した後は、夜な夜な泣きながらシリーの枕元に立っ…………
「ん?あれ?せ、制服のままだ私。ボタンもしっかり留まってる」
「ええ。因みに私も制服のままよ?ご理解頂けたのならそれは放してね」
「あっ!」
気が緩んだ隙に燭台を取り上げられた!自決はともかく、現状での唯一の私の武器がっ!
「はあ、びっくりしたわ。ユーフェって、そこまで過激で潔癖で貞淑なタイプだったのね……。うーん、昨日はちょっと魔力を使い過ぎて色々と限界だったのよ。国境を越えてすぐの町に予め帰国用の転位陣を用意していたんだけれど、あれは膨大な魔力がいるでしょう?だからこの部屋に貴女を運び込んだはいいけど、もう動くのも億劫でついそのまま一緒に寝ちゃったっていうわけ。……でも変ねえ、予想したよりも多くの魔力を消費したわ……まさかネズミでも紛れ込んでたかしら?」
くっ!その時が逃亡のチャンスだったのかも!?何で寝てたんだ私!
「本当に、何もされてないのね?絶対に?嘘じゃない?」
「え?身体が何ともないとかで分かるでしょう?」
「そうなの?ええと、経験ないから、よく分からない……」
素直にそう言ってしまったら、目を有り得ないくらいまん丸くしたシリーはやがて口元を手で覆って下を向いてしまった。
……マヌケ過ぎて笑ってるのか、そうか、そうなのか。
「でもっ!だったら馬車の時と同じように、その辺の床に転がしておいてくれれば良かったのに!大変申し訳ございませんが、もし次の機会があれば是非そうして下さい!」
「ああら。この王宮の敷地内で、仮にも将来は王子妃になる女性にそんな扱いはできないわね」
「お、王子妃!?」
そ、それは多分、フレイ君の妃という意味では……ないよね?
ーーああ。これはいよいよ、本当にアーシェさんの言葉通りの展開に……
「そんなの、冗談でも嫌!ーーねえ、シリー、ズバリ聞くわ!貴方はやっぱりイエニスの王族なの?今まで名乗っていた、トライアルト王国の王子のシルヴェスト、なんかではなく?」
「まあ?どうして私がイエニスの王族と………いえ、ああ、うん、そうね。ユーフェですものね。近隣諸国にも広く知れ渡る“高貴なる知の姫君”、その聡明かつ偉大なる慧眼、ーー大変恐れ入ったわ」
え?そこはアーシェさんからの情報なんだけど。ま、いっか。情報の出所を詮索されても困るし、ここは恐れ入っててもらおうか。
しかしその直後。逆に恐れ入らされたのは私の方だった。急にシリーは、それまでの明るく気安い雰囲気をガラリと変えたのだ。
「ではいい加減、この辺できちんと名を名乗っておこう。ようこそ東の最果ての国へ。エルドラシア王国の王女ユーフェリア姫よ、私の本当の正体はユージリーン・アド・イエニス。この軍事主義国家、イエニス王国の第一王子だ」
「!??」
あ、あれ?シリーの、口調が………
唖然と固まる私を前に、感情の一切読ませない不思議な微笑を顔に張り付けるシリー、あ、ううん?ユージリーン王子、だっけ?
ーーでもそれは僅か数秒の事で、再び彼はパッとその身の気配を元に戻す。いつもの、明るくてお喋り好きな、あのシリーに。
「やっだあ!ユーフェったら、そーんなにびっくりしちゃって!こっちではこういうカンジになる時もあるから、これから適当に慣れていって頂戴ね!」
「こっちでは、こういうカンジ……?」
「そうそう。まあ、それでこうしてわざわざ貴女を攫った理由なんだけど。うーん、ちょっとその話は長くなりそうだから、その前に侍女を呼んで身支度を整えさせましょうか?お互い学園の制服のままで着替えたいし、ついでにお茶とお菓子も用意させるわねー」
朝からお茶とお菓子……?
真意も本性も全くこれっぽっちも掴めない彼、ユージリーン王子は、サイドテーブルにあった呼び鈴を鳴らてそのままドアの方へと向かって行った。恐らく彼も着替えをしに行くのだろう。
扉の鍵がガチャリと締まる音と共に部屋に一人っきりになった途端、寒くもないのに身体中がガタガタと震え出してきた。
「こ、恐い、恐いよ。……あれは誰なの?私が今まで知っていたシリーは、やっぱりその全てが嘘で作り物、だった……?」
不安の余り、ふらふらとさ迷うように部屋をぐるりと見渡す。
音が反響しやすい、壁が緩やかに曲線を描いている。窓はやや高い位置にあり、そこからは無機質な空しか見えなかった。
「ここは、塔の中……?」




