僕と奪われた月と願い星7
ーー国境を越えてからどのくらい時間が経ったのだろうか?
流れる景色の後ろには昇る月と沈みゆく太陽が同時に見え、茜色に照らされて暮れなずむ道の先には、ーーー
「エルディ、前方に小さな村が見える。もうじき日が暮れるし、道中を急ぐといっても休憩か宿泊に必ずあの村に立ち寄る筈だ。この馬車が止まったタイミングを見計らって、一か八か襲撃しよう」
「うーん……それでユーフェ嬢の奪還が仮に成功したとしても、その後、敵の手から彼女を守りながらエルドラシアまでどうやって帰還するの?フェリルがいれば別だったんだろうけどさ」
「フェリル、は……きっと無事だ。今はそう信じるしかない。帰還手段に関しては馬車のうちの一頭を奪い、それに姉上をお乗せして、」
「いや、だからその奪った馬は誰が手綱を取るの?ユーフェ嬢って、乗馬はできなかったよね、確か?」
「うっ………」
先ほどから幾度も繰り返される不毛な会話のやり取り。
この馬車の屋根をぶち抜いてそのまま下に落ち、敵が驚いた隙を狙って囚われの姉上を保護。あるいは馬車の進行方向に障害物を仕込み、乗り上げて立ち往生したところへ襲撃する。他にも少々危険だが、火を使って強引に中からあぶり出すなど……
だが、それらの方法はどれをとっても例外なく、奪還成功後は素早くその場から離脱する“足”が必須となってくるのだ。
僕とエルディはその度に互いの姿を上から下まで見下ろし、何度目かになる深いため息を吐いた。
「というか!何でフレイ殿下までミニサイズになってんの!まあ、おかげで僕が変幻した鳥の背に上手く乗っけれたわけなんだけど!それ、自分でやったんじゃなかったんだ!?それにこの馬車の屋根に乗り付けた瞬間、鳥の姿から勝手にまたミニサイズになるって、一体どういう事!?」
「いや、自分に心当たりはない。しかし、驚いたな。エルディ得意の転位魔法は実はちびエルディバージョンでは使えないとは」
「違うよ!使えないわけじゃなくて!身の丈の5倍の大きさか重さまでなんだよ!だからユーフェ嬢はムリ!そして謎なんだけど、今はどうやってもこの変幻が解除できないーっ!」
「くっ!姉上のこんな傍近くにいながら何ともどかしい!……あのガドゥラケルなら、奴ならばきっと何とかしてしまうのだろうに……」
「……ああ、う、うん。そうだね、あの人ならね……」
元を辿れば何故そのガドゥラケルと分断されてしまったのか?
確かに正体不明で限りなく胡散臭い奴だが、あの大精霊の転位陣は一体何の意図あって彼を……と考え込んでいると、目の前のちびエルディが奇っ怪な動きをしていた。
トントンと片足を踏み鳴らしたり、両手をパパパン!と叩いたり突き出したり……ん?最後にはこてんと首を傾げた、ぞ?
「あれ?ヤバい……何か変だ。魔法が上手く発動しない?」
「!?ーーっそれもちびエルディだからか!?」
「だからその“ちびエルディ”ってのやめてくれない!ーくっ!“ちびフレイ殿下”は余りにも語呂が悪すぎて言いづらい!ええと、ちび王子殿下、ちびフレっち殿下、ちび友殿下、ううーーん……」
「エルディ、今はふざけている場合ではない。魔法は、ーーああ、使えないわけではないのだが、確かに安定が難しいな?これは無効化の魔法が掛けられている?」
「……………無効化、だけど、あっ、そうか!この波動は秘宝のそれだ!“惶竜”のガルティアから分け与えられた神力で、ルーティンパネルカードⅧ番の“法王の錫杖”!きっとあれに間違いない!あれはあらゆる効果・攻撃を無効化してしまう秘宝なんだ!」
あらゆる効果と攻撃の無効化!?
そんな凄い力の秘宝もあったのか!それがこの馬車から……つまり、あの偽者のトライアルトの王子が所有しているかもしれないと……?
しかし、エルディは秘宝について随分と詳しい。先ほどのヒースクリフ王の亡霊もどきに「アゼル」と呼ばれ、旧知の友のように彼と会話をしていた件も気になる。込み入った複雑な事情がありそうだが、尋ねても素直に教えてくれるのだろうか?
例えエルディが何者であろうと、幼き頃からの僕の大事な友である事に何ら変わりはない。実は彼が人でなく人外だと告白されても、僕は決して動じずにありのままを受け入れよう!
「実は月の大精霊だって」
「なッ!そそそ、そんな馬鹿なッ!??」
「え?」
「は?」
あ。何かとんでもない誤解をしたようだ。
「ええと?魔法は使えないけど、僕の持つルーティンパネルカードⅦ番の“魔境”は使用可能だったから、その道しるべの精霊の思考を読んでみたんだ」
「え?秘宝の力も無効化されてしまうのではないのか?」
「“魔境”は神竜最強の覇王竜の神力を籠めた秘宝だよ。これだけは別格だね。惶竜よりも覇王竜の方が格上って事」
「覇王竜が神竜最強故に秘宝の力も別格……なるほど、君の友人は凄いんだな」
「いや、秘宝に実際に神力を籠めたのはそのはーちゃんの後継となった次の覇王竜で………ううん、えーと……それで君のブレスレットに宿った精霊が、自分は月の大精霊なのじゃ!ーって、宣言してるんだよ。君の母君は、それはもう大変凄いお方を道しるべなんかに寄越したもんだね。月の大精霊って、確か精霊の頂点に立つとされる四大精霊のうちの一人だよね?」
ーー月の大精霊!?この組紐ブレスレットに宿る精霊が!?
「母上、正気ですか……そんな高位の存在を、まさか僕などに遣わすなんて。貴族の義務で産んだ遺伝上の息子に、貴女がそこまでしてくれる理由が全く分からない。そして、その見返りに一体どんな代償を支払ったというのです……」
精霊を動かすにはそれなりの対価が必要だ。それも大精霊、今回は特に大掛かりな転位陣も使われている。それにどうやら、ただ真っすぐに姉上のもとへ道案内してくれている、というわけではなさそうで。
「エルディ、この月の大精霊というお方に、ガドゥラケルをどこへ転位させてしまったのか尋ねる事は可能だろうか?それにこの変幻も、恐らく大精霊の仕業なのでは?」
「うん、もうすでに聞いてるところなんだけど………」
エルディの表情がどんどん曇っていく。
「まず、ガドゥラケルって人には聖女様を迎えに行かせたって。敵の大元を倒すには聖女様のお力がどうしても必要になってくる。本来、奴に対抗できる筈のヒースクリフがあれだからね……」
「聖女を迎えに……?」
「あと……このミニサイズ化だけど、君の言う通りでその月の大精霊の仕業だ。ここでユーフェ嬢を奪還しても、根本的な解決にはならない。だから、ああ、そうか、そういう事だったんだ……このままだと、ユーフェ嬢は、彼女は、ーーー」
エルディ?ユーフェリア姉上が一体どうしたというのだ?
一刻も早く敵の手から彼女を救い出して差し上げたいのに、その為の道しるべだというのに、何故それを邪魔するような事を……?
しかし、エルディは姉上に関してそれ以上の言葉を語ろうとしない。
「ねえ、フレイ殿下、僕が王宮からフェリルを引っ張って来る間に、新たな秘宝を一つ手に入れたんだって?あのガドゥラケルって人から与えられた、ルーティンパネルカードⅥ番の“月と星”で、合ってる?」
「あ、ああ。その通りだ。何故か不意にガドゥラケルから手渡された」
「そう、それはね、“星”が願い事を聞いて、“月”がそれ相応の対価と引き換えに願い事を叶えてくれるというもの。願い事が大きいほど求められる対価も大きく、願う者にとって特に重要なものを要求される。そういう秘宝なんだ」
「それは、とても恐ろしいな……」
人の欲など際限がない。願い事を叶えたところで、その見返りに恐ろしい結末を迎えてしまいそうだ。
「フレイ殿下、君の母君もユーフェ嬢の母君も、その秘宝を使ったらしい。君達の為に。ーー君には、それだけの覚悟がある?」




