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IQが高い転生お姫様は穏便に隠居したい  作者: 星船
囚われのお姫様編
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僕と奪われた月と願い星6


 王立学園の敷地内、その北の端には小さな聖堂が建っている。

 

 見上げるほど高い天井部分には、太陽の光を受けてキラキラと七色に輝くステンドグラスが誂えられており、今日のようによく晴れた日には聖堂内部をとかく燦然と美しく照らしつけ、訪れる生徒らを荘厳で神秘的な空間へと誘っていた。

 けれど学び舎の校舎からやや遠く離れたこの建物に、何かと忙しい貴族子息令嬢達がわざわざ足を運ぶ機会は滅多になく。今も女子生徒がポツンと一人、膝を突いて祈りを捧げているのみであった。

 

 珍しいさくらんぼ色の髪に愛らしい桜色の瞳と唇。

 誰もが一度は振り返るほど可憐で清楚なその少女は、授業後にはいつも決まって一人でここで時間を過ごしていた。

 

ーーしかし、今日はその静寂な祈りを妨げる来訪者が………

 纏う空気もその容貌すらも精霊と見孫うほどの、異質で美しき麗人がその少女を訪ねてやってきた。

 


「ヴィーナ、久しぶり。私が、ミュゼットが分かる?」

「えっ……ああっ、貴女は……!」


 祈りの手を解いた少女は驚きに大きく目を見張る。

 思い出した、今まさに、少女が求めていた記憶の最後のピースがパチリと埋まったのだ。


「私は……ううん、うちは、そう、うちは、ルヴィーナ・ミシュレ、なんかじゃない……!本当のうちは“聖女”で、この王国の……」

「その麗しきご尊顔、ここに再び拝謁賜りまして、至極、光栄の至りと存じます。ーーオルヴィナ王妃殿下」

「!?」


 ミュゼットと名乗った麗人はその場で深くその膝を折り、貴族が王族に対してのみ行う最上礼の挨拶をした。

 

 それも当然。何故ならば目の前のこの少女こそが、自分よりも正しく上位……実は12年前に病で身罷われたとされる王妃、その人、本人に違いなく。

ーーそう、エルドラシア国王のオルヴィナ王妃殿下なのである。

 

「ーーっ!ミュゼット殿下、うちはもう、王妃なんかじゃありません!」

「ミュゼットも、もう王女ではない。どうぞ、ミュゼットと。」

「どうかお止め下さい!そのように礼を尽くされる資格なんて、うちにはもうない!だって、うちはっ!」


ーー逃げた。過去、少女は全てから逃げ出した。

 女性ならば誰もが一度は羨望する最高の幸せをこの手にしながらも、手に入れたその後、少女にとって何が大事で何が本当に必要なものなのか、分かっていた筈なのに分からなくなった。


「勘違いをしていました。ずっと、思い違いを。うちはここをゲームの世界だと、知っている物語の世界だと勘違いしていたんです!アーシェさんが、アーシェさんがそのようにうちに暗示をかけてくれていたんですっ……!」

「アーシェ……それはあの、古き言い伝えの13の神竜がうちの、紡竜つむぎりゅうのアーシェ?」

「…………」


 少女は無言のまま天井を見上げた。

 されど、その顔に以前はみられた暗鬱さも空虚な狂気すらもなく、ただただ、何もかもから解放された、通り過ぎていった果ての表情があった。もういいのだと、もう全て終わった事なのだと感じていた。


ーーふと。少女の脳裏にはあの“彼女”の姿が浮かんだ。


 紡竜アーシェが紡いだ道筋シナリオでは、ヒロインに立ちはだかる悪役令嬢として存在する予定だったあの“彼女”。だが、実際この王立学園で出会ってみればそれは全くのミスキャストだった。

 どうやら本人はまるで無自覚らしいのだが、その魅力と存在感と周囲へもたらす影響力が常に凄まじく。その言動や行動の一つ一つがことごとくがはた迷惑な台風の目。ーーまあ、それもその筈。


「一国の王女がスコールに濡れ暴風雨に晒されて、それでも森や谷底を全力で駆け抜けるって、それってどうなんです?郊外授業なんかをそれはもう楽しみにしてて、郊外先の下調べは有り得ないほど万全だわ、差し入れの手作りお菓子まで準備してたっけ……」


 聡明さの使い所が間違ってる、そして頭脳がそれほど優秀なくせに、意外と好んで体当たり派だ。意味が分からない。


「でも強い。彼女は眩しいほど凛然として強い。アーシェさんが創造した世界のあらすじを、全て台なしのめちゃくちゃに上書きしてしまうほど“彼女”個人が強い。いじめられて酷い悪口を言われても、あっという間に立ち直っちゃうし、ホント、さっさと逃げ出したうちとは大違い!」


 だからこそ、誰も彼をもが彼女を放っておかない。

 それこそが奇しくも物語に語られるヒロインの定義で絶対の条件。

 

「ーーでも、でもだからこそ、そんな彼女を見てて思ったんです。うちにもまだ、できる事があるって……!」

「うん。この世界には、今こそ“聖女”が必要。」

「これで少しでも罪滅ぼしになれば、うちには願ったりですよ!」

 


ーーさあ。過去の全てを捨てた少女には、もう恐いものなんてない。

 降板ヒロインにも、まだやれる大事な役目が残っている。



「“闇竜”に対抗するには、対となる“光竜”か、または光属性の“聖女”のみ。」



 だから、うちは行く。ーー“彼女”を助けにーー



 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇





ーーばら撒かれた青い煙によってフェリルは大地へと墜落していく!

 

 鋼のような固い背に必死にしがみついて苦しむフェリルに治癒魔法を掛けつつ、同時に防御魔法も展開させる!小飛竜の肉体は強固、この高さと速度で墜落してもまず死にはしないだろうが……しかし、吸い込んでしまったあの青い煙が気になる……!


「フレイ殿下!落下予想地点に衝撃を抑える気流の渦を発生させる!君自身にも防御魔法と跳ね返った際の受け身の準備をして!」

「エルディは平気か!?」

「誰に言ってんの!いざとなったら鳥にでも変幻して回避するよ!」

『ーー鳥か。いっそ、竜に戻ってはどうだ?アゼル?』

「「!??」」


 急に割り込んだ第三者の声に意識を削がれる。

 こんな時に新手の敵が!?ーーと身構えるものの、すでにそこは別空間だった。

 

 急降下していく墜落の場面から一転、知らぬ間に白濁色の虚空の世界へと視界が切り替わっていたのだ。風も音も刻もない、匂いも温度も塵芥な生命すらも存在しない世界へと。



ーーけれどそこには、自分によく似た容貌の男の亡霊が立っていた。

 

 プラチナの髪に翡翠色の瞳、年齢がよく分からない。二十代にも見えるし、もっと何十歳も歳を重ねているようにも感じられた。

 その男に、肩先のちびエルディが激しく動揺する。


「うそ!えっ、ヒースクリフ……!?」

『あれは、あの姫を攫ったのは、闇竜メフィレスの手の者だ。アゼルのくせに気付かなかったのか?』

「ーーっあのさ!今の僕はエルディアスって名で、人間なんだけど!ていうかあれから何百年経ったと思ってんの!竜眼を失った竜がまだ生きてるわけないでしょ!信じられない!まだ君、そんな姿でさ迷って……!」


ーーヒースクリフ!?

 この亡霊の男が初代エルドラシア国王のヒースクリフ!?

 東の軍事国家イエニスの侵略に立ち向かった英雄王。史上最高の魔法師と謡われるアゼル・ギュンスターと共に解放戦争を起こし、何千何万もの民を救った傑物。エルドラシア王国の秘宝、ルーティンパネルカードを作った謎多き、あの……!


『世界が滅びる呪いを掛けたのだから、それを見届ける義務がある。そして何百年もさ迷っているわけでもない。これは“太陽の砂時計”を使った時間旅行。先ほどはここよりも20年数前の時間軸、アメリア女王の王宮に立ち寄っていた』

「それ、文句なしにさ迷ってるって言うんだけど?時間旅行する奴なんて、現実の幸せを放棄してるか気が狂ってるかのどっちかでしょ。代償は神竜として残った寿命の全てってとこだよね?」


ーー20数年前の王宮!?

 そういえばユーフェリア姉上とリュカが、過去の王宮で僕にそっくりな男に会ったと言っていた。あれはヒースクリフ王だった?


『姫の手料理をご馳走になって、今の俺はとても機嫌がいい。だから少しだけ君達に現在の情報を教えて上げよう。ーーまず、つい先ほど、エルドラシアの西の国境沿いからイエニス軍が侵略して来た』

「な!イエニス軍が!?」

『だが、キットソンの小飛竜の一個隊が偶然その周辺上空に居合わせ、また、地上にも王族護衛騎士、並びに彼らの協力を自ら願い出て加わった警邏隊員達がその侵略軍に遭遇し、あっという間に国境の外へと敗走させてしまったようだ。ラッキーだったね。王女捜索隊が本当の行き先の“東”ではなく、間違って“西”を目指していて』

「えっ………」

「か、彼らを西に向かわせたの、無意味じゃなかったんだ……」


 開いた口が塞がらなかった。

 自分の持つ絶対幸運のスキルは、そこまで見越して行くべき方位を西を指し示していたのか?スキルがレベルアップした……?


『あと……いや、もうこの辺でやめておこう。恋敵にこれ以上の塩を送るのはやぶさかではない。俺は彼女を絶望させ、そして殺したこの世界が何よりも憎い。新しく生まれ変わったのだとしても、あのミシェルはあの時、あの時代に永遠に俺の手から失われてしまったのだ。それに、このままでは姫は………』

「「!??」」


 ヒースクリフ王は話の途中で掻き消えた。

ーーそして世界は再び墜落の場面!なんて瞬間に放り出すんだ!


「くっ!フェリルは無事を祈るしかない!フレイ殿下!背に!早く乗って!」


 言った通りに鳥になったエルディが、落下する僕をそのくちばしで摘んでその背に放り投げる!ーーっ有り難い!しかし、さっきまでのちびエルディのように、この自分の身体のサイズも小さくなっている気がする!?


 その証拠に。

 やがて追い付いた馬車がまるで巨大化したかのように大きい。

 そしてエルディと僕はその馬車の上部に乗り付け、そのまま身を潜ませてエルドラシアの国境を越えた。


 



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