僕と奪われた月と願い星4
「この精霊が、道しるべ。共に連れて行きなさい。」
膝下までゆるやかに届くプラチナの髪に翡翠の瞳。
僕と同じ色合いの容姿を持つ母ミュゼットは、未だその外見がどう見ても二十代前半にしか見えず、いつも不思議な言動と理解不能な行動を繰り返す為、周囲の人々には“精精姫”と呼ばれている。
仮の王子身分を得る前は同じセヴォワ公爵邸で暮らしていたものの、そんな浮き世離れした性質の母は基本的に余り誰とも喋らず、その表情も自分の知る限り磁器製の人形のように不変。
息子から見ても何とも掴めない女性、といった印象の人だが………
「母上っ、「道しるべ」とはまさかっ!ーーッつう、これはッ!」
「そのキラキラブレスレット、愛情と魔力がなみなみ籠ってる、だから精霊、そこに入った。」
あ、愛情……!誕生日の贈り物として姉上からプレゼントされた彼女手作りの組紐ブレスレット。嬉しさの余り就寝時も肌身離さず左手首に身に付けるそれに、一瞬だけビリッとした衝撃が走った。
ーー道しるべの精霊が、この中に入った?
「もしかして、精霊がこの僕に姉上の居場所を教えてくれるのですか?」
「そう。けれど移動しているから、早く追って。」
母の言う通り、左手首に何らかのエネルギーを感じる。
今は何であろうとも縋りたい心境!「精霊よ、どうかよろしく頼む!」と試しに心の中で念じてみると、一筋の光がブレスレットから発生して西方面へと真っすぐに伸びて行った!
朝霧のような細かな粒子が光を反射したそれは、まさに神秘的な精霊の存在を物語っていて。憚りながらもまるで天からの加護を得たような光景だった。
ーーなるほど。この光が姉上に通じる道しるべか!
「母上!有り難く使わせて頂きます!ーーよし、エルディ!直ちに学園校庭に僕の小飛竜を連れて来てくれ!」
「任せて!小飛竜とついでに君の装備一式も引っ張ってくる!」
言い終えるや否や、その場から忽然と消えるエルディ。
ーーけれどそのタイミングで……!
「あーっとぉ!待って待って!ちょいと待って下さいよぉー!俺からもありますからね!はなむけの餞別ってやつが!そして心配だから、俺も小飛竜で殿下のお伴をしますから!」
「背中でうるさい、ガドゥラケル。」
「は?ガドゥラケル……!?」
今まで気配を消していたのだろう。母ミュゼットの後ろからピョコンと姿を現したのは、あの神出鬼没で正体不明の風避け兜の男。
時に姉上や僕の近衛騎士としてどこにでもシレッと紛れ込み、小飛竜を自由自在に操っては姉上を見惚れさせ、大槍を持てば千軍万馬の戦いっぷりを見せつける。
確か前回その姿を見せたのは、アルバートの応援で駆け付けた騎士訓練学科の新入生歓迎模擬戦トーナメント会場…であったか?
「…………………」
「ちょっとぉ!その不審そうな顔は何なんですか!やあまあ、今までの俺はどう考えても不審で胡散臭い男でしたけどぉーー!でもですね、俺だって赤ん坊の頃から知ってる姪っ子ちゃんと甥っ子ちゃんはそれはもう超絶可愛いんです!定期的に顔見たくて、たまーに護衛騎士として紛れ込んじゃったりするくらいにはね!」
「は!?誰がおまえの姪っ子と甥っ子だ!?」
思わず顔を顰めれば、盛大に意味不明な文句を浴びせられた。
ーーおい、今はそんな場合ではないのだが。
「フレイ、ガドゥラケルは信用していい。一応は。多分。きっと。」
「一応って、多分って、きっとって、それ何なんですかあああ!?俺もう拗ねちゃいますよ!あー、さては拗ねてるのはミュゼットさんの方でしょう?」
「む。私が何に、拗ねる?」
「だって俺の方がたくさん会話してますもん!そして俺が今までに何度もフレイ殿下と一緒に小飛竜に乗ったりしちゃったから!……あれ?もしかして俺、姪っ子ちゃんよりも親密度高かったりして?ええっ、ヤバい!考えたら俺とフレイ殿下がっ、今のところ一番ラブラブなの!?」
「誰と誰がだ!!僕はユーフェリア姉上だけで!彼女以外とは絶対に、一生涯、誰とも親密度は上がらない!天地神明に誓って!彼女だけが、僕のっ、」
ーーはっ!!えっ!!
ななな何を言ってるんだ!こんな時に、僕はっ!
「一生涯か。私に似て愛が重い。……ガドゥラケル、どうした?」
「ミュゼットさぁぁん!いやだってなんかもうさ!聞いちゃったこっちの方が赤面ものッスよ!ひゃあー、うぶいわー、清いわー、青ずっぱいわー、汚れた俺、キラッと漂白されそう……!」
「……………………」
「うああー!待て待て!だから待って下さいってば!ーーあの!おちゃらけ過ぎました!すみません!ごめんなさい!もうしませんから!」
「ガドゥラケル、何度もうるさい、ぺちっ。」
「あたっ!あー、やー、うん。ちょっと、一度仕切り直しましょう……」
こんな頭がお花畑に今は付き合ってる場合ではない。
無視してその場を後にしようと踵を返したのだが、一瞬で回り込んで目の前に立ったガドゥラケルは、次に懐からとんでもないものを取り出した。
ーーというか!なんて素早さだ!やはりただ者ではない!
「あー、コホンッ!攫われたお姫様を救いに行く物語のような王子様に!このガドゥラケルからささやかな餞別でーす!はい!ルーティンパネルカード、差っし上げまーす!」
ポンッと軽いノリでそれは手渡された。
零れるような満天の星空の中に、輝く白い月が描かれたパネルカード。手の平サイズの、既に一枚所有しているそれは、ーーー
「何故おまえがルーティンパネルカードを!?偽物か!!」
「いやホンモノです!ちゃんと神竜の力籠めましたから!御利益バッチリありますから!えぇー、信用して下さいよぉー!」
「誰が信用できるか!こんな時に一体何の冗談だ?」
ルーティンパネルカードの、ーーⅥ番の“月と星”!?
ーーいいや!こんなもの、本物である筈がっ………あっ、だが、あれ?え?……な、何となく、正真正銘の本物、な、気が、する……
「フレイ、私が保証する。それはホンモノ。」
「了解しました。それでこの秘宝にはどんな恩恵の力が?」
「即肯定ですか!差が!信用度の差が!俺、どんだけ信用ないんっスか!」
むしろ、何故信用があると思えるんだろうか?未だに兜を被ってて一度も素顔を見せない男なのに。その兜、いつもいつも気になっていのだが、見えにくくて息苦しくはないのだろうか?
……まあ、ミュゼット母とは意外にも親しいようだが。
ーーそこでしかし、転位していたエルディが戻ってきた。
「フレイ殿下!まだここにいたの?君の小飛竜のフェリル、もう校庭に待機させてあるけど?」
「!、ーーすぐに出立する!そういえばエルディ、君はどうする?」
「僕も君のフェリルに乗って行く。いつものように肩に乗せてよ」
「あのちびエルディになるのか?」
「そのマヌケなネーミングやめてくれない?小飛竜の「フェリル」も誰かさんの名からもじったもの………あれ、この人、どこの誰?」
「通りすがりの隠密騎士でぇーす!怪しくないのでよろしくね!」
「隠密騎士?本人がそれ言う?ーーまあ、いいや。えいっ!と!」
エルディは魔法で自分の身体を小さくした。
変化の魔法の一つで、これまでにもお忍びで使った事があるのだが、実は単純に小さくなるわけではなく……
「か!可愛いーーーっ!殿下のお友達がっ!三頭身のお子ちゃまになっちゃいましたよ!?」
「うるさいな!こういう魔法だから仕方ないの!」
「時間の無駄だ。いくぞ、エルディ!」
「あ!だから俺も行きますってば!待って下さーーい!」
僕は小人のようになったちびエルディを肩に乗せ、準備もそぞろに校庭で待つ小飛竜のフェリルで西へと飛び立った。
この小飛竜は数年前にキットソン候爵領で買い付けた個体で、まだ若いが賢く身体能力も高い。そういえば、何度かユーフェリア姉上を乗せて王都まで走った事もあった。
ーーその彼女を救う為、どうか頑張って速く飛んでくれ!
「へえー!いい小飛竜ですね!首の付け根と足首が頑丈で太い!そいつ、きっと強くて大きくなりますよーー!」
一体どこから呼び寄せたのか。もう一騎、壮年の小飛竜に跨がったガドゥラケルが、僕の後にピタリと追従していた。




