僕と奪われた月と願い星3
「ユーフェリア殿下は本日無人であった筈の西棟校舎の保健室、その救急搬送用の通用口から連れ攫われたようです。隣国トライアルト王国の留学生、シルヴェスト殿下とユーフェリア殿下のお二人が、4限目の授業後に一緒に西棟校舎へ向かうお姿を目撃したという情報がありました。現在、そのシルヴェスト殿下も所在不明との事で、共に誘拐された可能性が、」
「いや!そうではない、何を言う!」
ーーまるで見当外れな彼の見解を僕は否定の言葉で遮る。
何故この期に及んで彼を、あのシルヴェスト王子を被害者だと思うのか?
今のところ自分と横のエルディくらいしか、あの男の得体のしれぬ怪しさに気付いた者がいない、その事に正直苛立ちが募るばかりだ。
「彼の姿がなくて当然。そのシルヴェスト王子が姉上を攫った誘拐犯だ。まだ確定的な証拠はないが、自分はそう確信している」
「!!っ、ーーで、では!シルヴェスト殿下がご使用されていたロッカールーム、並びに滞在先宿舎の取り調べのご指示を!行き先の手がかりが掴めるやもしれません!それで万が一、国際問題に発展した場合の責はこの私が請け負います!」
ローラントは自らの首を差し出す覚悟で訴えてくる。
守るべき主をまんまと誘拐される、という護衛騎士としてあるまじき失態を晒したのだ。彼は自分で自分の事が赦せないのだろう。
ーーしかし、それはこの自分も同じ気持ちであった。
嫉妬心云々を抜きにしても何故か無性に気に入らない、極力姉上に近寄らせたくない、出会った当初からそのように感じていたシルヴェスト王子だが。それでも一国の王子がまさか、この学園内で真っ昼間から友好国の王女を誘拐、などという前代未聞の暴挙に出るとは……
こうなると、“隣国トライアルト王国の第七王子”、という彼の身分そのものが全くの嘘八百で偽証である疑いも出てくる。
ーーいや、もしかするとそのトライアルト王国自体が、このエルドラシア王国に宣戦布告の意を表した可能性も……?
ーー事件の発端は本日の昼食後。
紫陽花が美しく咲き誇る中央棟の中庭で待ち合わせをしていたユーフェリア姉上だが、約束の時間を過ぎても彼女はその姿を現さなかった。エルディを捕まえて姉上の所在を魔法で探索してもらったところ、すでにこの王立学園の敷地内にはおられないという返答。
あれだけ身辺には気をつけるよう言い含められていた姉上が、誰にも相談も連絡もなしに自らの意思で王立学園の外へ行かれるわけがない。また、エルディが手渡したという居場所を検索可能な魔法アイテムが、今は無効状態であるとか。
「……これ、昨日や今日思い立った犯行じゃないよね。犯行に使用された馬車なんだけど、どうやら実際に食堂の運搬用に使われている荷馬車、それそっくりに改造されていたらしい。それに当然の決まりだけど、それら業務用馬車の御者、あるいは同乗する業務関係者らがこの学園内に入ち入るには、アドロス学園長自らが履歴調査などの面接調査をした上で発行される通行許可証が必要で、それはほぼ100%偽造不可能なシロモノ。ーーこれについて、過去に紛失や盗難の届け出はあった?」
「ーーいいや。王立学園の警備責任者に問い合わせたが、現時点で発行されている通行許可証、その全てにおいて所在確認が取れた」
エルディの問いに、戻って来たアルバートが返答する。
緊急事態の連絡を受けて即座に授業中の騎士訓練学科から駆け付けてきた彼は、将来の自分の専属護衛騎士候補。その彼と自分の護衛騎士と姉上の護衛騎士、合わせておよそ二十人体制で今回の捜索と調査に当たっている。
じゃあ、どうやって王立学園に入り込んだんだろうかと、エルディが犯行現場である保健室内をぐるりと見渡しながら口にする。
「何と言うかさ、今まで執拗にこの機会を伺っていた、ってカンジだね」
「……ああ。用意周到かつ準備万端にして、油断しきった姉上が単独で人気のない場所に行かれる、そのチャンスをずっと狙い澄ましていたのだろうな」
でなければ、こうも手際よく人を誘拐する事は難しい。
姉上が非力でか弱い女性であるにしろ、魔法を使って抵抗するくらいの事はできた筈なのに、ここにはその形跡すら見当たらない。きっと突然意表を突かれ、何らかの方法であえなく無力化させられたに違いなく……
ーーくっ!姉上は果たして今、ご無事なのだろうか!?
もしも姉上を単に営利目的で誘拐しただけでなく、彼女に直接危害を加えるような事があれば!
ーーッ、自分はあの男を決して赦さないッ!!
「姉上は西だ!エルディ、王城から僕の小飛竜を転位させられるか!?」
「人だったら僕と一緒に5人まで、小飛竜は一体くらいなら大丈夫!」
「ならばすぐに連れて来てくれ!姉上は自分がこの手で連れ戻す!護衛騎士も騎馬にて西方面を捜索せよ!ローラントは国王陛下にご報告の後、シルヴェスト王子の周辺調査に当たれ!」
「フレイ殿下!西ならばうちのキットソン候爵領の方角です!急ぎ出立可能な小飛竜を向かわし、捜索協力を要請できます!」
「有り難い!だが、今回攫われたのはユーフェリア姉上で未婚の王女。ここにいる護衛騎士も含めて全員口止めを徹底せよ!」
「「「ーーはッ!御意にて!」」」
逃亡先の選択肢も有力情報も全くないこの状況下では、絶対幸運のスキルでは方角しか特定できない。取り敢えず西方面に飛びながら、幾度もその都度、細かく居場所を特定していく……!
ーーまだるっこしいが、今はこれしか方法はない!
「あっ、待って!今、詳しい地点を検索してもらってるから!」
「!?、ーー居場所を検索可能というエルディ作成の魔法アイテムは、今は無効状態ではl?」
「うん。外されたのか、今はしっかり無効状態だね。でもそのくらいの事態は最初から想定内なんだよ。嫌がられると思ってユーフェ嬢には言ってなかったけど、あれは一度身に付けると外した後もマーキングは数日間は有効にしてある。でも現在はそれすら「解除」されたのか「無効」状態、ーーなるほど。この事実とキーワードで敵の手口と切り札が分かった」
切り札?ーーそう呟いてエルディは不敵に笑い出す。
「今回の犯行に使われたのは間違いなく、ルーティンパネルカードⅧ番の“法王の錫杖”だ。シルヴェスト王子はその秘宝の所有者であり、あらゆる魔法効果・攻撃を直ちに無効化する力を持つ。ーーだったらね、この王立学園の厳重警備体制を、彼が無効化できたのは当然って事。警備手段の幾つかが警備員らの人の手によるものでなく、高レベルの魔法システムであった事が逆に災いしたんだ。通行許可証は通用門で自動スキャンされる仕組み。つまり、偽物の通行許可証を事前に用意していたのではなく、これらのシステムを秘宝を使って無効化したんだ。無人で施錠されていた筈のこの西棟校舎、ユーフェ嬢を誘い込む為にここを開錠してセキュリティが反応しなかったのも、全てが「解除」状態であったから。しかもそれを一切察知されずとは、ちょっとヤバいね」
ーー“法王の錫杖”を、ヒースクリフ王のルーティンパネルカードを、あのシルヴェスト王子が所有している!?
「秘宝を使ってそんな事が可能と!?しかし、ルーティンパネルカードは初代エルドラシア国王が王国の為に作ったもので、建国記にも記載されているエルドラシア王国正規の秘宝だ。他国の者がその所有者となり、そこまで自由自在に使い熟せるものなのか!?」
「違う、そうじゃない。思い出さないの?」
「??」
エルディはその瞬間、目の前の僕を通り越して別の誰かを見るような瞳をした。懐かしむような、酷く哀しむような表情を………
「秘宝はそれぞれの神竜の力のほんの一部で欠片。力はただ、力でしかない。それでエルドラシア王国を、ーーいいや。世界を守る為に使うも滅ぼす為に使うも、ヒースクリフ自身が特にそれを制限せずにパネルカードに封じた。だから、選ばれる所有者は王国内の者とは限らない」
「秘宝が……世界を、滅ぼす……?」
………何を、エルディは言ってるんだ?
世界を滅ぼす?しかし、秘宝は王家の呪いを解く為に集めていて、そんな恐ろしい力があるなんて聞いていない。
第一、エルディは何故そんなに秘宝について詳しい?
「まあ、そういう可能性もあるって頭に入れておいて。ーーところでフレイ殿下。今回のようにあらゆる魔法が無効化されてしまう場合、その相手と直接やり合うにはどう対処すればいいと思う?」
「!?……その程度で怯むわけにはいかない!魔法に頼らずとも魔法以外の、剣術や武術と戦術にて全力で対抗する!」
「ーー半分、不正解。フレイ、精霊を、この私を使いなさい」
「え!?」
場違いな鈴を転がすような華奢な声が耳朶を打つ。
そして意外な人物がそこに姿を現した。
「母上!?何故、ここに、今……!?」
ーーミュゼット・セヴォワが。自分の母がそこに現れた。




