私と小飛竜の方だった王子様1
「うっかり拐かされないようお気をつけ下さいませ。」
「身の回りには厳重に注意して。」
「貴女はご自分が思っていらっしゃる以上に危険な身の上なのです。」
ここ最近、各方面から散々忠告されていた私だったが、まさかこんなにあっさり誘拐されてしまうとは。ああ、なんてチョロい王女……!
きっと今頃は心配させ……いや、そのうちの1名は確実に嘲りと侮蔑の目を向けるであろう光景が頭に受かんだが、自分の甘さと迂闊さ加減にもはや言い訳の言葉もない。
ーー警備厳重なあの王立学園の建物内からアッサリと連れ攫われ、荷馬車らしき乗り物にムリヤリ押し込められておよそ2時間ーー
後ろ手にロープできつく縛られた両手首が痛いし、ガタゴトと回転する車輪の振動と共に床板に打ち付けるお尻も、そろそろ看過できない悲鳴を上げている。くっ、なんてサスペンションの悪い車輪!
そんな境遇に投げ入れた張本人に目を向ければ、角にぎゅうぎゅうに積み上がった穀物袋の間にそのスマートな長身を器用にねじ込んで固定させ、とてもアンニュイ(私にはそう見える)な姿勢で荷馬車の揺れを軽減させている。ーーなるほど。エレガントな美形青年の見た目に反し、こういう正規でない移動手段に相当慣れていらっしゃるようで。うん、ちょっとイラッとしてきたわ。~~っだって!私の近くには固いだけの大壺と酒樽しかないんだぞ!
「シリー、私にも何かクッションになるようなものはないの?虜囚の身だとしても、自力で歩けなくなれば扱いが面倒になるのはそちらだと思うわ。そんなわけで、私は最低限の待遇を要求します。」
口に巻かれた分厚い布を解かれた途端、そんなふてぶてしい発言をした私にシリーは盛大に頬を引き攣らせた。
「あらあら。さすがは近隣諸国にも広く知れ渡った“高貴なる知の姫君”ね。誘拐されたってのにいくらなんでも落ち付き過ぎよ?……まあ、平和ボケした国の王族なんてこんなものなのかしら。」
呆れながらも自分が着ている制服の上着を脱いで私の足元へ敷いてくれるシリー。あ、因みにエルディ君に渡されたGPS機能の魔法アイテムは、攫われてすぐに捨てられてしまった。
そうか、1限目のあの会話をしっかり聞かれていたんだね。
「ところでキャメルが倒れたという貴方の言葉、あれは結局嘘だったの?保健室に足を踏み入れた直後、シーツでグルグル巻きのすまきにされたから真相が分からないんだけど。まさかキャメルまでも誘拐したわけでは…ない、わよね?」
ーーけれど、ふと思った。
私の元へ届けられたキャメルの手紙からして、今日という誘拐決行日に確実に私を登校させる為の、言わば誘き出す罠だった?
ならば実はキャメルも捕われていて、ムリヤリ脅されてあの手紙を書かされた可能性もあるのだ。
「いいえ、あの手紙は偽造。キャメリーナさんに用はないわ。2人もの他国の貴人を同時に攫うだなんて、そんな悪手を私が打つわけがないでしょう?誰にも知られず人を拐かして閉じ込めておくって、相当念入りな下準備と手間と気力とお金がかかるのよ。」
「……そう、それなら良かった。けれど手間がどうとかいうならば何故、この馬車は東に向かっているの?シリーの母国であるトライアルト王国はエルドラシア王国の西隣、でしょう?」
「!!」
一瞬でシリーの顔つきが変わった。
ていうか、私は今後閉じ込められる予定なのか。一体それは何の目的で?身代金目的でわざわざ一国の王女を攫うのはあまりにもリスクが高過ぎはしないか?
「……ねえ、ユーフェ。何故東に進んでいると思うの?ご覧の通りこの荷馬車には窓なんてないし、私も御者も行き先のヒントになるような会話はしていなかった筈よ?」
「その問いからして正解と言ったようなものなんだけど……やはり好奇心旺盛なところは地なんだね。」
口の利けない2時間の間に色々と考えた。
そもそもこのシリーは本当に隣国トライアルト王国の王子なのだろうか?偽者の王族の留学生をまんまと受け入れてしまうほど、この王立学園の入学審査は甘くない筈だ。然るべき筋からの推薦状や滞在時における保証や罰則の取り決めなど、事前に入念な根回しと互いの国王の認可も必要となる。これらを全て偽造で欺いて編入学を果たしたのならば、それは相当大掛かりな組織的犯行で。そう思い至ると、さすがにニブい私でも背筋が寒くなってきた。
ーーこんな時、恐怖を誤魔化す為に決まって私は饒舌になる。
「東に向かっている、私がそう思った理由は全部で4つ。先ず最初は、この荷馬車は体感でおよそ時速30キロのスピードで休みなく走行していた。ならばこの2時間で進んだ距離はだいたい60キロ前後。」
「じそく……?」
「時速とは速度表現の一つ。1時間当たりの移動距離で表した速さ。一切の魔法効果なしにおいての、だけれど。」
この世界には加速に関する魔法や魔法具があって、それは詠唱者自身の魔力の高さや性能の良し悪しによってスピードが大幅に異なるし、エルディ君が使っていた一瞬で目的地へ辿り着ける便利な転位魔法も存在している。だから移動距離を測る“時速”という単位は丸で意味など成さないし不必要なのだ。
「その間に水の波打つ音や車輪の音の変化からして長さ50m以上と推測される木橋を5回通過した。つまりは地図に記載される、歩いては渡れない規模の河川が5つあったという事。私が記憶する頭の中の地図上で検索すると、王立学園を中心地として周囲60キロ圏内に5つの川が縦断している地形は東方面だけ。加えて温暖な東方面に好んで生息している“マドリビナ”、という鳴き声が大きな鳥の声が半刻前から複数回聞こえていた。」
「………耳も塞いでおくべき、だったかしらね?」
「あとは湿度とこの上着。」
私が遠慮なくお尻に敷いたシリーの上着、これもヒントになった。
シリーはどちらも意外だと言わんばかりに目を大きく瞬く。
「湿度?気温の変化でなく?……私の上着がどうかした?」
「気温は時間帯によって変動するから当てにならない。でも湿度ならば天候が晴れである限り、ある程度はどんな土地にいるかの目安となる。私の髪が王都に居た時よりも明らかに湿気を含んで少し膨張している。」
「髪が……?よくよく見れば、まあ、そうね。私は影響を受けない髪質だからすっかり失念していたわ。」
明るいハニーブラウンの、蜂蜜のように甘そうな艶やかな髪だものね。
私はご覧の通り真っ黒でボリューミーなくせ髪なので、いつも湿気に左右されやすい。だから湿気には人一倍敏感。夏場の雨の日なんて纏まらなくてホント最悪だ。
「比較的、このエルドラシア王国の東と南は湿度が高い風土。逆に西はカラカラに乾燥していて、北は湿度云々よりも先ずはとにかく寒い。そして見たところ、代わりの防寒着や毛布の用意もないのに気前良く上着を脱いで渡すという事は、どう考えたって北に行くのではないのでしょう。でもわざと遠回りしているのかもしれないから、目的地が南という可能性も捨て切れなかった。」
そこまで説明するとシリーは両手を上げて降参のポーズを取る。
これは彼がたまにやる癖で、恐らく一番気が緩んでいる瞬間……!
ーー私は、ずっとその瞬間を待っていた!
「東と言ったのはつまり、最終的にカマをかけたわけね?フッ、まんまとしてやられた。このイエニス一の秀才と呼ばれた私が、ーーっ、あっ!?」
両手を後ろに縛られた状態のまま、それでも根性で踏ん張って立ち上がった私は、持てる全ての力を込めて叫んだ!
「ルーティンパネルカードⅤ番の“一角獣”、並びにⅨ番目の“草の王冠”よ!今すぐここに!どうか私を助けに来て!お願い!」
「!!」
ーーパアアアアッッッ!!!
ヒースクリフ王の秘宝、ルーティンパネルカードは所有者が呼べばいつでも手元に来てくれる!現在私が所有するパネルカードは残念ながらたったこの2枚だけ!それでも絶対的なカリスマを放つ“草の王冠”でシリーを先ず威圧させ跪かせ、その隙に一角獣のきゅーたんに乗ってこの荷馬車から脱出する!上手くいくかなんて分からないけど!とにかくやってみるしかない……!!
ーーけれど召喚に応じたのはそのうちの1枚だけ。
その秘宝も頭上に冠した瞬間に、ハラハラと無惨に崩れ落ちていった。
「“草の王冠”が……な、何故!?」
「ムダよ。ーーあのね、残念だけれど、こちらのルーティンパネルカードの方が上位なの。」
上位?ーーいえ、それよりも「こちらの」って……!?
呆気なく瓦解して足元に落ちていく月桂樹の葉。そこから顔を上げれば、相対するシリーの右手には1枚のルーティンパネルカード。
「え!?ーーそれは!Ⅷ番の“法王の錫杖”!!」
サブタイトルの意味は第26話「私と魔法学科適性試験3」に折り込まれています。
それでも??と思われる方、もう少し先までお待ち下さい。




