私と彼の、守られなかった約束4
「あなた方!回りの皆様にご迷惑なのが分からないのですか!今すぐ立ち上がり、速やかにご自分達の学舎にお戻りなさい!」
「「「ははッ!!女王様ッ!!」」」
私が叱り付けると目を輝かせて一斉に直立する3人の貴族子息達。
さすがは立ち振る舞いにも厳しいと聞く騎士訓練学科の彼ら。その動きは規律正しく俊敏で、けれどどこかしら勇ましく優雅。
ーーなればこそ、いっそう周囲の注目を浴びていて。
「ユーフェリア王女殿下は我らにとって敬愛すべき女王様!」
「その我らが女王様のご命令であれば喜んで従いましょう!」
「例え、其方の身命を捧げよ!というお言葉であろうとも!」
アーネスト、ギリアン、パーシヴァル、と順番に声高々な口上は続き、最後は3人ピタリと息を揃えて叫ぶ!
「「「何時如何なる時にも女王様の剣となり盾となり、持てる力の限りを尽くしましょう!ーーこの先の未来永劫、誓って我らのこの忠誠心が打ち砕かれる事はございません!」」」
ーーーザワワワッッッ!!!
まるで本物の“騎士の宣誓”のような発言に、クラス中が騒ぎ立つ!
ーーだからッ!それは一体何のパフォーマンスなの!
最後に私に向かってビシッと敬礼し、颯爽と立ち去っていく三馬鹿トリオ達を呆然と見送ると、私はふらふらと席に戻って盛大にうなだれた………
フレイ君に焼きもちを焼かせない為に異性と極力関わらない、と誓ったそばからこの展開!もしかして彼らのあれは一周回って嫌がらせなのか!?恐らくレストワールの権威を盛り立て、セヴォワへの牽制をかける為の見世物で、私個人がモテてるわけではないのは百も承知だが、何も今日に限ってこんなド派手なパフォーマンスをしなくても~~~っ!
次から次へと手に負えない浮気者ですねと、さっそくフレイ君に愛想を尽かされたらどうしてくれるの!普通の貴族間ならこれ、婚約破棄を言い渡されてもおかしくない状況なんじゃ……!
ーーなどと脳内で愚痴っていると、後ろから冷ややかな声をかけられる。
「休み時間の度に代わる代わるの来客、何とも結構なお忙しさで。ご迷惑だとか聞こえましたが、実際はどうなのでしょう。」
「!!、リリ…いえ、後ろの席の方?それはどういう意味なのかしら?聞くところによると、私は色々と大変ニブいらしいので、こそこそせずとハッキリおっしゃって下さいません?」
魔法学科2年の女子生徒は3人だけ。なので必然と席は女子同士で固められ、私の右隣はルヴィーナ嬢。そして後ろの席には問題のあのリリシュ・ラッティナ男爵令嬢が座っている。
彼女の悪意が原因で今朝まで登校拒否したいほど後ろ向きだった私だが、ああ~ら、残念。もう嫌みも暴言もちーっとも恐くないのだ!
さあさあ!どんと来い!受けて立つぞ、リリシュ嬢!
ーーけれどその彼女の口からは、想定外の言葉がボソッと。
「…………本命はどなたなんです?」
「は?……本名?いや、奔命?」
「ハッ、本当にニブいんですね。ですから、殿下は誰を結婚相手に狙っているんですか?まさか女王となってハーレムを築き上げたいだなんてのたまうほどには、身の程知らずでも愚かでもないでしょうに?」
唖然とした。だ、誰を狙ってるって……
嫌みにしては違和感を感じる。本当に聞きたがっているような?
「許しが出たのでハッキリと言わせてもらいますけれど。その年まで勿体振って婚約者はおろか婚約者候補の1人も決めようとせず、ようやくお決めになった幸運の王子様にも今ひとつ煮え切らない態度。昔から見目好い男達を惹き付け吸い寄せ、無自覚にたぶらかすのが本当にお上手ですね。」
はあッ!?と絶句していると、そこへ横から意外な援護射撃が!
「あのっ!リリシュさん!その言い方はちょっと!ユーフェリア殿下がそうではないお方だって事くらい、本当は貴女だって分かっている筈です!そもそもずっと見てて思ってたんですが、リリシュさんの態度ってまるで拗ねた子供みたい!」
「わ、私が……拗ねた、子供?」
「ルヴィーナさん……!」
ーー感激だ!美少女な見た目通りに可憐な性格のルヴィーナ嬢が!私なんかの為にリリシュ嬢に向かって抗議の声を!?
「郊外オリエンテーションの時だって、殿下にとても酷い事を言ってましたよね!……まあ、確かにグレイスケルの森の生態系や地形をまるっと暗記だとか、チート過ぎる魔力保有量だとか、一流洋菓子店並みのスイーツ作りの腕やら……!なんかもう凡人のうちには近寄り難いお方ですけど!」
「ミシュレ子爵令嬢……何がおっしゃりたいんですか?」
そこでルヴィーナ嬢は席から立ち上り、ビシッ!と斜め後ろのリリシュ嬢に向かって人差し指を突き付けた!
「焼きもちも度が過ぎると笑えないって事です!せっかくこれから2年間も同じクラスなのに!そんな態度で嫌われ避けられ、結局大損こくのは貴女自身なんですよ!」
「焼きもちぃ!?ーーいえ、あの、ルヴィーナさん!それは絶対に違うと思いますよ!でも私の為に怒ってくれて有難う!心の奥から何かが沸き上がるほど大感激です!私、登校拒否しなくて良かったあああ!!」
思わず目頭がジーンと熱くなった!
近寄り難いとかサラっと言われたけど、それでも嬉しいよ!
ーーああと。でもここはちゃんと言っておかなくちゃ。ようやく自覚した、今の私の嘘偽りのない本当の気持ちを。
「何だか私について大変お詳しい銀縁メガネのそこのお方。本命がどうとかお尋ねでしたけど、私の婚約者は今もこの先もただ一人、フレイ殿下です。確かに政略的な思惑ありきの形式だけの婚約者という関係でしたが、今の私の気持ちは違います。彼にこれ以上誤解されたくないので、外聞の悪い発言はお止め下さい。」
「「「ーーーっ!」」」
あれ?一斉に教室中が静まり返ったような……?
まさかクラスメート全員がこの会話に耳をそばだてていたとか??ーーいやいや!いくら何でもそんな馬鹿なっ………
あ。フレイ君が口元を片手で押さえてフルフルしている………
え?や、えええーーーっっ!!
「ああ、分かりました、もう結構です!」
気が削がれたのか降参とばかりに右手をおざなりに振るリリシュ嬢。ーーけれどやはり、今日の彼女は最後まで想定外で。
「けれど一つだけ忠告を。ーー貴女に言い寄ってくる者達が全てまともだとは限らない。自惚れ舞い上がって、うっかり拐かされないようお気をつけ下さいませ。」
「まともな人こそ、寧ろ一人もいないような……。まあ、そんな事は改めて貴女にご忠告されるまでもありません。そもそも私はこれっぽっちも舞い上がってなど!」
反論する私にリリシュ嬢はふと、眩しいものでも見たかのように目を逸し、そのまま下を向いて小声で呟いた。
「はいはい。…………全く、今回の貴女は別人みたいにお強いんですね。ろくに食べずと痩せ細ってもいないし、生き抜こうとする気力が感じられる……」
「は?」
今回の私……?食べずと痩せ細って……?
まあ、そんなにスリムではないけど………
意味ありげなリリシュさんの言葉にキョトンと目を瞬くものの、彼女はそれっきり口を閉ざしてしまった。
*********
ええと。間もなく4限目の授業が終了する。
食堂があるので、お昼休みを挟んで中ホールや屋外で実践講習の組まれる日もあるけれど、本日の魔法学科のカリキュラムはこれで終わりだ。残って各々教室や図書室で自習したり、エフィー先生などの教師陣に質問に行く生徒もいるが、私は迎えの馬車や護衛騎士達をその分待たせてしまう事になるので、こういう場合はいつも速やかに帰る事にしている。
ーーけれど、うん。今日だけは特別だ。
だって昼食後にフレイ君と待ち合わせをしているのだ!
今朝の馬車の中での続きの、大事な告白があるという彼の言葉を思い出し、時計を何度も確認しては表情筋がだらしなく緩み出していた。
なるほど。これは舞い上がっていると言われても仕方ない。うあー、どうにも困ったものだ。今までだってよく2人でお茶をしていたし、視察がてら城下街へ一緒に出掛けた事だってあったのに。ただ想いを自覚したというだけで、2人っきりで会うのがこんなにもドキドキする事だったとは……!
そんな浮つく気持ちを何とか自制しつつも、長く感じた4限目終了の鐘がようやく鳴り響く。よし!フレイ君を待たせない為にも素早く昼食を済まそう!そしてその後は約束の中庭へ、ーーー!
張り切って机の上の教科書類を片付け、食堂へ移動しようと廊下を一歩踏み出すと。
「あっ!ユーフェ、ちょっと待って!」
「またか!!お次は誰よ!?っもういい加減に勘弁してぇ!!」
今度はシリーが私を呼び止めた。
シリーことシルヴェスト王子。私の長年のペンフレンドだった隣国からの留学生。ん?おネエな彼は異性にカウントされるのか?
「あのね!キャメリーナさんが倒れたらしいわ!」
「えっ!?」
「今朝の登校時に小耳に挟んでね。気になって保健医に尋ねてみたけれど、寝不足による貧血ですって。今日は大事をとって保健室で休んでいるそうよ。」
「今朝!?知らなかった!もっと早く教えてくれればっ!」
「だって休み時間の度に、貴女には先客がいたじゃないの!」
ーーいたね!でも知ってたら全部後回しにしたのに!
そうと聞けば倒れたキャメルを放ってはおけない!今すぐお見舞いに駆け付けなきゃ!ええと。淑女教育学科は西棟校舎、私の足では歩いて往復20分以上はかかる?
「フレイ君に一言遅れるって言った方がいいかしら?」
「あら?ビスクドールの彼氏と約束してるの?良ければ私が言付けしておきましょうか?私もユーフェと一緒にお見舞いに行きたいところだけど、これでも一応男子なのよね。さすがに淑女教育学科の保健室に入るのはちょっとねえ。」
ーーううーん。今日はもうこれ以上、フレイ君を刺激したくないなあ。
自分とシリーのどちらを信用するのかと聞かれたし、あまりシリーに対して良い印象を持っていない気がする。おネエキャラって、この世界でも少数派だものね。
「言付けはいいわ。最悪お昼を抜けば間に合うと思う。ーーでは頑張って急がなきゃ!」
「ユーフェ!じゃあ近道をご案内するわ。保健室には入れないけど、淑女教育学科にはお友達がたくさんいるから西棟校舎への道順には詳しいの!」
「ホント!じゃあお願い、シリー!」
ーーこの時の判断を、私は後になって死ぬほど後悔する事となる。
親切な友人シリーの案内で西棟校舎に入った私は、目的の保健室が昇降口近くの一階という事もあって、その建物内に淑女教育学科の生徒が誰一人として歩いていない異常事態に全く気付かなかったのだ。
そしてまんまと罠に引っかかり、私はシリーに連れ攫われてしまった。




