私と彼の、守られなかった約束2
その日、結論から先に言うとキャメルの手紙に書いてあった編入生は現れなかった。
情報はあくまでも情報。様々な経路を辿って伝わるうちに食い違いや齟齬が発生する場合もあるし、“貴人”、というからには各所での警備面や滞在先の準備など、受け入れ体制を整えるだけでも容易ではない筈。初等科の生徒会長を務めるキャメルの情報が全くのデマ、というお粗末な顛末はないと思うけれど………
心に小さな引っかかりを感じながら、肩透かしを喰らったホームルーム後の1限目を終えて休み時間を迎えれば。
「あのさ、ーーいえ、あの、ユーフェリア嬢。おはようございます。」
「あら? エルディ君、ご機嫌よう?」
フレイ君の友人であるギュンスター伯爵家の嫡男、エルディアス・ギュンスターが私の机の前にやって来た。
あれ……? どこかいつもと雰囲気が違う?
フレイ君にはべったり、けれど私に対してはぶっきらぼうで口を開けば毒舌ばかり。まるで人見知りの激しい猫のような少年が、今日は少し大人びて見えた。
「ふうん……こうして改めてじっくり見てみれば、ああ、確かにあの少女と似てる。けど、同じ利口そうな顔でも変に落ち付き払ったカンジじゃないし、ほっとけないほどか弱くも儚げでもないね。」
前言撤回。相変わらず無礼千万なツンデレ少年は、どうやらわざわざ私に喧嘩を売りにきたらしい。
よーし!受けて立つぞ!言っておくが、今日の私は無敵だ!
「儚げでなくほっとける王女でどうもすみませんね!ああ~ら、意外。エルディ君はか弱く可憐な女性がお好みで?」
「違うよ。だって僕の彼女はその真逆でパワフル系だから。」
ーーへ!? この子に彼女、だあああッ?? 嘘でしょ!?
「か、彼女さんがいらしたとは初耳です。おめでとうございます。ですがそれ、一体どこぞの物語のヒロインさんで?」
「はあッ!?違うよ、現実の女性だから!空想上の人物じゃないから!そりゃあ、最近できたばっかだけど、疑うんなら紹介するし!」
「え?紹介してくれるの?いつどこの観劇公演?花束いる?」
「舞台女優でもないから!熱狂的過ぎるファンでもないから!だからリアルだってば!確かに世界各地の英雄物語に登場してたりするけど!ーーん?ならある意味、空想上の人物とも言えるんだ?うーん、それほど有名過ぎるのも色々と障害になりそうだなあ。ーーあ!でもちゃんと生身の彼女だし美人だし、底抜けに明るくて素直な娘だよ。」
へ、へえー。そこまでその彼女さんにベタ惚れなんだ……。
ホント意外だなあ。だってエルディ君って、好きな女の子には絶対素直になれないタイプに見える。それか超ドンカン。
こういってはなんだけど、幼少期から洗脳のように結婚を言い聞かせられた許嫁か、何か特別複雑な事情でもあったりして。
「そこまで不思議そうな顔をしなくたって……。まあ、いいや。実はその彼女、今日からこの魔法学科に編入して来る予定だったんだけど、先代国王が知人だったという国に問題が起きてさ。「義理は果たしてくるよ!」と言って、そのまま飛んでっちゃったんだよね。」
飛んでっちゃった?……風魔法の使い手なのかしら?
「その義理堅い彼女さんが、この魔法学科に編入してくる……」
「そう。それでさ、ユーフェリア嬢、できればその娘と仲良くしてやってくれない?」
「学友が私でいいのなら。はい、それは勿論喜んで。」
現在ボッチな私には大歓迎だが、彼女さんにも選ぶ権利というものがある。……うん、期待しないでお待ちしております。
しかし、思わぬ意外な展開。謎に包まれたミステリアスな編入生は、実はこのエルディ君の彼女さんの事だったとは……!
よく分からない立場と身分の女性だけど、取り敢えず予想以上の大物だという事は間違いなさそう。うん、だってこのエルディ君と普通に付き合える娘なんだもの………
その後。エルディ君に彼女さんの名を尋ねてみても「言っても信じない、明日になれば分かる」と、何故か教えてくれなかった。
「ーーあとさ、僕なんかが急に何を、と変に思うかもしれないけど、身の回りには厳重に注意して。学園内ならあらゆる防犯システムが張り巡らされているし、アドロス学園長や先生達が即座に対応してくれる手筈だけど、できるだけ一人にならないように。ええと、これ、現在位置を確認できる魔法アイテム。同時に僕の持つこっちがそのマスターアイテムで、その魔法アイテムを持つ人の居場所が確認できる仕組みになってるから。プライベートの時以外は、念の為に肌身離さず身に付けててもらっていい?」
ーーまさかのGPSアイテム??
おお。さすがは王国一の天才少年魔法師。もしかするとこれ、改良を重ねればそのうち通話もできちゃうんじゃない?うわあ、改良してみたい……!
「………こんな凄いものを有難うございます。天然石を使用したクリップタイプのアクセサリーなのね。うん、ではさっそく制服のリボンに付けておきます。あっ、でもエルディ君。つい最近、フレイ君にも同じような忠告を受けたわ。もしかして何かそういった不穏な動きがあるの?何となくだけど、王国外に対して特別警戒しているように思えるの。」
「うん、鋭いね。でもさ、もうきっと王国内に入り込んでると思うんだよね。まあ、そういう事だから、なるべく週末の公務や外出も控えて。」
こんな凄い魔法アイテムが必要なほど危険、って事なのね。
王宮からプチ家出しようとした私を、フレイ君があんなにも焦って心配していた理由が分かった。きっとこれも、心配性なフレイ君に依頼されて作ってくれたんだろうね。
「あ、そうそう!そのフレイ君の事で、一つ聞きたい事があるの!」
「うん? 何? また耳でも噛まれた?」
噛まれてないけど!何でその事だと分かるのーっ!?
「フレイ殿下が朝からあんな締まりのない顔してれば分かるに決まってるよ。まあ、嫌なら嫌ってハッキリ言えば?いっそ殴って止めてもいいし。悪いけど、あれに関してだけは僕が何を言ってもどうにもならないからね。ていうか馬に蹴られたくもないし。」
「どうにもならない? あの、なんで………」
キョトンとなった私に、エルディ君はとんでもない爆弾発言をした。
「発情した雄の竜の求愛行動だから。だから嫌なら雌は殴るか全力で逃げるしかないでしょ?自然界では普通の事だよ。」
「きゅっ………………………」
*********
全く授業内容が頭に入って来なかった2限目が終わると、次は意外な珍客のアルバート君が私を尋ねて来た。
キットソン候爵家の次男坊で、フレイ君の専属護衛騎士候補の彼だ。キャメルに平手打ちを喰らった王立学園一の朴念仁でもある。
因みに頬の腫れは引いたようで、こうして見ても何ともない。
「えっ、フレイ君にではなく、私にご用なのですか?」
「はい。ユーフェリア殿下に折り入って相談したき事があるのですが、少々宜しいでしょうか?」
「ええ。私は構いませんが、次の授業に間に合いますか?アルバート君の校舎は確かここから1番遠い端っこ。騎士訓練学科は規律にとても厳しいと聞きます。授業に遅刻すればペナルティがあるのでしょう?」
というか、2限目終了の鐘の音が鳴ってまだ数分も経っていないのに、何故もうここに彼が立っているのか不思議でしょうがない。
さっきのエルディ君なら転位魔法が使えるけど、このアルバート君はそんな高度な魔法は扱えない筈。
「大丈夫です。気合いと根性で何とでもなります。物的距離など、闘神の極地に到達すれば無に等しい。」
ーーなんかわけの分からん摂理を吐いたよ!
ていうかその手の盛った英雄物語の読み過ぎ!この子こういう子だったのか!夢見がちな少年か!
「実はここ最近、外部から飛来してくる小飛竜の様子が少々おかしいのです。うちのキットソン候爵領には小飛竜専用の飼育牧場があるのですが、そこに飛来してくる野生の小飛竜に共通した不思議な症状が見受けられ……。以前、軍馬が集団感染した事件の時に、いち早く的確な治療方法を見い出した貴女ならば、何か分かるかと思い……」
「え!?小飛竜にもしかして、感染病が!?」




