私と氷の女王様の母2
ーー蚊ワイイ革いい買わいい渇いい、ムスめ??
お、おかしいな……母の口から出た言葉が頭の中でうまく変換されない。カワイイって、ええと、どういう意味だったっけ?
早朝から私を訪ねてやって来たレストワール公爵夫人の母クレメイアは、やはり無関心な娘の私には目もくれずと甥っ子のフレイ君とだけ和やかに会話をしていた、ーーと思っていたのに!?
その母がなんで殺気を……?
取り敢えず混乱中の頭でも理解できた事は、この母が“レストワールの氷の女王様”と呼ばれる正しい本当の理由。それは多分、滅多に笑わない凍てつく氷のように無表情な美貌なんかではなく、この凄まじい威力の氷結魔法にあった?
うーん。そういえばたった今思い出したけど、過去のアメリア女王の王宮でもテーブルの上の晩餐料理一式を凍らせてたっけね。でも完璧貴婦人なこの母と、ぴゃーぴゃー泣いてたあの頼りない女の子がどうしても同一人物に見えない……
「て!こんなのんびりと分析してる場合じゃない!フレイ君!怪我は大丈夫!?ああと、ハンカチ、ハンカチ!メイリー!救急箱をお願い!」
「はい!すぐにお持ちします!」
弾けるように部屋を出ていくメイリー。とにかく圧迫止血をと、ハンカチをフレイ君の顔に近付けるも彼は首を横に振る。
「ユーフェリア姉上、かすり傷なので手当は必要ありません。僕はリュカに鍛えられて治癒魔法は得意ですし、この程度なら傷痕も残りません。ーーそんな事よりも、今は、」
頬をつたう痛々しい血を乱暴に手の甲で拭ったフレイ君は、スッと立ち位置を移動して私を背にかばう。
容赦しない、と宣言した母の次の行動を警戒しているのだ。
「でもっ!やっぱり顔の傷を放っておいちゃダメーーー!ちょおーっと、そこのお母様!麗しのビスクドール王子のフレイ君になんて事をっ!女の私よりも美肌な玉のお肌に傷を付けるだなんて何たる罪深き暴挙!容赦しないって、こっちこそ容赦しません!」
「う、麗しの……?た、玉の、お肌………」
「まあ。ビスクドールだなんて、男の子に言っ、ーーはっ!?」
私は一瞬で体内の魔力を練り上げる!
ーーんーと? 1/10くらいに魔力量を絞ればちょうどいいかな??
後ろにいる母の侍女さんを避けて。ーーよし!狙いは母の足元!!
「えいっ!お返しの氷結魔法!出でよ!氷爆のつらら!」
ーーバキン!バキン!バッキーーーンッ!!!
「きゃああああ!!」
「奥様!!こ、これは!!」
あれ?同じ氷結魔法で母の足元をつららで囲い込む筈が、天井まで届く特大の氷の柱がまさかの10数本もドカドカと出現して、その中央に母を閉じ込めてしまった!
見た目は氷の檻に捕われた女王様??
「ま、まあ、いいや?とにかく母を足止めできてるうちに治療を!フレイ君、ちょっと染みると思うけどじっとしててね!」
「あ、は、はい。」
もう出血は止まってるかな?先ずは、顔に残る痛々しい血を綺麗に拭き取って傷口の確認を、ーーとハンカチを当てれば。
「??、ーー顔のどこにも傷がないよ?えっ、フレイ君、もう治癒魔法をかけちゃってたの?」
「え?いいえ、まだ何も?」
なんで??確かにフレイ君の頬が切れて出血していたみたいなのに……。だって、ほら。ハンカチにもこうして血が………
思わず目をシパたたいて何度も確認していた、その時ーー
後ろで黙して成り行きを見守っていた母の侍女が、「失礼」と恭しく言葉を発して私達のいる円卓テーブルへと進み出た。
後頭部できっちりまとめ上げたシルバーヘアーにややふくよかな体格、母とはまた違った種類の貫禄が滲み出た年嵩の侍女さんだ。
「クレメイア様専属侍女のケィティと申します。この度は奥様がとんだ不敬行為を、誠に申し訳ございません。ですが、お一つだけ釈明させて頂ければ。実は王子殿下のそのお顔に付着した赤色は血ではなく、ただの赤ワインでございます。」
「ーーえ!?あ、赤ワイン!?」
「はい。凍る直前の冷たい赤ワインを風魔法で飛ばして皮膚に当てる事で、冷気と痛覚を絶妙に錯覚させた“悪戯”、でございます。先ほどの大掛かりな氷結魔法と同時に発動させれば、案外その風魔法には気付かれぬもの。つまりはハッタリ。……奥様は昔からハッタリやら仮病やら怪我の偽装など、こっすい事が大変お上手なお方でして。」
は……? え……?
血が、悪戯、だった?それにこっすい事がお上手って!
この威厳たっぷりな女王様キャラの母が、仮病とか怪我の偽装なんかを!?いやいやいや!まさかそんな筈!
ケィティさんの説明に戸惑いつつも、ハンカチに付着した液体の臭いをくんくんと嗅げば……あ、確かにこれ、赤ワインっぽい。
「姉上、こちらも確認されますか?舐めてみても構いませんよ。」
「ん?舐める?」
ハンカチを真剣に検分していると、フレイ君は無傷だった右の頬を無防備に私の顔に近付けていた。
「っ舐めないよ、もう!……でも、フレイ君に怪我がなくてホントに良かった!せっかくの綺麗なお顔に傷痕が残ったら大変だもの。」
「そこなのですが、姉上……」
ん?憂い顔でフレイ君が私の顔に手を伸ばしてきた。
頬を優しくすりすりと撫で、そのまま上へ辿った指先が耳たぶに触れる。
「うにゃあっ!」
「僕は姉上のお顔の方が何倍も綺麗だと思います。肌も柔らかくてもちもちしていて、そして何よりも、この可愛らしい耳が大変魅力的です。」
「ちょっ!やっ、ダ、ダメ!フレイ君ったら、あ!また耳をかじる気でしょ!あれ、なんか変な声が出ちゃうから絶対にダメ!!」
襲ってくるフレイ君の顔を急いで両手でガードする!よく分からないけど、フレイ君は耳をかじるのが大好きらしいのだ!
郊外オリエンテーションでかじられた時は本当にビックリした!うーん、こんな耳なんかかじっても別に美味しくもないのに。でも何だかふるふると感無量?なカンジだったから、フレイ君はちょっと変わった趣味があるんだね?
まあ、世の中には四六時中爪を噛んだり上唇を舐めたり、髪を手で撫で付けるのが好きだったりする人がいるわけだし。色んな嗜好趣味の人がいて当然だよね。
ーーん?でもフレイ君、もしかしてああいう事、友人のエルディ君やアルバート君にもやっちゃってるんだろうか?
えー、こ、今度聞いてみようかな!?
「あー、えー、ゴホンッ!」
「耳をかじる……なんとまあ……」
「ちっ、セクハラ王子め、天誅……!」
「「!!!」」
大袈裟な咳ばらいにハッとすれば。
母とケィティさん、そして救急箱を抱え持つメイリーまでもが冷ややかな目つきでこちらを見ていた。
ーーあ。こんな事をしてる場合じゃなかった………
いつの間にか氷の檻は跡形もなく消え失せていて、何事もなかったように玲瓏と毅然と立つ母クレメイアは、次に呆れた面持ちでその口を開く。
「もう結構です。少々腑に落ちませんが今日のところは私の負け、この辺で潔く身を引いておきましょう。けれど私はしばらくこの王城に滞在し、そこの婿様が私の娘に本当に相応しくあるか、この目でしかと見極めさせてもらいます。ーーでは、ご機嫌よう。今夜の晩餐ででも、またお会いしましょう。」
「え!?お母様がこちらに滞在を!?」
「肝に銘じておきます。ですが自分が決して不誠実でも遊び半分でもない事を、必ずやマダムにご理解いただけるかと。」
「フッ、口先だけならば、それはどうとでも言えましょう?……貴方って、その強引なところがあのオルフそっく、」
「おーくーさーまー?いい加減になさいまし?」
「ひっ!ーーも、もういいわ!さよならっ!」
何故かジトリと剣呑な目つきになったケィティさんに、まるで追い立てられるように退出していった母。
あ、あれ?母って、あの侍女さんに頭が上がらないの……?
というか母は結局何しにやって来たんだろう?まさか本当に言葉通り、フレイ君が私のお婿さんに相応しいかを確認しに来たって……?
ーーいや。今まであれほど私に対して無関心だった母だ。そんな事、あるわけがない。うん、きっと何か複雑な事情か理由があるんだろうね。
*********
朝っぱらから一悶着も二悶着もあれど、何はさておき登校時間。
王立学園へと向かう馬車の中で、遅らばせながらも私はキャメルからの手紙に目を通していた。
ーーああ、因みに向かいの席には当然フレイ君が座っている。
「ん!?ーー私達のクラスに今日から編入生が入って来る!?」
「編入生が?ーーそんな情報は聞いていませんね。急に決まったのでしょうか?」
キャメルからの手紙にはあの平手打ち事件の事は一切触れておらず、魔法学科に突然の編入生がやって来る旨の緊急連絡だった。
「………断れば国際問題に発展する、世界最強の貴人??」
ーーちょっと!一体何がやって来るんだ!??
オルフ→オルストフ国王の愛称。




