私と氷の女王様の母1
「クレメイア奥様が、ユーフェリア様を訪問されております。「手短に済ます、気遣いは不要」、とおっしゃられているのですが、如何致しましょうか?」
「レストワール公爵夫人が?……ここにいる僕が他人の事をとやかく言えた立場ではありませんが、このような早朝にわざわざお越しになられるなど、何か緊急の事案でもあったのでしょうか?」
首をコテンと傾げるフレイ君だが、それもその筈。
現オルストフ国王陛下の腹違いの姉であり、このエルドラシア王国の元第一王女殿下(しかも正妃腹)でもあった母クレメイアだが、現在の彼女の身分はあくまでもレストワール公爵夫人。
一貴族夫人が公式行事以外にこの王宮を訪れる理由はなく。また、私に無関心である事から“王女殿下の実母”の権利を高らかに主張し、ご機嫌伺いにこの外殿宮に足を運んだ事もなかったわけで。
まさかとは思うけど、娘の存在そのもの…いや、子供を産んだ記憶さえ頭から消去してしまったかのような人なのだ。決して大袈裟に言っているのではなく、現に私と母はこれまでまともな会話を交わした事すらない………
つまり、私にとって母とは、ほぼ他人様。
そんな母が何故、このタイミングで私を訪ねて来たのか?
ともかく姉上の婚約者である僕もご挨拶をと、上座の席を譲ってその脇に立ち、迎え入れる姿勢をとるフレイ君。
え?や、やっぱりここに母を通しちゃうの……!?
「ーーど、どうしよう!メイリー、フレイ君!ねえ!母と娘って、普通はどんな言葉を交わせばいいの!?ーーええと!「1年以上お見かけ致しませんでしたが、何もお変わりございませんでしたか?」それとも「いつまでもお若いですね!大きなお子様がいらっしゃるとは到底思えませんわ。」とか、「まあ!もしかして髪型変えました?」なんて定番の褒め言葉を言っておけばいいのかな!?ね!どれが合ってるの!?」
「他人行儀過ぎます!どれも合っていません!そしてその大きなお子様はユーフェリア様ご自身ですし!」
「は?あの?ユーフェリア姉上は、本当に1年以上もお母君とお会いされていなかったのですか?」
ーーそう!だからホントに他人同然なんだってば!
しかも前世での私は両親が揃って共働き。ほとんどが住み込みのベビーシッターか母方の祖母に面倒をみてもらっていたので、まともな親子関係というものが全然分からない!
けれど非情にも待ったなどなし!
有効なアドバイスの一つも受けられないまま扉は開かれた。
私と同じ黒色の髪を高く結い上げて淡い真珠の髪留めで飾り、七分丈の慎ましやかな藍色のモーニングドレスを身に纏った美しい貴婦人。瞳はフレイ君と同じ翡翠色だが、彼よりもやや濃い色合いの為か冷ややかな雰囲気を醸し出している。
この母、社交界ではその冴え渡る美貌と滅多に笑わない気性からして、“レストワールの氷の女王様”、などと呼ばれているらしい。
そんな母クレメイアは年嵩の侍女を1人だけ伴い、高貴なる貴族婦人に似つかわしい玲瓏な足運びと完璧な礼儀作法でもって、私とフレイ君のいる円卓テーブルまでやって来た。
「ご機嫌よう、フレイ王子殿下。この度はこのような突然の不躾なる訪問、誠に申し訳なく存じます。レストワール公爵が妻、クレメイアでございます。」
「フレイとお呼び下さい、マダム。突然で驚きましたがお会いできて光栄です。どうぞ先ずはこちらのお席へ。」
恭しいエスコートでフレイ君が上座の椅子を勧めるも「長話をするつもりはございません」ときっぱり固辞する母。
ーーああ。やっぱり私の方など見向きもしない。
母はフレイ君の方にだけ顔を向け、フレイ君とだけ会話をしている。
もしかして母は私でなくフレイ君に用事があった?こちらにいると聞いて、それで足を運んだだけ、かな……
無関心には慣れている筈なのに、それでもやっぱり落胆の感情が込み上げくる。けれど氷のような無表情のままの母は思わぬ発言をした。
「まあ……セヴォワ性でいらした時に何度かお会いした事がございましたが、その後はご健勝にお育ちのようで何よりです。恐縮ではございますが殿下の叔母として、ーーいえ、我が娘、ユーフェリアの婿様でいらっしゃいますので、義母として大変喜ばしい限りですわ。」
「む、婿様っ!?ーーえっ!お、お母様!それは少々、気が早過ぎませんか!あの、こちらのフレイ様とはご縁があって、確かにとても親しくさせてもらってはいますが、まだ婚約関係にあるだけです!将来必ず結婚するとは限りませんし!」
「ーーしない、とも限りませんよね。それはそうと。マダムは僕とユーフェリア姉上との婚姻を既にお認め下さっているようで。僕と致しましては望外の喜びです。」
「あら、まあ?私などが殿下の婚姻を認めるも何も……………」
そこで母はフレイ君の顔をじぃっと見つめ、そしてテーブルの上にまだ残っていた2人分のお皿やカトラリーに目をやる。
ーーあっ!!
「このようにお二人はお部屋もご一緒で、大変仲睦まじいご関係のよう。できるだけ早く、そして多くの子を成す、という王族としての務めをしっかり果たさんとしているみたいですね。……ご立派な事です。」
うそッ!まさか私達、ここここ、婚前交渉を疑われてる!?
「!!、これはたまたま朝食をご一緒しただけで!きょ、今日が初めてですし!おおお母様、私と彼は決してそんな不埒な関係では!ね!そ、そうですよね!フレイく……フレイ様!」
「まあ。今日が初めて、なのですか?それはそれは……」
ちっがーーーうッ!!ようやく母が私の方に反応してくれたけど!なんかそこじゃなーい!
ーーフレイ君!フレイ君!お願いだから何とか誤解を解いて!!
「ご理解のあるマダムで嬉しく思います。」
「ちょっと待てえッーーー!!」
なんで肯定するのッ!?
王女らしからぬ待ったの叫び声を上げた私は、フレイ君の腕をぐぐいっと下から引っ張り、引き寄せた彼の耳元で怒りの抗議をする!
『フ・レ・イ・君?なーにーをいい加減な事を言ってるのかな!ちゃんとキッパリ否定して!やっと感心を示してくれたのに!そこが結婚前にふしだらな行為をする娘ってどうなのよ!それあんまり過ぎるよ!』
『ええと、姉上。そうしたいのは山々なのですが、ここで下手な言い訳をすれば、多分、何となく、僕の命が危ないようなのです。それにお会いした瞬間から、お母君から向けられる殺気がもう半端なく。』
『へ!?ーー命が危ない?殺気??』
何の事?、ーーと首を傾げるももの、その次の瞬間!
ーーパキィィィーーンッ!!!
「ひっ!!」
「ーーくッ!!」
「ユーフェリア様!フレイ殿下!」
一瞬で部屋の温度が氷点下まで下がった!!
手を乗せていた白い円卓テーブルはヒヤリと凍りつき、空のグラスやお皿は真っ白な霜にすっぽりと覆い包まれている!
というか!あまりの急激な温度差に心臓が跳ね上がって身震いまでしてきた!寒いのに熱い!血管がむず痒い!
ーーこれ、氷結魔法!?にしても、なんて凄まじい威力!!
「フレイ殿下!頬に血が!……クレメイア奥様!なんて事をなさるのです!」
「よい。侍女殿、この程度、ほんのかすり傷です。」
メイリーの非難の声にハッと目をやれば!フレイ君は右の頬を切ったのか、血がつうっと糸を引いていた。
え!?母がフレイ君を魔法で攻撃したの!?
非の打ち所のない麗しきビスクドールなフレイ君に何でそんな事を!?ーーと驚くものの。滅多に笑わないと聞く母クレメイアは、それはそれはにっこりと美しくお笑いになった。
「不敬を覚悟でご忠告申し上げますわ。ーー私の可愛い可愛い娘に遊び気分で手を出せば、例え王子とて容赦致しませんことよ?生きたまま氷の彫像にして差し上げます。」




