竜生時代の僕と解放戦争4
途方もなく嫌な予感がする。
ミシェルという名の少女が口にしたわけの分からない言葉の数々。前世の記憶がある?それもこことは別世界での記憶?
いや、そんな少女特有の与太話なんかどうだっていい。
気になるのは彼女が最後に僕に伝えてきた禁呪の話だ。血縁者の彼女を己の身代わりにするほどの恐ろしい呪術、ーー…っ、ふざけるな!あのイエニスの王は、僕から奪った竜眼を使って神という名の化け物にでもなるつもりか!?
もしその話が事実なら!悠長にこんな所にいる場合じゃない!
まさかの可能性が頭を過ぎり、一気に戦々恐々となった僕にヒースクリフが後ろから声をかけてくる。
「アゼル。そのっ……ミシェルは君に何を、」
「ヒースクリフ!僕は今すぐ竜眼を取り返しに行く!」
「は!?何っ……!?」
「ねえ、僕は人間という生き物を甘く見ていたよ。あれを奪った目的は、せいぜい戦争の道具として使う為だと。ーーでも、まさか!そこまで奴らが愚かだったなんて!」
本当に愚か過ぎる!もし仮にそれを手にできたところで!人間なんかが制御できる筈もないのに!そしてそれが杞憂でないのなら、やっぱりイエニス側には竜族がいる!
「ヒースクリフ!神竜の中で、ここしばらく行方知れずの奴はいる!?それか動向のおかしな竜!ーーああ、もう!こんな犯人探しなんかより、一刻も早く竜眼を取り返さなければ!」
「ま、待て、アゼル!ーーちゃんと説明をしろ!第一、取り返すと言ってもイエニスの国境沿いにはあの魔法結界がある!」
その通り。忌ま忌ましい事にあの非道な軍事主義国家は、僕の竜眼を使って巨大な魔法防御壁を国の周辺に張り巡らしてしまっている。
けれど、それを打ち破る方法はないわけじゃない!
「僕はメフィレスと取り引きをする!こうなったらもう、手段なんか選んではいられない!」
「ーーな!あいつと、メフィレスと!?」
ヒースクリフが一瞬で顔色を変えた。
それもその筈。メフィレスとはその名を呼ぶ事さえも忌避される存在の者。人間や精霊などはおろか、僕ら同じ竜であっても容易に近付いてはならない、不干渉が暗黙の掟の神竜。
このヒースクリフが癒しと再生の神力を持つ光竜であり、竜仲間の間で“明けの明星招く光”と呼ばれるならば、彼はその対極、“夜のとばりに眠る闇”と称されている。
僕ら特別な13の神竜のうちの一体、闇竜メフィレス。
嘘か本当かは定かではないけど、神竜の中でこのメフィレスだけは代替わりもせずと永遠に生き続けている、とも伝えられていて。
そんな異質なるメフィレスの属性はー“滅”ー。
この世の在りとあらゆるどんなものでも、形なきものでも、例え時間や記憶であっても、その全てを闇へと飲み込む。
ーーその絶大な神力ならば、イエニスの魔法結界も破れる!
「………っいや!ダメだ、アゼル!あいつにだけは決して近付いてはならない!彼にひと度会えば、いくら邪気のない君でもあの闇に喰われてしまう!」
「冗談じゃない!絶対に喰われるもんか!竜眼がなくたって、僕はそこまで落ちぶれちゃいないよ!」
珍しく必死な様子で僕を思い止まらせようとするヒースクリフ。
けど、ごめん!だってこれは僕の責任だ。僕がうっかり奴らに竜眼を奪れてさえなければ、こんな事態には……!
「アゼル、イエニスに行くには別の方法を探そう!自分が他の神竜を急いであたって、ーーこら、待て!アゼルーーっ!!」
引き止める手を振り切り、僕は一瞬で人型から竜形態へ戻るとそのまま天高く舞い上がった。
闇竜を呼ぶには彼の棲みかである“夜”を待たなくてはいけない。それまでにイエニスの国境沿いまで移動して、襲撃の準備に備えよう!
ーーと思った、その時!!
「ダーリン!ダメ!逃げてーーーッ!!」
「えっ、ーーくぅッ、うあああッ!?」
ハーシェンヌが突撃して来た!!
反射的に引いたものの、彼女の突き出す大槍が僕の肩を掠める!!
ビリッと火花のような痛みと衝撃を感じた直後。ドロリと生温いものが鱗を伝い、僕の肩部分の外皮を真っ赤に染め上げていく!
ーーどうして!?それに彼女は人型で空を飛んで来た!こんな目立つ行為、自分が人外だと公言しているようなもので!普通だったら絶対しないのに!
「ごめん!ダーリン!ボクの手足が勝手に動くんだ!突然、この左目の奥に知らない変な男が見えてて!そいつがボクの身体を意のままに操ってる!ーーだからお願い!早く逃げて!それかいっそボクを倒して!」
ーーハーシェンヌが操られてるだって!?
何だってこんな時に!それに世界最強の覇王竜であるハーシェンヌを操るだなんて、一体どこのどいつがどうやって!?
「アゼル!その血はどうした!?……な!ハーシェンヌが!?」
僕を追いかけてきたヒースクリフが驚愕の声を上げる!
天竜へと変化していた彼は負傷した僕を背にかばい、有り得ない奇行に走ったハーシェンヌをまじまじとその眼下に見下ろす。
「こ、これは!……ハーシェンヌの左目辺りに不気味な呪紋円陣が見える!この気配は確か……アゼル!あの半年前に、君の竜眼が奪われた時に感じた呪術と同じ種類のもの!あの時よりも更に醜悪なものへと増長しているが!だが!君にかけられた呪術が、何故ハーシェンヌにそっくり移ってしまったんだ!?」
「僕にかけられた呪術……いや!禁呪がハーシェンヌに……?」
ーーああ!!あの時!!
ヒースクリフがこの目の治療をした直後、僕の顔を訝しげに覗き込んだハーシェンヌは、何故かその時、いきなり僕の左目にキスをした!
「ハーシェンヌ!き、君は!もしかして僕の身代わりに!?一体なんでそんな馬鹿な事をしたんだ!?」
「いや、アゼル!これは自分のミスだ!その時には取るに足らないまじない程度の呪術と、放っておいてもそのうち消える類いのものだと!そう、愚かにも見誤った!ああ!けれど!これはその後に数え切れぬ多くの“贄”を捧げ、ここまで強大な呪紋へと変容させたのだ!ああ!一体どれほどの人間の命が供物として犠牲となっているのか!」
「いやあああ!ーーっ頭が!頭が変なの!ダーリンと戦いたくないのに!戦え戦えと声が聞こえっ、ーーううぅ、ああぁあぁ!!」
ハーシェンヌは再びこの僕へと大槍の矛先を向けていた。
その両手はギリギリと突っ張るように軋み、腕の血管が浮き出るほど必死に抵抗してくれているけど!でもこのままでは到底もたない!
「アゼル!ハーシェンヌを捕縛するなり気絶させるなり、2人がかりで何とかしなければ!世界最強の覇王竜相手にお互い無傷では済まないだろうが!今はそれしか方法はない!」
「う、うん!でもヒースクリフ!お願いだからなるべく彼女を傷付けないで!」
できる限りこのハーシェンヌに怪我を負わせないよう、けれど素早く戦闘不能にするにはどうしたらいい?どんな魔法攻撃が適切??
頭の中にある使用可能全魔法リストを必死に検索する僕に、けれどその時、想定外の出来事が起きる!
ーーカーン!カーン!カーン!カーン!カーーーン…………
教会の……鐘の、音!??
まるでそれは、天が警鐘を鳴らすが如く激しく鳴り響く!!
「な、なんでこんな空の上で、鐘の音なんかが……っ!?」
「これは!隠れ里に非常事態が起きた際の、自分が仕込んだ緊急伝達魔法の鐘の音だ!ーーまさか!ミシェルの、彼女の身に何かが起こった!?」
ーーさっきまでいたヒースクリフの隠れ里に何か異変が起きた!?
けれどそれだけでは済まなかった!!
その鐘の音を聞いたハーシェンヌが目を見開き、絶叫する!!
「ーーあ、あああ、ッぁあ!きゃあああああああーーーッ!!」
「ハーシェンヌ!ハーシェンヌ!」
鮮血がどしゃ降りの雨のように視界を塗り潰した。
赤。 赤。 赤。 夥しい量の真っ赤な血が振り落ちてくる。
目の前で起こるその全ての凶事が信じられない悪夢で。いや、いつか必ず目覚める悪夢程度であったならば、それはどれほど良かった事か。
そんな最中で僕は、ある悍ましい声を聞いた。
『ーーああ、これで!これでようやく君は堕ちてきてくれる……!我が唯一の友で、同胞で、狂おしいほど懐かしき故郷なる存在。夜のとばりに眠る闇の王であるこの僕と対を成す、明けの明星招く光の王よ。さあ、僕の待つ永遠なる闇へ下って。僕のもとへ堕ちてきて……!』
ーーそして、その日。
世界最強の覇王竜ハーシェンヌは僕の身代わりに呪殺され。
ヒースクリフの大事なミシェルという少女も同時に命を落とし。
それを知り、絶望したヒースクリフは世界を呪った。
*********
頭と頬に感じる温かく柔らかい感触に癒されながら目を開ければ、そこははーちゃんの膝の上で、僕は彼女に膝枕をされていた。
前世の記憶を思い出した僕は、知らない間に気を失っていたようで。
「ダーリン大丈夫?眠って、ちょっとは落ち付いたかなー?」
「……ハーシェンヌ?」
「うんうん、ハーシェンヌだよ。今ははーちゃんだけどね。あ、まだ寝ぼけてる?わあー、ダーリンのそんな無防備で可愛い顔は超激レアだね!ラッキー!千載一遇のチャンスだからボク襲っちゃうゾ!」
相変わらず元気で明るい彼女。
あんな酷い最後を迎えたのに。僕の所為で死んだってのに。
でも君は前世と少しも変わらずに、こんな情けない僕の事なんかを慕ってくれていたんだ。惜し気もなく、何の代償も見返りもなく。
それはどれほど幸運で、身に余る得難い奇跡か。その重みにようやく僕は気付かされる。
「ねえ、はーちゃん。あのね、まだこんな僕に君が愛想を尽かしてないのなら、是非、手を貸してほしい事があるんだ。」
「おおっ!ついにダーリンの頼られポジション、キター!!勿論、貸すよ!ボク何でもしちゃうよ!愛想なんて未来永劫尽きるわけがないね!むしろ前世よりドカドカこのしつこく重い愛と共に増してるね!ワーイ!やっぱこの大人バージョンが功を奏した!?ダーリンはこっちのがタイプだったんだ!?」
え、うわっ!ちょ、ちょっとはーちゃん!
ズズンとそのたわわな胸を近付けないで!み、見える!この角度だと谷間の奥まで見えちゃいそうだからッ!
「ぜ、全然!ま、前の姿のがいいから!背も僕より小さかったし!」
「な、なんだってぇぇぇーー!?」
愕然とヘタる彼女をゆっくりとすり抜け、僕は座った状態だった彼女の前に半歩引いて立ち、居住まいを正して深く頭を下げた。
「ハーシェンヌ、僕の為に本当に済まなかった。今世では、絶対に君をあんな目には遇わせないと誓う。だからどうか、また君の力を貸してほしい。……ねえ、はーちゃん、頼めるかな?」
僕のお願いに笑顔で大きく頷くはーちゃん。
「はい!ダーリン、当然!喜んで!」
「ありがとう。あとさ、それらが無事解決したら僕と結婚して。」
「はいはーい。勿論それも、喜ん…………」
「えええええーーーッ!!!」という元気なはーちゃんの絶叫を耳に、僕は思いついた策を頭に思い巡らす。
ねえ、ヒースクリフ。
決して僕が君を闇になど奪わせはしないよ。
今世こそは、絶望した君をきっと救ってみせるから。君の大事なあの彼女だって再び死なせはしない。このはーちゃんと手を合わせ、君を必ず取り戻そう。
ーーだから、どうか、闇に呑まれずにそこで待っていて。
変なところでぶった切ってすみません。
真相は主人公サイドで明らかになります。




