竜生時代の僕と解放戦争2
「アゼル。君の竜眼を奪った奴らの情報を手に入れた。」
人間のハンターらに左目の竜眼を奪われてから七日後。
抉られた目の治療と代わりの眼球を作ってくれた友人、光竜ヒースクリフが僕のテリトリーの森へと再びやって来た。
彼は竜形態ではなくわざわざ人の姿で森に現れ、しかもその表情が明らかにいつもと違ってる……?
陽に照らされてキラキラ眩しいストレートの白金色の長い髪を後ろで一つに括り、普段ならば湖の水面のように凪いでいる知的な翡翠色の瞳が、今はまるで別人のように生き生きと光輝いていて。
ただでさえ誰も彼もが振り返る美形青年が、今日は鬱陶しいレベルでムダに煌びやかなんだけど!
何よりもこのヒースクリフ、軽装ではあるが武具に防御マント、腰にはロングソードという戦装束。……一体どういう事??
「情報を求めて立ち寄った村が偶然、どこぞの兵隊に襲われていてね。どう見ても一方的な虐殺行為を見かねて、ちょっとだけ手を貸して追い払った。けれどその村で、とても興味深い幼女に出会ったんだ。彼女が言うには以前もこの自分と会った事があるのだと。確かに前、その村に立ち寄った事はあったものの、その時には地味な風貌の変装をしていたし、第一、それは10年以上も前の話。その幼女は恐らく赤子だった筈なのに、絶対に間違いないと言い張る。」
「へ、へえー。君、ついに人間の幼女にまで言い寄られたの?ていうかヒースクリフって、そういう趣味だったの?え?ロリコン?」
毒舌を吐きながらも正直僕は驚いていた。
一方的な虐殺行為を見過ごせなかったからといってただ助けるだけならまだしも、わざわざその村の人間と関わるだなんて。
こういう場合は非道だけど、さっさと立ち去った方がいいに決まってる。襲撃でめちゃくちゃに荒された村にいつまでも残ってれば、あれもこれもと人間は縋り付き、どんどん出て行きづらくなる。
「ハハッ!言い寄られたのであれば、それはそれで光栄な事だ。その娘は人間の国の王族の血を引くという話でね。政権争いで負けた父は処刑。命からがら母と共に何とか城から逃げ延び、そしてその村に隠れ住んでいたらしい。ーーそれで、その彼女が言うには、一度その手を見た人間は絶対に忘れないのだそうだ。人間は必ず指の先に「シモン」と言う皺が刻まれていて、それぞれそのシモンのパターンが一人一人異なるのだと言う。」
「はあー!?シモンって、そんなもの!ねえ、例えその通りだったとしてもさ。ーーえいっと!………うそ!えー、こ、こんな細かくて見えにくいものを、一体どうやって判別できるっての!?」
僕は思わず竜体から人型へと変化して、自分の指先を確認してみた。
木の年輪みたいなこれがシモンって事?でもこんな複雑な紋様、ようく目を凝らして見比べないと他人のなんかと区別つかないし、そもそも一人一人違うというこれを、一度見れば一々覚えていられるって?
「記憶力に優れているだけではないんだ。色々なものを研究するのが好きらしくてね、作物が豊かに実る土壌や、病気治療の……いや、そんな話はまた今度。まず先にアゼル、君の奪われた竜眼なのだけど、どうやらその村へ兵隊達を差し向けた国の王が所有しているらしい。つまり、その娘の血族で伯父にあたるらしいその王は、その竜眼の魔力を使って周囲の国を次々と侵略し、手当たり次第に自国の領土を拡大せんと目論んでいる。常の世にも愚かな人間の考える事だね。要はこの大陸に一大帝国を築き上げ、巨大なる権力をその手にしようというという浅はか野望なのだろう。」
「……馬っ鹿じゃないの。そんなくだらない野望に僕の竜眼を悪用しないでほしいんだけど。ふん、さっさと取り返してくるよ、その傲慢で馬鹿げた王はどこの国の王?手荒な事は好きじゃないけど、今回くらいはお城一つでもぶち壊してやろうか。」
「イエニスだ。大陸の東に位置する軍国主義のイエニス王国。」
僕はさっそくその元凶たる国へ乗り込もうと空へ飛び立った。
けれど話はそう簡単にはいかず。近付いたその国の国境の付近の上空で、信じられない事に見えない強力な壁によって進行を阻まれる。
「これは…!外敵が入れないように魔法防御壁が施されている!竜である僕にも有効で、しかも動力源は奪われたこの僕の竜眼!?取り返され、報復される事を想定しての処置……!?なんて用意周到な奴ら……!」
この時になって僕はようやく危機感を感じた。
初めから準備されていた竜相手の高度な術式に、そうして奪った竜眼を即座に利用してのこの対処手段の的確さと迅速さ。これは間違いなく、竜、しかも神竜に詳しいものが向こう側についているに違いない。竜眼というものは、実は神竜だけが持つ特別なものなのだから。だからイエニス側に僕らと同じ竜族が捕われて利用されているか、もしか進んで味方していてる可能性が高いわけで………
力任せに突破できなくもないが、どうしようもなく嫌な予感がする。もう少し、慎重に情報を集めるべきか………
いったん棲みかへと引き返した僕だったが、その僅か数日後。
情報を求めて旋回していたそのイエニス王国の国境付近で、偶然あのヒースクリフを見かけた。
ーーえ?ヒースクリフ、君、なんで一個隊の軍勢を引き連れてるの?
しかもその地を侵攻していたらしい敵、イエニスの軍を手際よく仲間達を指揮してあっという間に殲滅してしまっている、まさにそんな物語のような場面。
竜であるヒースクリフが人間のフリをして戦い、どう見ても寄せ集めた民らで義勇軍を形成し、そのリーダーとなっている………
ちょっと!どういう事なの!何やってんの!ヒースクリフ!!
「だって奪われた君の強大過ぎる竜眼の魔法結界の所為で、竜も軍も正攻法ではあの王国には侵入できないだろう?だったら出てきた侵略軍を悉く殲滅して、そのうち業を煮やした本軍を誘いだそうかと思ってね。その本軍に王が旗頭として出てきてくれれば話は早いんだが。君の竜眼、そのイエニス王の信任厚い側近魔法師の女に、どうやら後生大事に預けているらしい。」
「相変わらず情報が早いよ、ヒースクリフ。ーーふうん、そういう話なら僕も人型をとって君の義勇軍に加わろうかな。回りくどいやり方は好きじゃないけど、今の現状ではそれしか方法はないみたいだ。しかし、君がこんな風に表立って僕の為に動くとは思いもしなかったんだけど?」
「ああ、正直にいえばアゼルの為ではないんだ。まあ、結果的には君の為にもなるのだが」
「は?」
「この間、ミシェルの村が兵隊に襲われた話をしたろう?あれはやはり、王家の血を引く彼女を狙ったものだったらしい。その後も執拗に追っ手を差し向けて来てね。なので諸悪の根源たる者らを始末してしまおうかと思って。けれど、それだけでは頭がすげ替わるだけで状況は改善しないとミシェルは言う。あの王宮は最悪な事に、息子王子も高位貴族らも皆が皆、王の愚かな指針に賛同する者ばかり。まずは戦争利用された君の竜眼をなんとかしなければとね。」
ミシェルって?……あ、ああ、記憶力に優れたあの幼女の名?
え?ちょっと待って。ねえ、まさかヒースクリフ。君はその娘の為に、好き好んでこんな人間の軍のリーダーにまでなっちゃってんの!?
「ヒースクリフってば、ホントにロリコンだったんだ!ええー、そのお姫様、それほどの美少女なの!?ていうか今いくつ!?」
「そんなんじゃない。けれど、放っておくとどういった行動に出るか分からない娘だからね。自分が昔作った隠れ里に今は親子共々匿っている。約束させたけど、ちゃんとおとなしくしているだろうか。そこは心配でならなくて。」
それ、囲ってるの間違いじゃないの!?
おおおお驚きだ。あの誰よりも冷静で賢く常識竜なヒースクリフが!まさか人間の幼女相手にここまであれこれと執着してしまうだなんて!外形年齢的にも実年齢でも思いっ切り犯罪なんだけど、自覚ないの!?
けれど今までの彼が嘘だったかのように、やる気に満ち溢れて生き生きとしていていて。こんな彼を止められる筈もなく、僕はそのまま彼の片腕として義勇軍に参戦する事となる。
そのうち噂を聞き付けたハーシェンヌもやって来ると、
「だぁーりーんっ!ボクもダーリンの義勇軍に加わる!ちまっこい人間らとガチで戦うのは初めてだけど!まあ、運動神経だけはいいから何とかなると思うし絶対役に立ってみせるよ!よーし!ダーリンの後ろはボクに任せて!てかローブ姿のダーリン、うん!やっぱ超可愛いーー!!」
ーーは? か、可愛いって、僕が……!?
まあ、確かにヒースクリフのようにスラッとはしてないけどさ。
でも僕はその日やって来た幼なじみ竜のハーシェンヌ、その彼女の姿に度肝を抜かされる事となる。
すでに準備万端の戦装束で現れた彼女は、それはもう壮絶な色香溢れる美女だったのだ!てかチャイナドレス風の軍服に胸当てって、それアリなの!?
元々仲間内でも有名な美人竜のハーシェンヌ、その彼女の人間姿は目のやり場に困るほど麗しく妖麗で。見惚れるほど長くけぶる睫毛と優美な二重の目元、胸当てでも隠せてないたわわな胸元、けれど見事に引き締まった腰とそこから伸びやかに流れる華麗で完璧な美脚ライン!
でもその何よりも。一見してキリリと大人びた顔立ちの彼女が、喋るたびにクルクルと子供のように素直に表情が変わっていく………
ーーな、何なの!このギャップ美女!美人か可愛いかどっちかにして!
そんな普段では見られない彼女を目の当たりにした僕は、動揺の余りに素っ気ない受け答えばかり口にしてしまっていた。
いや、だって!なんでハーシェンヌの後ろに桃色のエフェクトが舞ってんの?え?これ見えてんの、僕だけ!?
ええ……?僕は軍服姿の女性がタイプだったのか!?
「ダーリン?どうしたの?……あれ?」
ーー!??
「な、ななな何?何すんの!ハーシェンヌ!??」
突然の予想外の接触に、思わず彼女を突き飛ばす!
ハーシェンヌは僕の義眼にキスをしていて!ーーえ、なんで!?
「あははー。ダーリンの目にちょっとゴミが付いてたの。いきなり変な事してゴメンね!」
「こ、こういうの!絶対やめて!またしたら、もう口利かないから!」
思わずキツく拒絶してしまった僕に彼女は困ったように笑う。
そこまで言うほど不快ではなかったのに。いや、むしろ男なら光栄と返すべきところで、情けなくもそんな言葉が勝手に口から飛び出ていた。
ああ。今も昔も口下手で精神的にも未熟な僕は、こんな時でも自分の事で頭がいっぱいで、彼女のこの行動の本意にまるで気付いていなかったんだ。
ーーこの出来事を僕はその後、死ぬまで後悔する事となる。




